第15話 しっかり立っていますよ
土を踏み固めた太い舗装路が真っ直ぐ町まで走っている。
月に似た星が夜空で慎ましやかに輝く中、オレたちは、ようやく町の明かりが遠目に見えるところまで来た。
「このまま町に入るのはまずいよな?」
「そうですね。
小さいとはいえ、オレの角は剥き出しになっている。エリムに借りている外套のおかげで翼は隠せているが、角を誰かに見られると、さっきの冒険者たちみたいにオレが魔物であることは簡単にバレてしまう。
「髪を上げてみましょうか。これ、使ってください」
言いながら、エリムは自分が履いていたブーツの紐を外して手渡してきた。
「すみません。こんな物しかなくて」
「いやいや、助かるよ。ついでに悪い。エリムが結んでくれないか」
「ぼ、僕が……いいんですか?」
「ぱぱっとやっちゃってくれよ。見えないから、自分じゃ上手くできないんだよ」
「僕も女性の髪を結ったことなんて……。家に着いてから姉さんに」
「それじゃ意味ないだろ。家に着くまでが問題なんだから」
町はもう目と鼻の先だ。
オレはミノコの
「頼むってば。なー。下手でもいいんだからさー」
「ちょ、寄りかかってこないでくださ……うぁ、いい匂い……」
「お前、心臓の音、超でかいな。え、コレやばくないか? ドコドコ鳴ってるぞ」
変な病気を疑っていると、エリムが観念したように息を大きく吐いた。
「わ、わかりました。やらせていただきます」
エリムが震える手つきで、肩まであるオレの髪を持ち上げ、指で梳き始めた。
ここまでの道中、エリムに一般常識をいくつか教えてもらった。
年齢の話をした時から予想はしていたけど、この世界の暦は、オレが生きてきた世界とほぼ同じだった。
一年は十二ヶ月、一ヶ月は三十日、一週間は七日、一日は二十四時間。
長さや重さといった、数字の単位も日本と同じ。
お金と文字は少し違うようだけど、そこは外国に来たとでも思えばいい。
和製英語なんかも普通に通じることを考えると、言葉については、転生者であるオレに都合のいいよう、音声変換されているって可能性もあるな。
ただ、文明の利器にはかなり差があるようで、【スマートフォン】は当然として、【テレビ】や【自動車】の類も無いのだそうだ。そもそも、電気を利用するという科学的な発見がされていない。
しかし、魔法の存在があるため、電化製品とは異なる発展を遂げているらしい。
不安が勝る反面、少しだけ楽しみに思っている自分がいたりする。
「リーチさん……できました」
「お、さんきゅー」
そっと頭に手を伸ばすと、ツンツンした角ではなく、団子になった髪に触れた。縛って房にするだけでもよかったのに、角に巻きつけるようにして結われている。それが左右に一つずつ。
「すげ、エリムって器用なんだな」
「リーチさんの、か、かか、可愛さを損なわないよう、頑張りました!」
「お世辞どうも。損なうような可愛さなんか、最初から無いっての」
「お世辞なんかでは……」
「オレって、オークっぽい顔をしてるんだろ?」
溜息交じりに自嘲した。
「誰かに、そんなことを言われたんですか?」
「いやな、オークがオレのことを好みだとか言いやがったから、きっと、雌オークみたいな感じの厳つい顔なんだろうなって」
「リーチさん、自分の顔を見たことがないんですか?」
「ない。小屋にも鏡なんて無かったし」
「それはまた、なんとも……。えっと、ですね。オークの好みは、人間とそれほど変わらないはずですよ。オークが出没したら、美しい娘は家の中に隠せという言い伝えもあるくらいですから。それと、オークに雌個体は存在しません」
「うぇ、てことは、全部雄なのか?」
「はい。そのため、他種族の雌を襲って、子を産ませようとするんです。オークの遺伝子は非常に強力なので、子にはオークの形質しか現れません」
とことん最悪だな。滅びろよ、オーク……。
「それじゃ、もしかしてなんだけど、オークに気に入られたオレって、それなりにまともな見た目だったりするのか?」
「いえ、それなりというか」
「あ、待って! やっぱ言わなくていい! 調子に乗ったこと訊いた!」
転生支援課の職員も言っていたじゃないか。
インキュバスだからといって、イケメンだとは限らないって。
それならサキュバスにも同じことが言えるはずだ。
危うく、オークの言葉を鵜呑みにして、恥ずかしい勘違いをするところだった。
オークは森の中で長く暮らしていたせいで、相当女に飢えていたんだろう。
容姿なんてどうでもよく、相手が雌なら誰でも襲っていたはずだ。
冒険者たちにしても、単にオレがサキュバスだから珍しがっていただけだ。
エリムの言おうとしたことも、容易に想像がつく。
――それなりというか、かなり酷いです。キモいのでこっち見ないでください。
そう言おうとしていたに違いない。
「リーチさん、なんだか軽く被害妄想が入っていませんか?」
「いや。この世界に来てオレは悟った。平穏無事に生きていくコツは、分不相応な望みを持たないことだって。いいかエリム、生まれ変わったらドラゴンになりたいなんて、間違っても考えたらダメだぞ。今ある幸せを噛みしめて満足するんだ」
「その様子じゃ、リーチさんが鏡を見たら、腰を抜かすかもしれませんね」
そこまでか……。超絶ブサイクだから、ショックに対する心構えをしておけってことなんだな。引きこもりたくなってきた。
「こんな靴紐じゃなく、今度、リーチさんに似合うリボンを贈らせてください」
「いらん」
「安易に男からの贈り物は受け取らない。リーチさん、学びましたね」
単に、リボンとかマジでいらないと思っただけだ。
そういうのはな、ある程度の可愛さがあって、初めて映えるアイテムなわけよ。
オレが使っても、ただの羞恥プレイにしかならないっての。嫌みか?
そもそも、精神構造は、今だって男のままなんだよ。
「では、牛さんには、僕が履いていたブーツを」
そんなオレの内心なんて知る由もなく、エリムがミノコの角に、脱いだブーツをすっぽりと被せた。それがまた、あつらえたようにジャストフィットしている。
「うん、やっぱり角を隠したことで、印象が全然違いますね」
満足気に頷くエリムの言葉に、ミノコが低い声で「……モォ」と鳴いた。
「あはは。ほどほどにしてやれよ」
「なんです? 牛さん、なんて言ったんです?」
ミノコの言葉がわからないエリムが、興味深そうに尋ねた。
「頭に靴を載せられて、イラッとしたんだと。後で覚えてろだってさ」
「それ、笑いごとで済むんですか!?」
「大丈夫だって。こう見えて、ミノコはそこらの人間よりできた牛だから。まあ、眼帯ちょびヒゲの冒険者のことは半殺しにしてたけど」
「全然大丈夫そうに聞こえないんですけど!? というか、僕が気を失っている間に、グンジョーさん、半殺しにされていたんですか!?」
「あんな奴、ミノコに食われてしまえばよかったのに」
「目が笑っていませんね……」
ガチだもの。腕力で劣る女を集団で乱暴し、あまつさえ、調教して売り払おうとするようなクソは、本気で死ねばいいと思うよ。
エリムの話では、あの冒険者たちは、オレたちが向かっている町【メイローク】ではなく、冒険者ギルドもある大都市【ラバントレル】に帰っているはずだとか。
ここから【ラバントレル】まで、一時間もかからないそうなので、そのうち足を運ぶ機会があるかもしれない。少年の心を持つ身としましては、冒険者がどういう活動を生業にしているのかも気になるところだ。
とはいえ、連中の面は二度と拝みたくないからな。うっかり鉢合わせしないことを祈るばかりだ。
……てこれ、変なフラグ立ってないよな?
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