第73話 またお風呂の時間ですよ

 洞窟から外に出ると、空には一番星が輝き始めていた。

 重軽傷者、合わせて十九名。

 ホログレムリンとの戦いで、王都騎士団第三小隊は事実上の壊滅的打撃を受けてしまったわけだが、奇跡的に死者は一人も出なかった。

 被害は甚大でも、結果的に勝利で任務を完了することができたため、騎士たちの表情は明るく、お通夜ムードにはならなかった。一人だけ、俺とアーガス騎士長に生尻をぷりぷり晒したことをヘコんでいる奴も、いるにはいるけれど。

 ともかく、怪我で馬を駆れない者もいるため、馬車等の救援を要請し、俺たちは王都【ラバントレル】へと凱旋した。





「ふゥ~い、イイ湯だァ」


 俺は満天の星空を見上げながら、でかい露天風呂に一人で浸かっていた。

 何を隠そう、アーガス騎士長の私邸にある風呂だったりする。さすがは一組織のトップ。自宅内に露天風呂を作るとか、あのオッサン、金持ってやがるぜ。


 転生者として、異世界で新たな生を受け、それなりの活躍を見せることができた俺は、こうして一先ひとまずは客人として持て成されている。

 一先ずと言ったのは、なんつーか、アーガス騎士長が俺を騎士団に入れたがっているからだ。ぐいぐい来やがる。この屋敷に着くまでの間も、騎士がいかに崇高で名誉な職であるかを長々と聞かされまくった。

 人にあだなす魔物を退治し、打倒魔王(※いるらしい)を目指しているンだとか。


「騎士なァ。カッコイイとは思うけど、そんなことしてる暇はねェしなァ」


 魔王とかどうでもイイし。それよりも利一りいちを探さねェと。

 ちゃんと飯食ってンのかな。

 ちゃんと寝る場所を見つけたンかな。

 こんな風に、ゆっくり風呂に入れてンのかな。

 それを考えると、こうしてくつろいでいることに焦りを感じてしまう。


 異世界に来たばかりの俺は、まだ何も知らない。

 他にどんな種族がいて、どんな町があるのか。何が常識で、何が非常識なのか。

 情報が全くと言っていいほど足りない。


「あーくそ、なんの種族に転生したのかだけでも聞けてりゃなァ」


 王都を歩いていて思ったが、人間の割合が圧倒的に多いように見えた。

 利一は多分、人間以外の種族に転生している。

 闇雲に探すより、種族だけでもわかっていれば、相当しぼれたはずなのに。


 アーガス騎士長やカリーシャ隊長は、俺より前に転生者が現れたという噂は聞かないと言った。これはなんでだ?

 転生者の存在は認知されているみてェだし、生活保護を受けるためにも自分から名乗り出るべきなんじゃねェのか? 今日、騎士団と偶然会わなかったとしても、俺なら絶対にそうした。

 利一の奴、まさか正体を隠しているのか?


 ……わかんねェ。

 なんであれ、死んでねェなら必ず見つけてやる。


「頼むから生きていてくれよ」

「――誰の話だ?」


 俺の独り言を拾ったのは、この屋敷の主であるアーガス騎士長だった。

 任務の報告書をまとめるため、俺を屋敷に招いた後も仕事をしていたようだが、それが一段落ついたンだろう。腰にタオル一枚を巻いて風呂に入って来た。


 ウホッ! イイ体。

 筋肉で隆起した上半身に、思わず目を奪われる。


「体、すげェな。アーガス騎士長って何歳よ?」

「44になるが、まだまだ若い者には負けていないつもりだ。そう言うお前こそ、無駄の無い体つきをしているじゃないか。鍛えていたのか?」

「特に何も。つーか、この体は転生する時に与えられたもんだし。けどま、前世も似たような体格だったかな」

「つまり、原石でそれか。やはり欲しいな」


 人材として、だよな? 変な意味じゃねェよな?

 アーガス騎士長が桶で湯をすくい、掛け湯をしてから湯に浸かった。

 やけに近いことにビビるが、他意は無いだろう。無いはずだ。


「お前にも第三小隊の経過を報告しておこう。最も怪我の重い者でも全治二ヶ月。しばらくは隊として機能できんが、全員、現場復帰は可能だそうだ」

「そりゃよかった」


 しばらく「あ~」とか、「ふ~」とか、そんな声ばかりが湯気と一緒に昇る。

 ほんのり上気し始めたアーガス騎士長に、俺から話しかける。


「ちっと気になったんだけど」

「なんだ?」

「今日の任務、騎士長のアンタがどうして一緒にいたんだ? カリーシャ隊長だけじゃ不安だったからか?」

「そういうつもりではなかったが、引率であったことには違いない。第三小隊は、騎士団の中では斥候を主な任務としていた。本来であれば、今回のような任は割り当てられない。戦闘を主にこなすのは第一第二小隊で、隊員数もずっと多いのだ。どちらも出払っていたため、私も同伴することを条件に第三小隊が出動した」

「なるほ。同伴して正解だったな」

「死者が出なかったのは、お前のおかげだ」

「俺が何かしなくても、アーガス騎士長が全員きっちり逃がしてただろ」

「だとしても、それでは任務を遂行するまではいかなかったし、私も無事では済まなかった。礼を言いたい」


 騎士団の長という立場にありながら、アーガス騎士長は湯に鼻先がつくほど深く頭を下げた。逆にこっちの方が恐縮しちまう。


「ま、この風呂と、後のご馳走でチャラってことで」

「欲の無い男だな。もっと謝礼を求めてもバチは当たらんぞ?」

「じゃあ、一個だけ」

「言ってみろ」

「俺さ、友達(ダチ)を探してェンだよ。何日か前に転生してきてるはずなンだ。アーガス騎士長なら顔も広いだろうし、探すのを手伝ってほしい」

「タクトの他にも転生者がいるのか。魔王勢力に対抗する力が増えるのは、こちらとしても好ましい。協力を惜しむ理由は無いな」


 カチンときたわけじゃないが、ここはちゃんと言っておくべきだと思った。


「そこンところ、勘違いしねェでくれよな。俺は魔王勢力なんたらに興味はねェ。友達ダチを探す手伝いをしてくれる対価に俺がいくらか手を貸す分には構わねェけど、利一――友達ダチにまで危ねェ真似をいるってンなら、アンタら騎士団との関係は、こっちから願い下げだ」

「わはは、はっきりと物を言う。そうだな、すまなかった。お前の助力を得られるだけでも良しとしよう」

「……俺も悪かった。年配相手に偉そうなことを言っちまった」

「構わんよ。私はお前を気に入っている」

「そ、そりゃどーも」

「しつこくて申し訳ないが、再度言おう。ヤらないか?」

「騎士だな? 騎士をだな?」

「他に何がある?」


 何も無いことを願ってンだよ。


「そっちが真剣だから、俺も偽らずに答えるけど。俺には騎士の誇りとか、そんなもんはこれっぽっちもねェ。やるとしたら、ただの義理立てだ。あと、この世界で暮らしていくための食い扶持稼ぎ。そんなとこだぜ?」

「なんの問題も無い。力ある者が、怠惰に力を腐らせる方がよほど罪深い」


 寛容なこって。


「ともかく、今は保留にしておいてくれ。友達ダチを見つけられたら、その時に改めて返事をするから」


 アーガス騎士長は、「良い返事を期待している」と言って引いてくれた。


「しかし、聞けば聞くほど、お前の力は珍妙だな」

「それについては、あんまし触れないでくれ」

「今も全裸だが、肉体の強化は起こっていないのか?」

「そうだな。アーガス騎士長が風呂に入ってきた時には既に全裸だったわけだし。局部裸身拳だっけ? マジで人前で脱がなきゃならンぽい」


 この変態武術を考えた奴出て来い。ブッ飛ばしてやる。

 脱衣による強化状態は、何か着ることで解除された。

 今はそうでもないが、強化が解除された時、まるでトランポリンから降りた直後みたいに体が重くなった。強化の持続時間で程度も変わってくるのか、慣れれば苦にならなくなるのか、おいおい検証していく必要がある。


「物は相談だが、ちょっと勃ててみてくれんか?」


 アーガス騎士長がなんか言った。

 聞き間違えたかな。とんでもないことを言われた気がするけど。


「わりィ、もう一回言って」

「この場で勃起してみてくれんか?」


 聞き間違いじゃなかった。

 無言で風呂から上がろうとしたが、その肩をアーガス騎士長に掴まれた。


「どこへ行く?」

「のぼせたみたいなンで、そろそろ上がろうかと」

「少し風に当たるといい」

「もう十分堪能したンで」

「つれないことを言うな。私は純粋に、お前のことを、もっとよく知りたいのだ」

「俺の〝力〟のことをだな!? そうだな!?」

「他に何かあるか?」


 何かありそうで怖いンだよ!


「勃てるのは難しいか?」

「無理に決まってんだろ! オッサンと二人で風呂に入っていて、おっ勃てられる要因が皆無だっての!」

「私に手伝えることがあれば言ってくれ」

「ねェェェよ! あっても頼まねェェェよ!!」


 カリーシャ隊長の美尻はまだ記憶に新しいけど、目の前にオッサンの裸体があるせいで余裕で相殺される。つーか、何が悲しくて、オッサンの前でおっ勃てなきゃならんのだ。


「どうやら無茶なことを言ってしまったようだな。忘れてくれ」

「まったくだぜ。せめて、ここにカリーシャ隊長でもいるってンならまだしも」


 カリーシャ隊長とは騎士団本部で別れた。

 彼女も隊長という立場である以上、事後処理などの仕事が山積みなんだとか。

 気まずい雰囲気のまま別れたのが心残りだが、アーガス騎士長と行動を共にしていれば、また近々会う機会もあるだろう。

 なんてことを考えていると、


 カラカラ。


 と、脱衣所と露天風呂を仕切る扉が開いた音がした。


 俺は失念していた。この異世界で図らずも立ててしまったフラグが、いかに迅速かつ、期待を裏切らずに回収されるのかを。

 脱衣所から姿を現した人物が、ひたひたと歩いて来る。

 この流れで、誰が? なんてわざわざ言うまでもないが、あえて言おう。

 現れたのはまさしく、腕に掛けたタオルで胸と聖域をかろうじて隠しただけの、裸のカリーシャ隊長だった。

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