第20話 ブサイクじゃないじゃん

 ドッペル?


 もう一度前を向いて、オレは相手をよくよく観察した。

 金髪の女の子は、コソ泥なだけあって、ひどく挙動が不審だ。

 そして何故か、オレの一挙手一投足を真似してくる。

 さらに言うと、脱衣所内にいるスミレナさん似の侵入者(?)も、後ろにいる本物の彼女と同じく、今にも笑い出しそうなのを我慢しているように見える。


「スミレナさん、これはどういう……」

「リ、リーチちゃん、御用って、何が御用なの? 誰に御用するの? ぷっはは! ああ、ダメ、可愛い! アホ可愛すぎるわ、リーチちゃん! あはははは!」


 スミレナさんがせきを切ったように爆笑し出した。

 待って。ちょっと待ってください。確認させてください。

 頭の中で「まさか、まさか」と繰り返し呟きながら、オレは金髪の女の子の頭に目を凝らした。


 …………つのが、生えていた。


 夢かどうかを確かめるように頬をつねり、むにぃーと引っ張ってみた。

 すると、驚きから呆然とした表情に変わっていた女の子も、オレと同じように、ただし逆の手で、逆の頬を引っ張ってみせた。


「…………か、がみ?」

「うぷぷ。リーチちゃん、自分がどんな顔してるのか、本当に知らなかったのね。からかってごめんなさい。あんまりにも真剣で可愛かったもんだから、つい」


 スミレナさんの言葉が後押しになった。

 オレは鏡を見つめたまま、その場にぺたんと座り込んだ。

 エリムが予言したとおり、腰が抜けてしまったのだ。


 ……違うじゃん。


 全然、ブサイクじゃないじゃん。


 それどころか。


 それどころかじゃん。


 放心するオレの様子を一頻り眺めていたスミレナさんが、洗濯物を定位置に収納してから手を引いて立ち上がらせてくれた。


「少しは落ち着いた?」

「あ、いや、まあ……」


 ここは変わり果てた自分の姿に驚愕するなり、騙されたことを怒るなりする場面だろうに、頭が真っ白になっていて、感情という感情が全部どこかへ飛んで行ってしまった。おかげで、逆に取り乱さないで済んでいる。


「リーチちゃんの寝間着ね、下はアタシのでいいとしても、上は無理だろうから、エリムのを使ってもらっていい?」

「無理? でも、オレとスミレナさんの身長、そんなに変わらにゃほおおう!?」


 スミレナさんが笑顔のまま、オレの胸を正面から鷲掴んできた。


「んふふ。おっぱいの大きさがね、まるで違うのね。おわかりいただけるかしら? あらやだ、うふふ、手に全然収まらないわ。あやかりたいわねえ」

「や、揉、まないで、ください。んあ、なんか、膝が、ガクガク、します」

「こう見えてアタシ、結構自信があるの。リーチちゃんなら大歓迎よ」


 なんの自信!? 歓迎された後はどうなるの!?

 訊きたいけど、訊いちゃいけない。訊いたら戻って来られなくなる。

 そこはかとなく、そんな予感がした。


「話を戻すわね」


 手を放してくれるのがもう少し遅ければ、また腰が抜けるところだった。


「下着なんだけど、今晩だけつけずに寝てもらって大丈夫? どうしても気になるようなら、パンツだけアタシのを貸すわよ?」

「スミレナさんの? え?」

「うん、これ。ちゃんと洗ってあるから」


 そう言ってスミレナさんは、掌の上に、くるんと丸まったピンク色の布を載せて見せてきた。

 その宝具(マテリア)を、オレに使えと?


「……………………………………………………………………………………」

「リーチちゃん?」

「……………………………………………………………………お気持ち……だけ」

「そう。ずいぶん長考したわね。リーチちゃんは、寝る時も下着をつけていないと落ち着かないタイプなのね。明日にでも買いに行きましょう」


 長考は別の理由からだったけど、そういうことにしていただけると幸いです。

 とりあえず、女性用下着と、その所有者がセットで視界にあるのは……やばい。


「あ、買うと言っても、オレ、お金が……」

「気にしなくていいのよ。体で払ってもらうから」

「か、体!?」

「やだ、変な意味に捉えないでね? お店の手伝いをしてほしいってことよ?」

「そ、そうですか! そりゃそうですよね!?」


 恥ずかしい。女性の前で、なんて卑猥な想像を。スミレナさんが直前におかしなことを言うから、もしかして、ビアンな人なのかと思っちゃったよ。


「でも、違う意味の肉体労働で払いたいって言うのなら、アタシ的には全然構わないわよ? 可愛い女の子は大好だいこうぶ――大好きだし、サキュバスの能力は女性に対しては働かないから、生気を奪われて、うっかり腹上死しちゃう心配だってないし。それになんと言っても、女同士ならデキちゃう危険が無いもの。ね?」


 ね? と言われましても……。


「ふふ。なーんてね。リーチちゃんてば、からかい甲斐があるんだから。あんまり深く考えないで。その分、お店の手伝いを頑張ってもらうわ」

「ビ、ビックリしました。また冗談でしたか」

「ううん、冗談ではなかったわ」

「そスか」

「だってリーチちゃん、本当に可愛いんだもの」

「か、可愛くなんか……」

「あれえ? さっき、すごく可愛い子が中にいるって、自分で言ってなかった?」

「い、言いましたっけ」

「はぐらかさなくていいじゃない。可愛いわよ。リーチちゃん可愛い。超可愛い」

「やめ、やめてください」

「どうして? 本当に可愛いのよ? 食べちゃいたいくらいに。あらあら、耳までこんなに赤くしちゃって。リーチちゃん可愛い。ちゅーしたい」

「可愛いを連呼しないでください! ちゅーもナシで!」


 何この全身をくすぐられるような気持ち。穴があったら今すぐダイブしたい。


「その様子だと、単純に言われ慣れてないのかしらね。可愛いは褒め言葉なのよ? 人に言われると、嬉しくならない?」

「なりません!」

「姫、この瑞々しい肢体をぺろぺろしてもよろしいか?」

「なりませんッ!!」

「うふふ、ノリがいい子も大好きよ。それじゃ質問ね。可愛いって言われるのと、ブスって言われるの、どっちがマシ? どっちも嫌って言うのはナシよ」

「なんですか、その意地の悪い質問」

「真面目な話、リーチちゃんの性格を把握しておくために必要な質問よ。これから共同生活をしていく上で、簡単に嘘をつける人かどうか確かめておきたいの。特に店の手伝いをしてもらうとなると、雇用主として、そのあたりを気にするのは当然のことだと思わない? 仕事は信用問題が第一だもの」

「……一理ありますね」

「ちょろいわ」

「はい?」

「なんでもないのよ。それで、どうなのかしら?」

「…………それなら、まだ可愛いの方が、マシですけど」


 ブスって、考えると女にしか使わない言葉だし。しかも悪口だし。


「んふ、正直でよろしい。じゃ、次の質問。可愛いって言われると、腹は立つの?」

「腹が立つわけじゃないです」

「でも言ってほしくはない?」

「正直……よくわかりません。とりあえず、今はいたたまれないです」


 例えるなら、経験豊富な年上のお姉さんに翻弄されるチェリーの気分に近い。

 いや、そんな状況になったことはないけど。


 中身が男だからなのか、それともスミレナさんの言うように、慣れていないからなのか、嬉しいと思える気持ちの余裕が無い。

 カッコイイと言われるのと、可愛いと言われるの、どっちがいい?

 こういう質問なら、10:0で前者だと即答できるんだけど。


 ただ、褒め言葉だというところに嘘が無いのはスミレナさんの態度から伝わってくるので、不思議と嫌悪感は無かったりする。

 でもまあ、それが嬉しいかと言うと、やっぱり微妙だ。


「わかったわ。リーチちゃんが自分の姿に慣れるまで、あまり言わないでおくわ。さ、難しい話はこのくらいにして、早くお風呂に入りましょ」


 そう言って、スミレナさんは何を思ったか、着けていたエプロンを脱いだ。


「……何してるんですか?」

「親睦を兼ねて、裸の付き合いをしたいと思って。アタシも一緒に入るわ」


 …………なん……だと?

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