第22話 初めてのレベルアップ
「形にこだわるのが、馬鹿馬鹿しくなってしまったのよ」
神妙な声で、スミレナさんは語り出した。
「長く客商売をやっているとね、それなりに人を観察する目が肥えてくるわ。その観察眼から、一つ断言できることがあるとすれば」
人生の先達による、ありがたい金言を賜るつもりでオレは耳を傾けた。
「それは、自分を全く飾らずに生きている人なんていないってことね。身なりだけじゃなく、言葉で、仕草で、使えるものはなんでも使って、少しでも自分の価値を上げるために、人は工夫しているわ」
これに対する意見を、若輩のオレは持ち合わせていない。だからスミレナさんの人生観を聞いても、そういうものなのかと黙って頷くしかできなかった。
「特に女性は、その技術に磨きがかかっているから、まずは疑ってかからないと、ころっと騙されちゃったりするのよね。だからリーチちゃんが、まだアタシに気を許していないのは正しいわ。それは悪いことじゃない」
見透かされていた。
「すみません……」
「謝る必要なんかないんだってば。だけどそういう生き方って疲れるじゃない? 飾る方も、疑う方もね。アタシも、ちょっと疲れていたのかもしれないわ。たまに思うの。ありのままの自分を晒せたら、晒せる相手とだけ毎日過ごせたら、どれだけ楽だろうって」
スミレナさんとエリムが両親を亡くしていることは、少しだけ話に出ていた。
それがいつのことだったのかは知らないけど、
だとしても、これから一緒に過ごしていくのなら、その負担を少しでも軽くしてあげたいと思う。できることを探したい。
「オレは、スミレナさんにとって、気の休まる相手になれそうですか?」
「もちろんよ。というか、もうなっているかしら。これからも、リーチちゃんにはたっぷり癒してもらうからね」
そう言ってもらえると、ほっこりと温かい気持ちになってくる。
「それを期待したから、居候を認めてくれたんですか?」
「今はそれもあるけど、あの時思ったことは、少し違うわ」
「と、言いますと?」
「アタシはさっき、自分を飾らずに生きている人なんていない。そう言ったけど、リーチちゃんは違ったの。自分を飾らず、加工せず、自然体だった。それがアタシには、とても眩しく見えたのよ」
そんな風に見えたのか? スカートを捲られただけなのに。
「繊細さの中にも確かな生命の息吹を感じたわ。例えるなら、あれはそう。極上の絹糸にも勝る流麗な美しさ。まるで、
「あ、あの? 例えが詩的すぎてよく……。なんの話をしてるんですか?」
「陰毛だけど?」
「心温まるいい話なんかじゃ全然なかった!! じゃあ、なんですか!? 一番初めの、形にこだわるのが馬鹿馬鹿しくなったって、まさか、あそこから既にですか!?」
「ええ、そうよ。見せる相手もいないのに、三角形にこだわるのが馬鹿らしくて」
「前振りが異常に長すぎです! こっちは真剣に聞いてたのに!」
「あ、誤解しないでね。リーチちゃんが下の毛に手を加えていないことは、一目で明らかだったんだけど、リーチちゃんの場合、むしろ手を加える必要がないくらい綺麗だったというか、自然体ならではの躍動感があったというか」
「やめて、聞きたくありません!」
「とまあ、そういうわけで、アタシは全面的にリーチちゃんを信用したの」
「こんな信用のされ方ってえええ!」
「落ち込まないで。結果論になってしまうけど、リーチちゃんと出会えたことを、アタシは本当に嬉しく思ってるわ。それはきっと、エリムも同じ。特にアタシは、こうして夢が叶ったわけだし」
「夢? 妹が欲しかったってやつですか?」
「いいえ? 美少女の下の毛を、カミソリでイイ感じに整えることよ」
「のぼせたので先に出ます!」
「やだわ、リーチちゃんてば、気が早いんだから。湯船に浸かってもいないのに、のぼせるわけないじゃない。逃ーがーさーなーい」
「ヒイィィィッ!!」
やばいよ。この人、オレの知る中で、ぶっちぎりの変態だったよ。
立ち上がろうとしたところへ、後ろからスミレナさんが抱きついてきた。
激震が走る。ぷにぷにと、小さくてもわかる、確かな柔らかさ。
「ちょわあああああああああ!! スミレナさん、裸で引っ付くのはまずいです! 当た、当たって、当たってますうううううう!!」
「うふ、当ててるの」
お約束いただきました!
「ね、いいでしょ? ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから。痛くしないから」
「完全にオッサン化してますよ!? スミレナさん、オレのこと、自然体なところがいいって言ったじゃないですか!」
「それはそれ。これはこれ。これは剃れ」
身を捩って抗えば抗うほど、背中に感じる小さなぷにぷには、時に激しく、時に優しく形を変える。
「本気でまずいですって! 男の体だったら、これ、確実に……ッ!!」
「
「気分的には、とっくにそんな状態なんです!」
「興味深いわ。失われた男根が、まるでそこにあるかのように怒張するのを感じているのね。
「変な造語を生み出さないでください! どこで使う単語なんですか、それ!?」
「リーチちゃんだって、早く女の体に慣れたいでしょ? そのためなら、アタシはいくらでも協力を惜しまないわ。というわけで、もう少し検証してみましょう」
「や、やめ……いや……そこは、あ、あはぁ! 待……さすがに、そんなところ! その先は! ひっ……あふん! あ、ああ、ひぃあああああああああああああ!!」
オレの脳裏に、椿の花がぽとりと落ちる光景が浮かんだ。
途中で意識を放棄してしまったので定かではないが、オレの悲痛な叫びは、夜も更け、近所迷惑を考えて然るべき時間帯にあって、小一時間は続いたのだった。
目を覚ましたのは、ベッドの中だった。
他には誰もいない。オレのために用意してくれた個室だろう。
白い壁紙が貼られた部屋には、窓を飾る薄桃色のカーテンと、水差しが置かれた小さなチェストが一つあるだけだった。
カーテンの隙間から星明かりが射し込んでいるが、まだ外は暗い。体の火照りが残っていることから、ここに運ばれて、それほど時間は経っていないようだ。
ちゃんと寝間着を着ている。浴室で気を失ったオレを、スミレナさんが介抱してくれていたのを、夢うつつに覚えている。
「超~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~疲れた……」
今日一日を振り返ると、その一言に尽きる。
転生初日から、強姦未遂を二度も経験した。年上の女性には弄ばれた。
そういや、漏らしたりもしたっけ。
どんな化け物面かと思いきや、スタイル込みで、グラビアアイドルも裸足で逃げ出すような美少女だった。その一点だけは、無理やりプラスだと考えたとしても、それを圧倒的に上回るマイナスポイント。
今だって、仰向けだと胸が重すぎて寝苦しいったらありゃしない。翼も邪魔だ。
横を向いたら向いたで、今度は
「……サキュバスやめたい」
本気でそう思いながら、なんとなく自分のステータスを確認した。
職名は、まだ【無職】のままだった。だけど……。
レベル:2(0/2)
レベルが1から2に上がっている。
なんで?
「……ワケわかんねえ……」
なんかもう、考えることすら億劫だ。
精根尽き果てたオレは、そのまま泥のように眠り、異世界での一日目を終えた。
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