第24話 レベルアップの真相

「リーチちゃん、転生二日目を迎えたわけだけど、体調に変わりはない?」


 尋ねてきたスミレナさんは、ミノコに酒のおかわりを注いでやっている。


「ええ、まあ。特には」


 男から女。そして人間から魔物であるサキュバスに転生したことも、一晩経って受け入れることができた。というより、考えてもどうにもならないので諦めた。

 諦めたと言っても、まだ自分の裸をちゃんと見たわけじゃないし、胸の重さには辟易している。トイレも森の小屋で済ませたっきりだ。またそろそろ尿意が。


「よかった。アタシは二日目が辛いから、安心したわ」


 なんの二日目ですか? と危うく訊き返しそうになって、やめた。


「あ、一つ気になることが」

「何かしら?」

「昨日、風呂の後でなんとなくステータスを確認したら、レベルが2に上がってたんです。でも、何がきっかけで上がったのかわからなくて」

「あー、レベル。レベルね。上がってたの? それはそれは、あらあら……」


 スミレナさんのリアクションを見て、オレはピンときた。


「もしかして、サキュバスのレベルについて知ってるんですか?」

「ええ、まあ。知ってると言えば知ってるわ。昨日、少し話に出したと思うけど、リーチちゃんの他にもサキュバスの知り合いが一人いるから、その関係でね」

「教えてくれませんか!?」

「別に構わないけど、リーチちゃんの性格だと、まず間違いなくショックを受けてしまうと思うわよ? サキュバスのレベルは、ちょっと特殊だから」

「それでも、自分のことです。知っておきたい。知っておかなくちゃいけない」


 オレは重々しく、だけど力強くスミレナさんを見据えた。


「わかったわ。エリム、アナタもこっちへいらっしゃい」


 スミレナさんは、カウンターの向こうで洗い物をしていたエリムも呼んだ。

 魔物の生態学を学んでいるらしいエリムにとっても実になる話だからだろう。

 オレとエリムが並び、スミレナさんを正面に据えてテーブルの一つを挟んだ。


「この話は、リーチちゃんだけじゃない。エリムにとっても辛いものになるわ」

「僕にも?」

「ええ。アナタたちの気持ち次第だけど、最悪の場合、互いが互いを避けることになってしまって、もう今までのような友人の関係には戻れなくなるかもしれない。それでも聞いてみようという覚悟はある?」


 そこまで念を押すほどのことなのか。

 情報と友達。どちらかを選べというのなら、オレは……。

 無意識に握り固めていた手に、エリムがそっと自分の手を添えてきた。


「安心してください。たとえ、どんな真実を知ったとしても、僕の心がリーチさんから離れていくことはありません。僕を信じてください」

「エリム……」

「よく言ったわ。リーチちゃん、アタシからもお願い。弟を信じてあげて」


 エリムを信じる。

 そうだった。オレはエリムを信用するって決めていたんだ。

 そのエリムがここまで言ってくれている。

 なのに、オレが応えなくてどうするよ。


「……信じます。話してください」


 スミレナさんとエリムは、姉弟揃って「ありがとう」と言った。

 礼を言わなきゃいけないのは、どう考えてもオレの方だ。


 場に充満していた緊張を一新させて、スミレナさんが話し始めた。


「まず、サキュバスのレベルが表しているのは魔力量よ。レベルアップに伴い増えていくわ」

「魔力ですか。確か、エルフもそうなんですよね?」

「エルフの場合は魔力の強さ。質、純度とも言えるかしら。少しだけ違うわ」


 料理で例えるなら、量にこだわるか。味にこだわるかみたいなものか。


「何より、エルフと決定的に違うのは、レベルアップに必要な経験値の取得法ね。エルフは鍛錬や知識によって経験値を蓄積していくけど、サキュバスは全く別」

「サキュバスのイメージ的に、ろくな取得法じゃない気がしますね……」

「まあ、その予想は、あながち外れてはいないかしら。けど、どうすればレベルが上がるのか、はっきりと数字として確認できるし、明確でとてもわかりやすいわ。リーチちゃん、ステータスを見てくれる?」

「あ、はい」


 言われて目に意識を集中し、ステータスを浮かび上がらせる。

 職名は相変わらずの【無職】。他の項目も変わりなし。


「レベルの項目を見て。(0/2)か(1/2)って書いてない?」

「書いてます。レベル2(0/2)って。昨日は(0/1)でした」

「その分数がレベルアップに必要な経験値を表しているの。(1/1)になった時点でレベルは2に上がって、表示も(0/2)に更新されているわ」

「じゃあ、今度は(2/2)になったらレベルが3に上がって、表示は(0/3)になるんですか?」

「いいえ。レベルアップに必要な経験値は倍々になっていくって知人は言っていたから、次は(0/4)、その次は(0/8)になると思うわ」


 レベルアップが飛躍的に大変になっていくのは、まんまRPGと同じだな。


「それで、この数字は具体的に何を示しているんですか?」

「その前に確認させて。リーチちゃん、昨日は何人の男性と会った?」

「男性って、オークも数に入れるんですか?」

「種族問わずでお願い」

「じゃあオークが一匹、クソ冒険者が四人、町に入る時に守衛さんに会って一人、それとエリムを足して、合計七人ですね」

「レベルアップした時間帯を考えるなら、オークと、勤務中だった守衛の人は除外されるわね。冒険者たちの誰かという可能性もあるけど、状況を考えると……」


 ぶつぶつと、スミレナさんは一人で何事かを思案している。

 置いてけぼりを食っているオレとエリムは顔を見合わせ、首を傾げた。


「……はぁ。やっぱり間違いなさそうね」


 ややあって結論が出たのか、スミレナさんは眉間を指で摘まんで揉みほぐした。

 何から話せば一番丸く収まるだろうか。そんなことを考えていそうな表情だ。


「結局、何どうなればレベルが上がるんですか?」


 なかなか口を開いてくれないので、堪えきれなくなったオレは先を促した。


「……サキュバスの経験値はね、対象を新規開拓することによって蓄積されるの。経験値をポイントで考えるなら、一人から得られるのは1ポイントだけ。レベル2になるためには、一人からポイントを得ればレベルは上がるわ」

「新規開拓って?」

「一度でも対象からポイントを得たなら、その対象からは、もう二度とポイントを得られないということよ。同じことを何度繰り返させたとしてもね」

「や、まだ全然わからないんですけど。対象ってなんです?」

「男性のことよ」

「男性? 男に何かさせれば、ポイントが入るんですか?」

「射精よ」

「しゃ………………へ?」

「ドピュ、の射精よ」


 聞き取れなかったと思ったのか、スミレナさんは擬音付きで繰り返した。


「え、ちょ、待って……くださいよ。オレ、何も変なことはしてませんよ!?」


 身の潔白を訴えるつもりで、オレはテーブルに両手をついて声を張り上げた。


「本当に本当ですよ!? オークや冒険者たちに襲われた時も、寸前でミノコが助けてくれたんですから!」

「落ち着いて。必ずしもリーチちゃんが何かする必要は無いわ。直接的であれ間接的であれ、リーチちゃんがきっかけで男性が精を排出すれば、その人物が、たとえいつどこにいようと、リーチちゃんの経験値として換算されるの」

「オレがきっかけって……」

「つまりね、リーチちゃんをオカズに――」

「ストオオオオオオオオオオォォップ!! わかりました!! もうわかりましたから、それ以上は言わなくていいです!! 言わないでください!!」


 サキュバスのことだから、性に関することではないかと予想はしていた。

 でも、でもでもでもでも、これは完全に予想外だろぉぉぉ。


 ……じゃあ何?

 昨日の夜、オレのことを、その、オカ……にして、誰かが、そういうことをしたわけ? 自家発電的な行為を? おいおいおいおい、誰だよ。


 オークはミノコが食っちゃったから対象外。

 冒険者たちも、四人のうち二人は重傷。そんなことができる余裕は無いだろう。

 残り二人も、腰を抜かすほどオレとミノコのことを怖がっていたし。

 守衛さんは夜勤って言ってたから、朝方まで仕事をしていたはずだ。


 てことは、てことは?

 残るは一人。


 恐る恐る隣を見ると――

 だくだくと滝のような汗を流しながら、エリムが顔を背けていた。

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