第14話 種族レベル
「リーチさん、気を落とさないでください。も、もし……処……で、あることを、そこまで気に病まれるんでしたら……ぼぼ、僕と、一緒に――」
「あのさ、がらっと話が変わるんだけど」
「は、はひ! なんでしょう!?」
「あ、ごめん、今何か言いかけてなかった?」
「いえ何も!? 全く言いかけていませんでした!!」
なんかめちゃくちゃ不自然に慌ててるけど?
「まあいいや。んとな、この世界って、レベルってのが個人にあるんだよな?」
「ありますよ。リーチさんのいた世界には無かったんですか?」
「学力の偏差値みたいなものならあったけど、多分、そういうのじゃないよな」
「へんさちというのが何かわかりませんが、こちらの世界でレベルと言うと、種族における能力の高さを表しています。経験を積むことで、随時更新されるんです」
まるでゲームだな。
「レベルアップに必要な能力が何を指すかは、種族によって若干異なってきます。人間を含め、大体が強さを表しているんですけど。例外を挙げるなら、エルフだと魔力の高さだったり、ドワーフだと鍛冶練度のことだったりします」
「なるほど。参考までに、エリムのレベルは?」
「僕はレベル5です」
「レベル5。まさか、この世界に数人しかいない最高レベルの能力者だったり?」
「いえ、僕の年齢でレベル5だと、かなり低い方といいますか……」
ごめん、向こうの世界のネタだから忘れてくれ。
「では、説明を続けますね。さっき言いましたように、人間のレベルは強さを表しているので、一般的に、女性より男性の方が高い傾向にあります」
「強さイコール筋力じゃないと思うんだけど?」
「ご想像のとおり、高度な武術を修めたりすれば、女性でも男性よりレベルが高くなることは可能です。大変だとは思いますが」
「ふんふん。そのへんは、オレのいた世界と同じだな」
「ただ、僕たち人間ですと、実生活で強さを活かすことってあまりないですから、冒険者くらいしかレベルに興味を持っていません。冒険者ギルドで斡旋されている任務は、レベルの高さで受けられるランクが変わってくるんです」
「ちなみに、さっきの冒険者たちのレベルって、どの程度?」
「彼らはレベル20前後ですね。成人男性の平均レベルは10といったところです。15を超える冒険者は中級者、20ともなると、熟練者と見て間違いないです」
あれで熟練者ね。そんな奴らを一蹴できるミノコが並じゃないってことか。
「自分のレベルって、どこで調べられるんだ?」
「いつでもどこでも確認できますよ。慣れると、少し目に力を入れるくらいで視界のこの辺に、ステータス画面が浮かぶんです」
そう言って、エリムが自分の顔の前で手をひらひらとさせた。
「想像してみてください。まず、自分の心臓の中に一定量の血液が詰まっているとします。この量は、レベルに限らず一生変わらないものとします」
「ふむふむ、それで?」
「その血液が全身に流れて行く様子を思い浮かべてください。初めてはゆっくりで構いません。その際、各関節をチェックポイントだと考えてください」
「肩、肘、手首とか?」
「そうです。しっかり流れを意識して、手、足、頭、それぞれの先端まで血が辿り着いた時、心臓の中にはどれくらい血液が残っているか。このイメージでレベルが算出されます」
「心理テストみたいだな」
「実際にやってみればわかりますけど、無理にイメージを変えようとしても上手くいきません。鍛錬することで、自然と心臓に残る血液量も増えていくそうです」
「へえ。とにかく、やってみるよ」
えーと、心臓に血液が溜まっていると考える。……こんなもんかな。
それが全身へ。
肩を通って、肘を通過して、手首を越えて。
…………お。
ぼんやりと、目の前に文字と数字が浮かんできた。
「転生者のほとんどが、この世界に降り立った時点でレベル20を超えていたと言われています。リーチさんも転生者ですから、きっと」
「1ですけど」
「1?」
「レベル1でしたけど」
「え、あ……えと……はい」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【リーチ・ホールライン】
レベル:1(0/1)
種族:サキュバス
年齢:17
職名:無職
特能:一触即発
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「レベル1って3歳児くらい? それか赤ちゃんレベル? 貧弱な体だと思ってはいたけど、そっか、レベル1か。なら仕方ないな。あははははは……」
「や、自棄になってはいけません。サキュバスは人間と違い、強さでレベルを算出していないだけなんだと思います」
「エルフやドワーフみたいに?」
「そうです。それに考えてもみてください。サキュバスのレベルが高いと聞くと、イメージ的にどうですか?」
「…………。なんか、すげー淫乱っぽい気がする」
「偏見かもしれませんが、僕も同じ考えです。つまりレベルの低さは、リーチさんが貞淑であることの証明になっているのではないでしょうか?」
「貞淑は……なんか嫌だな。硬派って言い直してほしい」
「え、構いませんが。……では。レベルの低さは、リーチさんが硬派であることの証明になっているのではないでしょうか?」
「そうかな!? 本当にそう思う!?」
「思います。きっとそうですよ。だから落ち込まないでください」
「あー、でも、レベルはそれでいいとしても、職名が【無職】じゃな……」
オレはもう学生じゃないし、これで引きこもったら、完璧ニートだ。
「ご安心を。その項目は、簡単に変わるんです。ウチの酒場でアルバイトでもしてくだされば、それだけで別なものに更新されるはずです」
「あ、そうか。アルバイトをしていれば、【フリーター】ってことになるもんな」
「も、もしくは、そのまま永久就職して、【専業主婦】になるという手も」
「バカ、気が早いっての」
「で、ですよね! まずは、お付き合いから――」
「エリムのお姉さんにだって、選ぶ権利があるんだから」
「…………ウチの姉と結婚するんですか?」
「訊き返すなよ。恥ずかしいだろ。てか、エリムから振ってきた話じゃん」
「それは、そうなんですけど……」
まあ、引っ掛かったオレもオレか。どこの世界に大事な姉を、会って間もない、しかも宿無しで無職の男にあてがおうとする弟がいるんだって話だよ。
「タチの悪い冗談はやめろよな。一瞬本気にしちゃっただろ」
「僕は別に、冗談を言ったつもりは」
「はいはい。これ以上引っ張っても、ネタが滑っていくだけだぞ」
けどまあ、【専業主夫】か。
相手が美人のお姉さんなら、それもいいかもと、少し思ってしまった。
「あの、リーチさんって、同性愛者だったりするんですか?」
「はは、なんだよそれ。……しばくぞ」
「す、すみません! 違うんですね!?」
「当たり前だ! 変なこと言うと、また怒るからな!」
「ごめんなさい! 二度と言いません!」
まったく、いきなりなんだってんだ。誰がゲイか。
そういう性的嗜好を持っている人を否定する気はないけど、共感はできないね。
男同士で組んず解れつして何が楽し――………………いや、そうじゃないだろ。
オレって今、女なんだよ。
てことは、エリムが言った同性愛って、女同士ってこと? 百合(ゆり)?
それだったらオレも、その、あれだよ。一概に否定したりはしないよ?
だってほら、女同士ならさ、ムサくないじゃん? 絵的にも綺麗じゃん?
つまり、ある意味で芸術じゃん?
そうか。もしかするとエリムは、「芸術的な観点から百合に興味はありますか?」という意味で質問していたのかもしれない。だとすれば、一考の余地があるな。
だがしかし、そこにオレ自らがモデルとして参戦するというのは。
うむむ……未知の世界だ。
ただまあ、何事も経験しておいて損はないと乳搾りでもよくわかったし、先方がどうしてもと言ってくるようであれば、ちょっと体験してみるくらいならやぶさかではないというか、そこは状況次第で臨機応変かつ前向きに対応するという方向で一つお願いします。
「ステータスについて、他に質問はありますか?」
「あ、うん、特能ってやつ。これ、どういう効果があるのかわからないんだけど」
「特能が発現しているんですか!? それは普通に凄いことですよ!」
「そうなのか?」
「レベルアップと同時に、極々稀に発現することがあるそうなんですけど、人間で発現している人は、僕の知っている限りではいませんね。それがレベル1の時点で備わっているとなると、まさしく天から授けられた才能ということになりますよ。特能というのは、それくらいレアなんです」
「うおおお、マジかよ!?」
犬の尻尾みたいに、背中の翼が無意識にわさわさ動いている。
「特能の名前はなんですか?」
「【一触即発】だって。どういう特能なんだろ」
「少し触れただけでも爆発しかねない。そんな意味の言葉ですね。もしかしたら、言葉どおり、爆破系の特能かもしれません。そんな凄い特能なら、レベルの低さを補って余りある強力な武器になるんじゃないでしょうか」
「カ、カッケー……」
やばい。やばいよ。オレの時代が来たかもしれない。
「落ち着いたら検証してみましょう。ここで爆発でもしたら大変ですから」
「そうだな! くあー、楽しみになってきた! 早く町に着かないかな!」
逸る気持ちを抑えられず、ばたばたと裸足で水を掻いた。
顔に水を掛けられたミノコが迷惑そうに、鼻息をぷしゅーと鳴らしていた。
オレが、この特能の効果を知るのは数日先になる。
結論から言うと、【一触即発】は爆破系の特能なんかじゃなかった。
そして、サキュバスのレベル。
その意味を理解した時、オレはサキュバスとしての運命から逃れられないことを思い知るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます