第7話 最初で最後の勇気
「オメ、めんごい。乳も大ぎい。オデの好み」
オークの好みって何? オレの顔が雌オークっぽいってこと?
超絶嬉しくない。
状況についていけず、唖然としていると、オークがオレの両手首を片手で掴み、ベッドに押しつけるようにして頭の上で固定してきた。
慌てて抜け出そうとするが、溶接されたみたいにピクリとも動かない。
「グフッ、グヒッフ、もう我慢でぎナイ。交尾、すぐ始めル。孕むまでヤル」
「フ、フザ……フザケんなよ! 男が孕んでたまるか!」
耳を疑いたくなるようなことを言われ、頭が沸騰しそうになった。
そして皮肉なことに、女として襲われているこの状況が、以前と変わらず自分の心は男のままなのだと確信させてくれた。
男だからこそ、同じ男に組み伏されているということに対し、恐怖よりも怒りと屈辱、何より嫌悪感が数段勝った。
「おどこ? 何を言っでルのか、わがらナイ。オークの種、雌なら種族に関係なぐ孕ム。生まれでぐルの、全部オーク」
最悪だな、オーク!
「オデたち、相性がイイ。サキュバス、普通の食い物じゃ、腹膨れナイ」
「それを知ってて……誘い込んだのか」
「オークの精力、人間の十倍。オデが、腹いっぱい食わせでヤル。だからオデも、オメを食ウ(性的に)。グッフフフ」
マジで最悪だな、オーク!!
「オメ、交尾、初めでだナ。匂いでわがル。グフフッ、オデが、初めでの雄」
こいつ、気持ち悪……!!
「オデも、交尾、久しぶり。グフ、グヒフッ」
「い、いったん落ち着け。冷静になろう。オレの話を聞いてくれ。な?」
血走った目、口から零れるヨダレ、荒すぎる呼吸。
異常に興奮しているものの、まだ会話は成立している。
少しでもオークに理性が残っているうちに、なんとか説得しないと。
「ア……アンタには、オレが女に見えてるんだろうけど、それ間違いだから」
「間違い? 何がダ?」
「実はオレ、元は男なんだ。生まれ変わってここにいるんだよ」
「……?」
オレはオークを刺激しないよう、慎重に言葉を選んで話した。
「意味不明なことを言ってるように聞こえるかな。でも噓じゃないんだ。転生ってわかる? 知らない? こことは違う世界で死んで、別人として復活したんだよ。ホント、それがついさっきの話。笑えるだろ? 前世ではオレ、男だったんだ」
オークが眉をひそめた、と言っていいのかわからない。眉が無いから。
「それが、どうしタ?」
「それがどうしたって。いや、だから気持ち的には、今もオレは男なんだってば。オレも男、アンタも男。男同士でこういうことはしない。絶対しない。OK?」
極めてシンプルな説明であるにもかかわらず、オークは首を傾げてしまう。
知能が低くすぎて、言ってる意味がわからないのか。
それとも荒唐無稽すぎて、想像力が追いつかないのか。
「あ、あの、オレの言いたいこと、伝わってる?」
恐る恐る確認すると、オークは凶悪な
それを見て、オレの言葉を信じてくれたのだと思い、ホッと息をついた。
「わかってくれたんなら、早く手を放してくれよ」
「放さナイ。続きスル」
「んなっ!? 信じてくれたんじゃないのか!?」
「信じルとが、信じナイとが、オデには関係ナイ」
「か、関係なくないだろ。お前が押し倒してる相手は、ちょっと前まで男だったんだぞ!? そんな奴に欲情するのはおかしいだろ!? ありえないだろ!?」
オレには、オークの行動が理解できなかった。
自分で言うのも情けないけど、オレは紛い物だ。これが真っ当な女だったなら、襲い掛かりたくなる気持ちもわからなくはない。でもそうじゃない。真実を告げられて、どうしてまだオレを襲おうと思えるんだ?
「もしかして、男でも女でも、どっちでもいいとか、そういう趣味なのか?」
「グフッ、面白いごとを言ウ。オデには、オメが雌にしか見えナイ」
「見た目はそうでも、中身は違うって何回も言ってるだろうが! いつまで勘違いしてやがる!? 男相手だぞ!? 変態か!? さっさと目を覚ませ!」
まるで埋まらない認識の差異に、オレはオークを逆上させてしまう危険を顧みず声を張り上げた。それくらい腹立たしくて、気持ち悪かった。
「勘違いをシでいるのは、オメの方ダ」
「なん……だって?」
「オメの話が本当ダとしでも、オデは、オメの前世なんて知らナイ。雌になっタ、今のオメしか知らナイ。だがら男ダと言われでも、想像でぎナイ」
「だ、だとしても! オレは確かに17年間、男として――」
「知っタことじゃナイ。オメの前世も、性格も、感情も、全部全部どうでもイイ。目の前に美味そうな雌の体がアル。それだけで、グフッ、襲う理由は十分ダ」
小馬鹿にするような口振りで、オークは男だったオレを完全否定した。
「もう一度、言うゾ。オデには、オメが雌にしか見えナイ」
醜悪に笑うオークを見て、オレは理解した。
説得は不可能だと。
どこまでいっても、オークにとってオレは、皿の上のご馳走でしかないのだと。
揺るがない事実を突きつけられたことで、怒りと屈辱を、嫌悪感が塗り潰した。
「……気持ち悪い。気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪いッ!!」
せめて言葉として吐き出さないと、体の内側まで粟立ちそうだった。
「じっとシでいろ。暴れナイ、約束」
「これがじっとしていられるか! いいからど、け……」
不意に、オークの腰巻から、何かがブラ下がっているのが見えた。
丸太のように大きく、まるで、オークの足が三本に増えたみたいに……。
「――――ッッッ!?」
それが何であるかに気づき、血の気が引いたオレは、全力で目を逸らした。
オークは膝立ちの体勢でオレを組み伏している。にもかかわらず、それは先端がベッドに届くくらい長く、そして、オレの腕よりも太い。
何……それ。
自分の物で見慣れているはずなのに、初めて見たかのような衝撃。
事実、オレのそれとは、いや、人間のそれと比べて、明らかに規格外だった。
なんだよ、それ。そんな物で……。
死ぬ。
死ねる。
全身が震え、ガチガチと歯が鳴り出す。
「や、やめろ。シャレに、ならないって」
「怯えタ顔、イイな。グヒッ」
「調子に、乗るなよ。その汚い物を蹴り潰されたいか!?」
「グッフフ。気の強い雌、犯シ甲斐アル」
オレが何を言っても、オークの嗜虐心を煽るだけだった。
「これ以上フザケた真似をするなら、ミノタウロスに攻撃させるぞ!」
「グブッフホッ! あれは、ミノタウロスじゃ、ナイ」
ずっと笑いを堪えていたのか、噴き出したオークが、確信のある口振りでオレの嘘を見抜いた。
「ミノタウロス、肉しか食わナイ。知らなかっダのカ?」
オレが知るわけないだろ。
ミノコは、我関せずで食事を続けている。
「その生き物、オメと交尾シた後で食ウ。それで精つけで、また交尾スル。オデ、三日ぐらいなら、寝ナイで交尾できル」
「冗談キツイっての……」
抵抗を続けているのに、オークの巨体はビクともしない。
逃げようとする気力さえ挫いてしまう、圧倒的な力の差。
なんで、こんなことになったんだ。
よく知らない相手に、食べ物に釣られてほいほいついて来てしまったから?
それとも、普段の行いが悪かったのか……。
親の苦労も考えずに引きこもったりしたから。
親友の人の良さに付け込んで甘えていたから。
迷惑ばかりかけていたくせに、別の世界で生まれ変わりたいなんて思ったから。
だから、これはオレへの罰なのか?
「オメ、変なやつダ。怯えでいルわりに、悲鳴上げナイ」
「……泣き叫んだら、やめてくれるのか?」
「グフッ、やめナイ。だども、泣き叫んでくれダ方が、オデ、興奮スル」
「……そう、かよ」
前世も含めて、みっともない人生だった。
弱い自分を変えたい。守られてばかりの自分を変えたい。
そう思っていながら、結局、死ぬまで一度も変える努力をしなかった。
「ほら、泣げ。もっどガワイイ声、聞がせろ」
来世で頑張る、か。
望みどおり生まれ変わったかと思えば、早速こんな状況になっている。
これはやっぱり、オレへの罰だ。
人生をやり直すチャンスなんかじゃなかった。
いい加減、わかった。思い知った。
今を頑張れない奴に、明日以降を頑張れるわけがなかったんだ。
頑張らなかった奴に、救いなんてあるわけがなかったんだ。
こんな簡単なことに、ずっと気づけなかった。気づくのが致命的に遅すぎた。
オレに残された今は、本当にもう、この瞬間しかない。
「……誰が、泣くか」
だから、最後くらい。
たったの一回くらい。
みっともない自分を変えてみせろ。
胸を張って、男らしく散ってみせろ。
何も変えられないまま、また終わってしまうのは……もう嫌だ。
オレは歯を食いしばり、震えを噛み殺してオークを睨みつけてやった。
「お前みたいなゲスを喜ばせるくらいなら、舌噛んで死んでやる!」
「グフ、グッホホ! その強気、どこまでもつカ、楽しみ」
心残りがあるとすれば、一つだけ。
――
あいつも転生するかもしれないって、あの変態職員が言っていた。
もしこの世界にやって来たら、オレのことを探してしまうかもしれない。
悪い。オレの力じゃ、この世界では生き残れなかった。
先にリタイアするけど、お前はしっかり生き抜いてくれよな。
考えると、目頭が熱くなる。
…………泣くな。
目の前の敵に、涙一滴だって見せてたまるか。
オレは動かせる首だけを持ち上げ、こんな状況でもマイペースを貫いている相方に向かって声を張り上げた。
「ミノコ、いつまで食ってるんだ! お前だけでも逃げろ!」
ピクッ、とミノコの耳が動いた。
オレの言葉が通じているなら、頼む。早く逃げてくれ。
「自分の心配、シだ方がイイ。簡単に壊れられると、オデが困ル」
「知るか! 息が臭いんだよ! ブサイクな顔を近づけるな! 吐くぞ!」
「口の悪い雌、お仕置き。すぐにゴメンナサイ、言うようになル」
オークはオレの罵倒を、小鳥のさえずり程度にしか感じていない。
ニヤァ、と口の両端を吊り上げ、ワンピースの襟ぐりに指をかけてきた。
「グッフフ、いただぎまぁ。ンブッ」
「ぐ、ぇ……!?」
服を引き裂くのかと思いきや、オークは胸の間に顔を
重いボールを落とされたみたいな圧迫感に襲われ、本当に吐きそうになった。
胸の上で口をもごもごと動かされると、くすぐったい以上に、ヘドロでも塗りたくられているかのようなおぞましさが込み上げていく。
胸元に顔を押しつけたまま、そこからさらに腹へ、腹からもっと下へと、徐々にオークの頭が移動していった。
オレは自決する覚悟を決め、べ、と舌を出して上下の歯に挟んだ。
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