第22話 初めてのレベルアップ

「形にこだわるのが、馬鹿馬鹿しくなってしまったのよ」


 神妙な声で、スミレナさんは語り出した。


「長く客商売をやっているとね、それなりに人を観察する目が肥えてくるわ。その観察眼から、一つ断言できることがあるとすれば」


 人生の先達による、ありがたい金言を賜るつもりでオレは耳を傾けた。


「それは、自分を全く飾らずに生きている人なんていないってことね。身なりだけじゃなく、言葉で、仕草で、使えるものはなんでも使って、少しでも自分の価値を上げるために、人は工夫しているわ」


 これに対する意見を、若輩のオレは持ち合わせていない。だからスミレナさんの人生観を聞いても、そういうものなのかと黙って頷くしかできなかった。


「特に女性は、その技術に磨きがかかっているから、まずは疑ってかからないと、ころっと騙されちゃったりするのよね。だからリーチちゃんが、まだアタシに気を許していないのは正しいわ。それは悪いことじゃない」


 見透かされていた。


「すみません……」

「謝る必要なんかないんだってば。だけどそういう生き方って疲れるじゃない? 飾る方も、疑う方もね。アタシも、ちょっと疲れていたのかもしれないわ。たまに思うの。ありのままの自分を晒せたら、晒せる相手とだけ毎日過ごせたら、どれだけ楽だろうって」


 スミレナさんとエリムが両親を亡くしていることは、少しだけ話に出ていた。

 それがいつのことだったのかは知らないけど、二十歳はたちそこそこの若さで店を切り盛りし、エリムと二人で生きてきた。そんな彼女がしてきた苦労を、浅い人生しか送ってこなかったオレなんかが推し量れるべくもない。

 だとしても、これから一緒に過ごしていくのなら、その負担を少しでも軽くしてあげたいと思う。できることを探したい。


「オレは、スミレナさんにとって、気の休まる相手になれそうですか?」

「もちろんよ。というか、もうなっているかしら。これからも、リーチちゃんにはたっぷり癒してもらうからね」


 そう言ってもらえると、ほっこりと温かい気持ちになってくる。


「それを期待したから、居候を認めてくれたんですか?」

「今はそれもあるけど、あの時思ったことは、少し違うわ」

「と、言いますと?」

「アタシはさっき、自分を飾らずに生きている人なんていない。そう言ったけど、リーチちゃんは違ったの。自分を飾らず、加工せず、自然体だった。それがアタシには、とても眩しく見えたのよ」


 そんな風に見えたのか? スカートを捲られただけなのに。


「繊細さの中にも確かな生命の息吹を感じたわ。例えるなら、あれはそう。極上の絹糸にも勝る流麗な美しさ。まるで、黄金こがね色に輝く麦畑のようだった」

「あ、あの? 例えが詩的すぎてよく……。なんの話をしてるんですか?」


「陰毛だけど?」


「心温まるいい話なんかじゃ全然なかった!! じゃあ、なんですか!? 一番初めの、形にこだわるのが馬鹿馬鹿しくなったって、まさか、あそこから既にですか!?」

「ええ、そうよ。見せる相手もいないのに、三角形にこだわるのが馬鹿らしくて」

「前振りが異常に長すぎです! こっちは真剣に聞いてたのに!」

「あ、誤解しないでね。リーチちゃんが下の毛に手を加えていないことは、一目で明らかだったんだけど、リーチちゃんの場合、むしろ手を加える必要がないくらい綺麗だったというか、自然体ならではの躍動感があったというか」

「やめて、聞きたくありません!」

「とまあ、そういうわけで、アタシは全面的にリーチちゃんを信用したの」

「こんな信用のされ方ってえええ!」

「落ち込まないで。結果論になってしまうけど、リーチちゃんと出会えたことを、アタシは本当に嬉しく思ってるわ。それはきっと、エリムも同じ。特にアタシは、こうして夢が叶ったわけだし」

「夢? 妹が欲しかったってやつですか?」

「いいえ? 美少女の下の毛を、カミソリでイイ感じに整えることよ」

「のぼせたので先に出ます!」

「やだわ、リーチちゃんてば、気が早いんだから。湯船に浸かってもいないのに、のぼせるわけないじゃない。逃ーがーさーなーい」

「ヒイィィィッ!!」


 やばいよ。この人、オレの知る中で、ぶっちぎりの変態だったよ。

 立ち上がろうとしたところへ、後ろからスミレナさんが抱きついてきた。

 激震が走る。ぷにぷにと、小さくてもわかる、確かな柔らかさ。


「ちょわあああああああああ!! スミレナさん、裸で引っ付くのはまずいです! 当た、当たって、当たってますうううううう!!」

「うふ、当ててるの」


 お約束いただきました!


「ね、いいでしょ? ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから。痛くしないから」

「完全にオッサン化してますよ!? スミレナさん、オレのこと、自然体なところがいいって言ったじゃないですか!」

「それはそれ。これはこれ。これは剃れ」


 身を捩って抗えば抗うほど、背中に感じる小さなぷにぷには、時に激しく、時に優しく形を変える。


「本気でまずいですって! 男の体だったら、これ、確実に……ッ!!」

っちゃう?」

「気分的には、とっくにそんな状態なんです!」

「興味深いわ。失われた男根が、まるでそこにあるかのように怒張するのを感じているのね。幻肢勃起げんしぼっきとでも名付けましょうか」

「変な造語を生み出さないでください! どこで使う単語なんですか、それ!?」

「リーチちゃんだって、早く女の体に慣れたいでしょ? そのためなら、アタシはいくらでも協力を惜しまないわ。というわけで、もう少し検証してみましょう」

「や、やめ……いや……そこは、あ、あはぁ! 待……さすがに、そんなところ! その先は! ひっ……あふん! あ、ああ、ひぃあああああああああああああ!!」


 オレの脳裏に、椿の花がぽとりと落ちる光景が浮かんだ。

 途中で意識を放棄してしまったので定かではないが、オレの悲痛な叫びは、夜も更け、近所迷惑を考えて然るべき時間帯にあって、小一時間は続いたのだった。






 目を覚ましたのは、ベッドの中だった。

 他には誰もいない。オレのために用意してくれた個室だろう。

 白い壁紙が貼られた部屋には、窓を飾る薄桃色のカーテンと、水差しが置かれた小さなチェストが一つあるだけだった。


 カーテンの隙間から星明かりが射し込んでいるが、まだ外は暗い。体の火照りが残っていることから、ここに運ばれて、それほど時間は経っていないようだ。

 ちゃんと寝間着を着ている。浴室で気を失ったオレを、スミレナさんが介抱してくれていたのを、夢うつつに覚えている。


「超~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~疲れた……」


 今日一日を振り返ると、その一言に尽きる。

 転生初日から、強姦未遂を二度も経験した。年上の女性には弄ばれた。

 そういや、漏らしたりもしたっけ。


 どんな化け物面かと思いきや、スタイル込みで、グラビアアイドルも裸足で逃げ出すような美少女だった。その一点だけは、無理やりプラスだと考えたとしても、それを圧倒的に上回るマイナスポイント。

 今だって、仰向けだと胸が重すぎて寝苦しいったらありゃしない。翼も邪魔だ。

 横を向いたら向いたで、今度はつのが邪魔をして頭を固定できない。無理やり頭を埋めようとしたら、ぷすりと角が枕に突き刺さった。


「……サキュバスやめたい」


 本気でそう思いながら、なんとなく自分のステータスを確認した。

 職名は、まだ【無職】のままだった。だけど……。



 レベル:2(0/2)



 レベルが1から2に上がっている。

 なんで?


「……ワケわかんねえ……」


 なんかもう、考えることすら億劫だ。

 精根尽き果てたオレは、そのまま泥のように眠り、異世界での一日目を終えた。

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