第21話 オレの家主は変態です
「一緒に入るって、いや、そんなのダメですよ!」
「あら、どうして後ろを向くの?」
「女の人の裸を直視できるわけないじゃないですか!」
エプロンに続いてスカートドレスが、ぱさりと床に落ちた音がした。
大きな鏡のせいで、前を向いても後ろを向いても、スミレナさんのあられもない姿が見えてしまう。オレは目を閉じた。
「ねえ、リーチちゃん、つかぬことを尋ねてもいいかしら?」
「なんですか!? こっちはいっぱいいっぱいですよ!?」
「リーチちゃんって、転生してくる前は、もしかして若い男の子だったりするの? その反応を見てると、どうも女の子って感じがしないのよね」
「そうですよ!? 気持ち的には今だって男です! エリムの一つ上で、ばりばりの思春期ですから、スミレナさんも少しは恥じらうとかしてください!」
「あらあら、本当に男の子だったのね。そう言えば、一人称も〝オレ〟って言ってるし。それって、別に隠していたわけじゃないの?」
「これからお世話になる人に、なんで隠すんですか!?」
エリムには言いそびれたけど、隠すつもりなんて全くない。
「やだこの子、可愛すぎるんだけど」
「また可愛いって言われた!? 絶対おかしいですって! 中身が男だってわかったのなら、普通は気持ち悪いと思うものじゃないんですか!?」
「うーん、そうねえ。リーチちゃんの中身が精力旺盛な中年オヤジで、しかもそのことを下心と一緒に隠して、ここぞとばかりに女の子にハァハァしようとする変態だったら、確かに気持ち悪いかもしれないけど」
「……けど?」
「ピュアな少年の心を弄り倒せて、しかも体は美少女なんて、一粒で二度おいしいじゃない。ゴチになります。――というのが、アタシの見解かしら」
「オレにとっては人生が120度くらい変わってしまった大事件なので、某お菓子メーカーのキャッチフレーズみたいな感覚で言わないでほしいです!」
向こうの世界のネタだから、伝わらないだろうけど。
「ある意味、女の子は食べ物よ。何故なら、女の子は誰でも一粒マメを――」
「アウトオオォォォ!! 中身オヤジなのはスミレナさんです! いいから早く服を着てください! オレに女性の下着姿は刺激が強すぎるんです!」
「リーチちゃん、それは違うわ」
「違うって、何が」
「アタシは既に全裸よ。下着姿じゃないわ」
「いつの間に全部脱いだんですか!? もういいです! オレが出ますから!」
「ダメよ。ここは死んでも通さないわ」
「何がスミレナさんをそこまで駆り立てるんですか!? お願いですから外に出してください!」
「女の子が必死な声で外に出してくださいって言うと、なんだか凄くエロいわね」
「会話をしてください!」
「そんなに、アタシとお風呂に入るのは嫌?」
「嫌なんじゃなくて、いたたまれないんです」
「…………そう。……そこまで言うなら、仕方ないわね」
スミレナさんが、残念そうな、悲しそうな声で言った。
そしてすぐに、しゅ、しゅ、と衣服が擦れる音が背中越しに聞こえてくる。
諦めて服を着てくれているようだ。
多分、スミレナさんのフザケた言動の大半は、オレを気遣ってくれてのものだ。
天涯孤独になってしまったオレが寂しいと思う暇もないくらい、わざと騒がしくしてくれているんだと思う。その心遣いに、オレは水を差してしまった。
「もう目を開けてもいいわよ」
「……スミレナさん……オレ、スミレナさんの気持ちは、本当に嬉しく思――……てまだ全裸キープしてるじゃないですかあああああああああああ!!」
「うふふ、引っ掛かったわね。誰も服を着るなんて言ってないわ」
裸を見せつけるかのように、スミレナさんはささやかな胸をふんぞり返らせた。
見ちゃった! 見ちゃった!
女の人の裸、生で初めて見ちゃった!
「あらあらー。せっかく見せたのに、また目を閉じちゃったの? 今はもう女同士なんだから、好きなだけ見たっていいのよ?」
「無理すぎるかと! そんなことしたら、確実に卒倒します!」
「こういうのは慣れよ。多少荒療治でも、後々リーチちゃんのためになるから」
「だとしても、一緒に風呂に入るのは段階飛ばし過ぎです!」
最初はもっとこう、ええと、あるでしょう!? 何かしらソフトなのが!
「うーん、このままだとアタシが風邪を引いちゃうから、早く入りたいんだけど。仕方ない。自分で脱げないって言うのなら、アタシが手伝ってあげる。というか、もう面倒だから
「剥くって、え? やめて、それだけは勘弁してください! 引っ張らないで!!」
「あっは。楽しい、楽しいわ。普通の女の子を無理やり引ん剥くのは犯罪だけど、リーチちゃんにする分には問題無いわよね?」
「大いにあると思います! やめ……う、ぐぐ、スミレナさん、力、強……ッ」
「レベル8だし、一般女性の中じゃ強い方かしら」
エリムより強い!
「ほらほら、もう脱げるわよー。全部脱がしちゃうわよー。ここで止めて茶巾縛りにするのもアリだけど、それはまたの機会にしておきましょうね」
「そんな機会は御免被りたく、あ、あ、あ、アアア――――ッ!!」
抵抗虚しく、オレはたった一枚の鎧であるワンピースを無情にも奪われ、裸に剥かれてしまった。
「うわぁ。直に見ると、とんでもない迫力ね。しかも、色も形も超綺麗。この衝撃への驚きを効果音で表すなら、ぱんぱかぱーん! という感じかしら。ごくり」
なんですか、その意味不明な効果音。
そしてなんなんですか、この状況。なんでこんなことに。
オレ今、女の人の前で全裸だ。しかも、その女の人も全裸だ。
目を開けたら、いったいどんな光景が広がっているのか想像もつかない。
「リーチちゃん、隠すなら股間だけじゃなくて、次からは胸も隠さないとダメよ」
「次回があるようなフラグを立てないでください!」
「うふ。女の子なのに、仕草は男の子。萌えるわー」
居候先の大家さんの頭のネジが、どこかおかしい件について……。
こういうのって、誰に訴えればいいの?
ここの物件を紹介してくれたエリムに文句を言えばいいの?
「さーさ。入った入った」
「押さないで! 嫌ですって! 無理やり入れようとしないでください!」
「半べそかいた女の子が無理やり入れようとしないでって言うと、そそるわよね」
「その心理をスミレナさんが理解してしまうのはどうかと思いますよ!?」
「はいはい、続きは背中を流しながらにしましょうね」
そうして、あれよあれよと言う間に浴室へと押しやられてしまう。
女性に手をあげるわけにもいかず、さらに力でも敵わない。
どうあっても逃げられないと悟り、オレは観念するよりほかなかった。
ただし、最後の譲歩として、左腕に巻きつけていたタオルで目隠しをすることを許してほしいと懇願すると、スミレナさんは黙考の末、「それもアリだわ!」と声を弾ませた。オレの家主は変態です。
「先にアタシがリーチちゃんの背中を洗ってあげるわね」
「うぅ、お手柔らかにお願いします……」
誘導に従い、風呂イスに座らされた。
シャワーの音がし、温かい蒸気を肌に感じた。火属性の魔法を応用したもので、自在に湯を作り出せるのだそうだ。今はそんな技術に感心する余裕は無い。
「あは。リーチちゃんらしくて、とても可愛――じゃなくて、ええと、愛くるしい翼ね。試しにちょっと舐めてみてもいいかしら?」
「舐める意味がわかりません」
「意味ならあるわ。サキュバスの翼って、性感帯の一つらしいの」
「なおさらやめてください」
首周辺にかけられたシャワーの湯が、背中を伝って下へ落ちていく。
「ごめんなさい。アタシじゃ、タオルを使わないと背中を洗ってあげられないの」
「この世界では、タオル以外で体を洗うことがあるんですか?」
「それは、ぜひともリーチちゃんにお願いしたいわ」
「いや、だから、何を使って洗うんですか?」
「楽しみね」
ダメだこの人。興が乗ると、話を聞かなくなるタイプだ。
「うふふ」
「……楽しそうですね」
「楽しいわよ。アタシね、実は妹が欲しかったの。弟じゃなくて」
「エリムが聞いたら泣きますよ」
「エリムのことも弟として可愛がっているわよ。だけど、こんな風に一緒にお風呂には入れないでしょう?」
「だからって、オレと入るのもどうかと……」
「これからは女の子として生きていくしかないんでしょ? だから問題無いわ」
そういうものなんだろうか。
こんな風に、あっさり割り切れてしまうスミレナさんが特別なんじゃ?
「……一つ、訊いていいですか?」
「アタシの性感帯? 第三位は耳よ。でも、第二位と第一位は秘密。意地悪をしているわけじゃないわ。リーチちゃんが自ら探してほしいの」
「訊いてませんし、探しません」
目隠しで視界を閉ざしているおかげで、声を荒らげずに話せるくらいには落ち着いてきた。相手を女性だと思うな。さっき見た衝撃映像も、記憶から消し去――……脳内フォルダの隅に移しておく。
「オレのこと、もう完全に信用してくれたんですか?」
「ええ、家族同然よ」
「どうして信用してくれたんですか?」
スミレナさんによる下着チェック。方法はどうあれ、あれをクリアできた理由がわからない。何も穿いていないのって、どんな下着よりも卑猥じゃないか?
スカートを捲られた瞬間、てっきり罵声つきで叩き出されると思ったのに。
「そうねえ。あの時は、さすがのアタシもビックリしたわ。でも、リーチちゃんを信用した根拠も、ちゃんとあるのよ?」
「それ、聞かせてもらえませんか?」
信用って、簡単に培えるものじゃないと思うんだ。
少なくとも、オレがスミレナさんに対して、信用に足る何かをした覚えはない。
相手の親切を疑うなんて、できることならしたくないけど、オレは今日一日で、警戒は過剰にしておくに越したことはないと学んだ。
スミレナさんは、本当の本当に、オレを信用してくれているのか?
その懸念が晴れない限り、オレの気が休まることはない。
スミレナさんがタオルを動かす手を止めると、空気が緊張するのを感じた。
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