第72話 転生者の力★

「タクト、こいつは我々で仕留めるぞ!」

「晒すもん晒しちまったら、もう何も怖くねェ!」


 俺とアーガス騎士長で、ホログレムリンを左右から、または前後から挟撃する。

 皮膚まで強靭になっているのか、足場の悪さが苦にならない。

 体が軽い。肉体強化に加え、衣服による運動阻害が完全に消えたこともあって、一歩で走れる距離が、さっきまでとは段違いだ。

 これが局部裸身拳をマスターした者の感覚か。

 殻を捨てよ。全裸なれ。剥き出しこそが、最も戦闘に適したスタイルなのだ。


「ッラアアアッ!!」

「ギイイィィッ!?」


 ホログレムリンの腕を掻い潜り、右脇腹に斬撃を浴びせた。

 生きて動いている動物を初めて斬った。

 おぞましい感触だ。とても好きになれそうにはねェ。

 だからって躊躇していたら、やられるのはこっちだ。

 死にたくなけりゃ、慣れるしか、斬るしかねェ!


「キシャ!」

「喰らうかよ!」


 武極羅神剣のことは頭から切り離した。もう真似ようとは思わない。

 アーガス騎士長みたいに技で捌くンじゃなく、敵の攻撃を力任せに弾き返した。


「脱いだだけでマジに強くなってら。さっきまでは、まともに受け止めることすらできなかったってのに」


 すかさず攻撃に移る。一撃一撃の鋭さはアーガス騎士長に譲るが、手数の多さと一撃の重さは俺に軍配が上がるって感じか。


「やるな、タクト! 私の強さはもう頭打ちだが、お前は素材だけでその強さだ。磨けばまだまだ伸びるぞ! この戦いが終わったら、ヤらないか!?」

「一応聞くけど、何をだ!?」

「騎士をヤってみないかと言っている!」


 目的語はちゃんと言おうぜ。

 身の振り方を考えるのは、ひとまず後だ。つーか、


「カリーシャ隊長、あんまし見ンなよ!」

「私のことは気にするな!」

「気にするだろ! こっちは好きで裸になってンじゃねェンだよ!」

「戦力になれず、声援を送ることしかできないとはいえ、私は第三小隊の隊長だ! この戦いを見届ける義務がある!」


 建て前くせェェ。


「そんなことより、アラガキタクト! 挟み撃ちではなく、後ろは騎士長に任せてもっと前に出て攻めろ! そんなことで受けが務まると思うのか!?」

「黙れ腐女子! 攻めてほしいのか、受けてほしいのか、どっちかにしろや!」


 バカ女の寝言はシャットアウトし、アーガス騎士長との連携でホログレムリンに手傷を重ねていく。――が、硬く厚い外皮のせいで、どれも決定打にはならない。


「キキイィィィ……」


 苛立ちの中に焦りを見せ始めたホログレムリンが、ギザギザの歯をきしらせた。

 その口内から立ち込める黒煙。また炎を吐くのかと思ったが、違う。

 あれは瘴気だ。


「ギィィ……ジャハアアアアアアアアアッ!!」


 粉塵を巻き散らすようにして、吐き出された瘴気が辺り一帯を覆い尽くす。


「なんのつもりだ?」


 瘴気は高い魔力を持つ者にとっては害になるらしいが、ほとんど魔力を持たない俺や人間にとっては意味がない。ただの目くらましか?


「小賢しい!! ――【秘技・空衝くうしょう天牙てんが】!!」


 煙幕の向こうでアーガス騎士長が咆えた。

 足下の空気が瘴気ごと声のした方へ吸い寄せられ、渦を巻いて上へ上へと昇る。


「おー、すげェ」


 天井を抉らん勢いで瘴気はぶつかり、あっという間に霧散した。

 晴れた瘴気の中から、剣を高く突き上げていたアーガス騎士長の姿が現れた。

 そうして、今度はホログレムリンへと剣の切っ先を向ける。


「貴様に勝機は無い。観念しろ。痛みを感じる間も無く首を刎ねてやる」


 技もカッコ良けりゃ、使い手も渋カッケェなあ、オイ。

 どう考えてもこっちが優勢だ。

 それなのに、俺にはホログレムリンが笑ったように見えた。


「――ッ!?」


 俺は咄嗟の反応で、その攻撃を剣で防いだ。

 攻撃してきたのはホログレムリンじゃない。


「なんのつもりだ、カリーシャ隊長!?」

「ち、違う。体が……勝手に……」


 俺を襲ってきたのは、味方であるはずのカリーシャ隊長だった。

 まさか、腐女子って言ったのを怒ったわけじゃないだろうな。

 そこでハッとする。アーガス騎士長が言っていた台詞を思い出した。


 ――この隊では、唯一カリーシャだけがわずかに魔力を持つ。


「さては、瘴気に中(あ)てられちまったな?」


 せめぎ合っていた刀身を振り抜き、カリーシャ隊長の体を引き離す。

 が、カリーシャ隊長はぶるぶると震えながら剣を構え直した。


「あ、く、体が、言うことを、きかな……」

「言わんこっちゃねェ。完璧操られてンな」


 他の騎士と一緒に、さっさと離脱していればよかったのに。

 カリーシャ隊長が、ホログレムリンを守るような位置に立った。

 そうして、ふらふらとおぼつかない足取りで剣を振ってくる。かわすのは簡単だけど、カリーシャ隊長を気にしながらホログレムリンの相手をするのは難儀だ。


「アラガキタクト、私を……斬れ!」

「はい、騎士っぽい無茶振りきました。アーガス騎士長、これどうすりゃイイ?」

「当て身で気絶させるしかない。私がやろう」

「ぐ、騎士長……申し訳、ありませ」


 アーガス騎士長が手刀を形作った。

 しかし一瞬早く、ひゅるひゅるとカリーシャ隊長の体にホログレムリンの伸びた指が巻きつき、彼女を手元に引き寄せてしまった。

 野郎、カリーシャ隊長を人質にでもするつもりか。


「……ウゴ、クナ……」


 ホログレムリンが人語を発した。こいつ、喋れたのかよ。


「ヨクモ、ヤッテクレタナ。ユル、サナイ」


 怨嗟のこもった声と共に、ホログレムリンが俺とアーガス騎士長を睨(ね)め付ける。


「コワシテヤル。ゼンブ、コワシテヤル。クルシメテカラ、コワシテヤル」

「怖いこと言うなよ。何をしようってンだ?」

「コノオンナ、タイセツナ、ナカマダナ?」


 そう言って、ホログレムリンがカリーシャ隊長の首を指で摘まむようにして持ち替えた。瘴気の効果が続いているらしく、カリーシャ隊長は抵抗もままならない。


「ウゴケバ、コノオンナノ、イノチハナイ」

「魔物の人質になるなど……騎士の名折れ。……くっ、殺せ!」

「ダマッテイロ」

「あ、ぐ、ああああ……!!」


 ぎりぎりと首を締められ、カリーシャ隊長が苦しそうに顔を歪めた。


「カリーシャ!」

「オイ、やめろテメエ!」

「キキ、イイカオダ。モット、モットミセロ」


 こいつ、イイ性格していやがるぜ。

 人質に取ったカリーシャ隊長を適度にいたぶりながら、動けない俺とアーガス騎士長をじわじわと嬲り殺しにしようって腹か。

 そうは問屋が卸すかよ。


「やめてくれ、このとおりだ! その人は、俺の大事な人なんだ!」


 俺はみっともなくホログレムリンに懇願した。

 すると相手は、ニヤァと口の端を吊り上げ、鬼の首を取ったように笑った。


「ソウカ、コノオンナ、オマエノ、コイビトカ」

「そうだ! だから頼む。俺はどうなってもイイ。彼女にだけは手を出すな!」

「キキキキ、ソレハ、イイコトヲ、キイタ」

「やめろ! 彼女をはやめてくれ!」


 アーガス騎士長とカリーシャ隊長が「え?」という顔をした。


「スカートか!? まずはスカートを剥ぎ取ろうっていうのか!? この外道め!」

「イイゾ。ソノクルシソウナカオ、サイコウダ」

「な、何を……。え、ちょ、キャアアア!」


 ビリビリビリ!

 ホログレムリンが、カリーシャ隊長の腰回りに指を引っ掛け、そのままスカートを破り裂いてしまった。飾り気の無い純白のパンツが惜しげもなく晒される。

 イイね、エロちっく。


「テメエ、よくもやりやがったな! さてはこの後、パンツをお尻に食い込ませるつもりじゃねェだろうな! そんなことは絶対に許さねェぞ!」

「おい、貴様、何を言っているんだ!?」

「キキ、ソウカ。ソレヲスルト、オマエハ、クツウヲカンジルノカ」


 ホログレムリンが、カリーシャ隊長に後ろを向かせた。


「待て、待て待て! そいつの言っていることは――ヒアアッ!?」


 右手でカリーシャ隊長の首を掴んだまま、左手で器用にパンツを引き上げた。

 割れたお尻に、きゅっとパンツが食い込んでTバック状態になる。

 イイネ、素晴らしい。


「なんてことをしやがる!」

「なんてことをしやがる、じゃない! 貴様、わざとか!? わざとだな!?」


 思ったとおり、ホログレムリンは俺の嫌がることを嬉々として行ってくれる。

 名づけて、まんじゅう怖い作戦。意味がわからない人は後で調べてくれ。


 カリーシャ隊長、許してくれ。アンタの身の安全のためなんだ。

 それに、なんでかな。心が全然痛まねェ。


「モットダ。モットクルシメ」

「もっとだと!? まさか、今度はパンツを下げるような非道をしようってのか!?」

「おいコラアアアアア!!」


 ずるり。

 うおおおおお、お尻! 生のお尻ですよ!


 俺のリクエストに応え、ホログレムリンがカリーシャ隊長のパンツを膝まで引き下げた。ぷるりと丸くて綺麗なお尻が、俺の視界に飛び込んでくる。


「ア、アラガキタクト、貴様という奴は!」

「尻をぺちぺち叩くのはやめろォ! 尻肉をぷるぷる弾ませるなァ!」

「フザケるなああああああああ!!」


 ぺちぺち。ぷるぷる。

 ぺちぺち。ぷるるん。


「くゥ、あられもない。ゴチです」


 思わず手を合わせて拝んでしまった。ありがたや、ありがたや。


「騎士長、見ないでください!」

「し、しかし、敵から目を逸らすわけには」


 ぐ……ぐぐ……。

 いいぞ、熱いものを感じる。持ち上がってきたぜ。


「カリーシャ隊長、俺のレベルって、今いくつになってる?」

「レベルがなんだ!? さっき26だと――……な、なん、だと!?」


 局部裸身拳により強化された俺の強さには、まだもう一段階ある。

 その条件となるのは――。


「レベル27……28……バカな。まだ上がるというのか!?」

「カリーシャ隊長、アンタは自分のことを、戦力になれないなんて言ったけどさ、そんなことはねェよ。これから得る勝利はアンタがもたらしてくれるものだ」

「アラガキタクト……」

「でも、あともう一押しってところかな」

「もう一押しって、え? まさか……冗談だろう?」


 現在膨張率50%。ダメ押しのエロス、いただきましょうか。

 別にイイよね? 見ンなって言っても見られたし、おあいこだよね?


「ナニヲ、シャベッテイル。モウ、ジュウブン、クルシンダカ? ソレナラ――」

「まだだァ!! 俺の最愛の人の尻を、こっちに向けて突き出すようなポーズを取らせるのだけはやめてくれエエエェェェェ!!」

「貴ッ様アアアアアアアアアアアアアア!!」

「キキ、コウカ?」


 何がとは言わないがキタ――――――――――――――!!


「膨張率100%中の100%、エレクチオオオオオオオォォォォン!!」

「ナ、ナンダ、コノ、チカラノ、ハドウハ!?」


 間髪容れず、ホログレムリンの指が俺に向かって伸ばされた。

 それは俺の胸をやすやすと貫通していく。

 ホログレムリンが歓喜に笑むが、


「残像だ」


 貫かれたのは、俺が残した影だった。

 目にも留まらぬ高速移動でホログレムリンの背後に回った俺は、今の一瞬で奪い返したカリーシャ隊長を左腕に抱きかかえている。

 その際に切断したホログレムリンの指が数本、ぼとぼとと地面に落ちた。


 股間から力が溢れる。迸る。

 怪物だと思っていた敵が、今は小動物のように見える。


「キ……キ、キィヤアアアアアア!!」


 怒りでもなく困惑でもなく、恐怖。初めてホログレムリンが悲鳴を上げた。

 ずしりと重かったはずのブロードソードを、俺は片手で軽々と振り被った。

 そんな俺を、腕の中にいるカリーシャ隊長が驚愕した目で視(み)ている。


「テメェの敗因は、たった一つだぜ。たった一つのシンプルな答えだ」


 慄くホログレムリンに、俺は断罪の言葉と共に強烈な一刀を振り下ろす。



「テメエは俺を、おっ勃たせた」



 その一太刀は天井を斬り、ホログレムリンを真っ二つに裂き、地面を割った。

 まるで、洞窟そのものを斬ったかのような凄まじい威力だった。


「お、おおお。まさか、転生者がこれほどまでの強さを秘めていようとは」

「レベル30。これが、転生者の力」


 アーガス騎士長とカリーシャ隊長の感嘆を聞いたホログレムリンが、断末魔に残した言葉も、やはり感嘆だった。


「ツヨ……スギ、ル。……フルチン……ノ……テンセイ、シャ……」


 頭から両断されたホログレムリンは、その巨体をさらさらと崩していき、空気に溶けるようにして消えていった。悪魔の最期だった。



 これが後に、【抜身ぬきみの勇者】と呼ばれる俺の初めての戦いであった。

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