第16話 恋敵と書いてライバルと読む

「さあ、着きました。ここが、近隣都市への宿場としても利用され、多くの種族が行き交う町、【メイローク】です」


 RPGなんかだと、必ず町の入り口付近にいるNPCみたいな台詞を言ったエリムがミノコの背中から降り、先導を買って出てくれた。

 裸足で歩かせてしまうことを申し訳なく思っていると、エリムの方から「たまには裸足で歩くのも気持ちいいですね」と言ってきた。

 感動した。良い子すぎる。


【メイローク】の町は、3mくらいある褐色の石壁によって囲まれていた。

 ぽっかりと壁が途切れている所があり、そこが入り口になっている。

 なんとなしに、ミノコの背から身を乗り出して壁面に触れてみた。チクチクする粗さが目立つ。セメントではなく、天然の石を切り出して使っているようだ。

 電灯の代わりに、足下を照らすかがり火がゆらゆらと揺れ、オレたちは映し出された自分の影と一緒に町の中へ入っていった。


「……ミノコ、ストップ」


 前方から近づいてくる人の気配を察し、オレはミノコに足を止めさせた。


「――こんな時間に誰かと思えば、エリムか」


 町に足を踏み入れてすぐの所で、前を歩くエリムが親しげに声をかけられた。

 穂先を上にした長槍を持ち、西洋風の足軽といった出で立ちをした男だ。

 おそらく、町の守衛さんだろう。


 染みついた引きこもり気質のせいか、はたまた、今日一日の苦い体験のせいか、相手が30歳前後の男とわかるや、オレは無意識に隠れる場所を探してしまった。

 ダメダメ。普通にしていないと、逆に怪しまれてしまう。


「こんばんは、ロドリコさん。珍しいですね。今日は夜警ですか?」

「病欠した奴の代わりに今夜だけな。お前の方こそ、【ルブブの森】に行くと聞いていたが、明日まで帰らないんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんですけど、思いのほか、早く切り上げることになりまして」

「そうか。なんにせよ、大きな怪我もしていないようで安心したよ。早く帰って、スミレナさんに無事な姿を見せてやれ。お前が帰って来たってことは、今から店を開くのか?」

「いえ、今日は仕込みをしていないので、予定どおり休業です」


 スミレナさん。エリムのお姉さんの名前かな。


「ところで、お前の後ろにいるでかい動物はなんだ? 馬……ではなさそうだが。ん? よく見ると誰か乗っているな。誰だ?」


 守衛さんが、少し離れて控えていたオレとミノコの存在に気づいた。

 空気を読んだミノコが、オレの指示を待たずにエリムの傍まで歩き進んだ。

 オレもエリムみたいに下に降りるべきか、そのまま名乗ればいいのか迷っているうちに、エリムがオレのことを紹介し始めた。


「こちら、出先で偶然知り合った、リーチ・ホールラインさんです。いろんな国を旅していらっしゃるそうで、しばらくこの町に滞在されることになったんです」


 下手に騒がれたくないので、魔物であることがバレない限り、オレが転生者だということは、エリムのお姉さん以外には黙っていようと、事前に打ち合わせをして決めてあった。

 必要なことはエリムが言ってくれたので、オレは伏せがちにしていた顔を上げ、ぺこりと会釈だけをした。自分でも、表情が硬くなっているのがわかる。


 挨拶がてら一言二言あるかと思いきや、守衛さんは、ミノタウロス似のミノコに驚いたのか、ぽかんと口を半開きにして動かなくなってしまった。


「それじゃ、行きましょうか。ロドリコさん、失礼します」


 エリムは守衛さんのリアクションも意に介さず、先を歩き始めた。

 結局、守衛さんとは何も話さないまま別れた。


 遅い時間帯のせいか、町中を子供たちが走り回っているといった賑やかな光景は見当たらない。ただ、寂しい感じもしない。

 家屋は全て、町を囲む壁と同じ材質――多分、石灰岩かな。蜂蜜色の石材で建てられているようで、それが道々に灯されたランプに照らされ、温かいオレンジ色に染まっている。町全体が一つのトーンにまとめられているため、目に優しく、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「綺麗な町だな」

「ありがとうございます。そう大きくない町なので、暮らしている人のほとんどが顔見知りですね。リーチさんも、すぐに馴染めると思います」

「そういや、さっきの人とも親しげだったよな」

「店の常連さんなんです。ロドリコさん、リーチさんを見て固まっていましたね」

「え? あの人、ミノコじゃなくて、オレを見て固まってたのか?」


 おいおい。人の顔を見て言葉を失うとか、どんだけホラーフェイスなんだよ。


「でも、気持ちはわかります」


 しかもわかっちゃうのかよ。マジで引きこもりたい……。


「それにしても、リーチさん、ずいぶん大人しかったですね」

「あー、情けない話、オレは初対面だと大体あんな感じだよ。対人恐怖症ってほどでもないんだけど、人と話すのは苦手なんだ」

「そういえば、最初噛んでいましたね。でも、僕と話している時は、わりと」

「エリムは例外。特別だから」

「僕が特別、ですか……」


 オレってば、謙虚な引きこもりだったからね。当時から誰かの世話になっている自覚をちゃんと持っていたわけさ。当然、両親は目上の存在だった。

 そして拓斗も親友ではあるけど、なんというか、兄貴分なところがあったし。

 ミノコには今日一日で、あっという間に頭が上がらなくなったし。

 その点、エリムは年下だし、なんかオレに負い目もあるみたいだし。

 ついにオレも、ヒエラルキーの最底辺から抜け出せた、みたいな?


「リーチさん、真面目なことを言っていいですか?」

「いいけど。改まって、どうした?」

「僕、リーチさんのためなら死ねる気がします」

「バカヤロ、何言い出すんだ。目上の相手を尊重しようとする心意気は買うけど、自分の命を粗末にするな。死んでから後悔したって遅いんだぞ。それに、残される人のことも考えろよ」

「残される人。そこに、リーチさんも含まれていますか?」

「当たり前だろ。エリムに死なれたら、オレは……」


 また一番下っ端になっちゃうでしょうが。

 なんてことを正直に言うのは、いくらなんでも失礼か。

 やっとできた、大切な弟分を失いたくないっていうのが妥当なところかな。


 それはともかく、上下関係云々を抜きにしたって、命大事には、我ながら含蓄のある台詞だと思う。相当に感銘を受けたのか、エリムは瞳を潤ませていた。

 感受性が強いのかな。カワイイ奴だ。


「あ、そうそう。店を開く開かないのって話をしてたみたいだけど、エリムも店の手伝いをしてたりするのか?」

「はい。姉は料理がからきしなので、店で出す料理は全部僕が作っているんです」

「お前、料理男子だったのか!?」


 なんてこった。腕っぷしの弱さを補って余りあるセールスポイントじゃないか。

 オレを慕うばかりの弟分だと思っていたのに、料理スキルなんて隠し技を持っているとは……。いきなり追い抜かれた気分だ。

 やばいよ。オレ、人に自慢できることが何もない。


「……エリムって、女にモテそうだよな。紳士だし」


 若干、トゲのある口振りになってしまったのは否めない。


「それが残念ながら、モテた記憶はないですね。告白されたこともありません」

「エリムみたいなタイプが好きな女子って多そうだけどな」

「リーチさんの理想の男性像って、あの、その、僕に近かったりするんですか?」

「いやまったく」

「あ、そですか……」

「オレの理想か。エリムは細すぎるな。オークみたいなガチムチは行きすぎだろうけど、ある程度の筋肉は欲しいじゃん。やっぱ、ソフトマッチョが理想かな」


 とはいえ、女になった今では、どれだけ鍛えても無理か……。


「が、頑張ります! 僕、鍛えます!」

「ん、頑張れば?」


 なんでオレに宣言するんだ? 細すぎって言ったのを怒ったのか?


「必ず、絶対、リーチさんの理想になってみせます!」


 それはやめてくれ。妬ましすぎて、心中穏やかでいられそうにない。

 拓斗の時もそうだった。

 小学生の頃は似たり寄ったりだったのに、何故こうも差がついてしまったのか。

 遺伝? 生まれ持っての体質なのですか?


「リーチさん? 遠い目をして、どうしたんですか?」

「ちょっとな、向こうの世界で親しかった奴のことを思い出してた」

「も、もしかして、リーチさんの大切な人……だったり?」

「そりゃまあ、掛け替えのない奴だったよ」


 実際、他に友達いなかったし。


「その人は、男性……ですか?」

「そうだけど?」


 オレに女友達がいるとでも?


「まさかその人が、リーチさんの理想の人だったりするんですか!?」

「よくわかったな。あいつ、脱いだらイイ体してるんだよ」

「脱いだらああああっ!?」

「な、なんだよ!?」


 突然大声を出したかと思えば、エリムはごっそりHPを削られたかのように片膝をついた。呼吸も荒れ、肩で息をしている。

 いったいなんだ。発作か? 情緒不安定か?


「リーチさん、僕が、いつかその人の代わりになります。なれるよう努力します。だから……だから僕と……」

「え、なんの話?」


 尋ねると、エリムが勢いよく立ち上がった。その瞳には決意の炎が宿っている。

 そうして、一世一代の勇気を振り絞るようにして言った。


「僕と、友達からよろしくお願いします!」


 深いお辞儀と共に差し出された手。


「……友……達?」


 友達。

 友達。

 エリムの手を見つめ、オレは頭の中で何度も反芻した。

 今まで友達と言えば、拓斗ただ一人だった。

 拓斗と再会できなければ、この先、オレに友達なんてできるわけがない。

 そう思っていた。


 大げさになんて言っていない。実際、十年近くそうだったんだから。

 それくらい、オレにとって友達ってのはレアで、貴重で、得難いものなんだ。


「本当に……オレと友達になってくれるのか?」

「や、やっぱり、こういうことには順序が大事かと思いまして」


 頬が緩んでしまうのを抑えられない。オレはミノコの背から落ちそうになるのも構わず、両手でエリムの手を覆うように握りしめた。


「嬉しい! めちゃくちゃ嬉しいよ!」


 人生で二人目の友達をゲット。

 今日一日の嫌なことが、全部吹き飛んでしまうほど心が躍る。


「きょ、きょ、恐縮です! リーチさんと、友達の、その先の関係に進めるよう、これから全力で精進していこうと思います!」


 友達の先? なるほど、友達の中の友達――親友ってことだな。


「うわぁ、うわぁ、感激すぎる。拓斗の他にも、オレとそんな関係になりたいって思ってくれる奴がいるなんて」

「タクトさんと、おっしゃるんですね。僕のライバルとなる人は」

「ん、ライバル?」


 ああ、強敵と書いて、トモと読む的なアレか。

 友達と書いて、ライバル。互いを高め合える関係か。良いではないですかー。


「もし会う機会があったら紹介するから、その時は仲良くしてやってくれな」

「会う機会があるかもしれないんですか?」

「未定だけど、もしかしたら拓斗も、この世界に転生してくるかもしれないんだ」

「そうなんですか!?」

「うん、一緒に事故ってさ。オレは即死だったけど、拓斗も危ない状態らしくて」

「な、なるほど……」

「そうなった時は、また相談に乗ってくれるか?」

「……わかりました。僕としても、不慮の事故で元カレと離れ離れになった女性の傷心につけこむような真似は不本意ですから、望むところです」

「例えがさっぱりわからんけど、ありがとうな。拓斗とエリムなら、きっと親友になれると思うぞ」

「え、うーん、それは……どうでしょうね」

「なれるって。オレが保証する」


 へへ、いいな、こういうの。

 友達の輪って、こんな風にして広がっていくのか。


 世界の素晴らしさを垣間見た気になっていると、ミノコが「モフゥ」と鳴いた。

 二股?

 どういう意味だ?

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