30話 全然違うんだね

 ひとしきりバタバタした後、瀬戸さんは「ゆきりんの手料理!?陰毛も忘れるなよ☆」と大変おふざけなことを言って、クリスタは溜息を吐きつつも料理を振る舞った。


 クリスタから言わせればらしい。恐ろしいやつだ。




「ほら、もう満腹だろ。満足したら帰れ。さっさと帰れ。さくさく帰れ!」



「はんっ!ゆきりんと乱れた夜を過ごそうったってそうはいかねぇ!泊まる!泊まってやるぞぉおおおお!」



「おまっ、うるせぇ!近所迷惑だろうが!」




 瀬戸さんの咆哮は普通に騒音レベルにうるさい。大変遺憾ながら宿泊を許可するしかなくなってしまったのだった。




「あはは...それじゃあ先にお風呂入りますね」




 引き笑いを残しながらクリスタが一番風呂へと向かう。全て瀬戸さんの意見である。クリスタの後に入りたいけど、の後には入りたくないということらしい。

 そして、そんな言葉に傷つく俺、プライスレス。


 そうして、残された俺と瀬戸さんにはリビングに取り残されてしまった。

 微妙な雰囲気のまま、瀬戸さんは一度小さく息を吸うと意を決したように口を開く。




「ねえ、ゆきりんのこと本当はどう思ってんの?」




 さっきまでとは真逆の口調だ。目を細めて何かを思案しているようだった。




「どうって...強いて言うなら...」



「強いていうなら?」




 まるで答えを急かすように俺の言葉を反復する。目は真剣そのものだ。

 ふざけた答えや、はぐらかすことは許さない。彼女の瞳はそう告げていた。




「強いていうなら、生意気で––––」




 初めて会った日、俺の歌を『愉快』と評した。一緒に食べたラーメンは格別に美味く感じた。




「そのくせ寂しがりやで––––」




 未だ明かされてないクリスタの家庭の事情。雨の日、彼女の流した涙を忘れない。




「照れた顔がめちゃくちゃ可愛い––––」




 初めてクリスタに『クリスタ』と呼んだときに見た花が咲いたような笑顔。




「–––––普通の女の子だよ」




「...」瀬戸さんは少し沈黙したあと、「そっか」とだけ呟くと、




「私の知ってるゆきりんと全然違うんだね」




 と少し寂しそうに笑った。寂しく笑った彼女を見ながら俺は考えていた。


 長所があれば短所があるように。笑顔の裏に涙があるように。

 人はけっして単純な生き物ではない。全てを知りたいと思ってもきっとそれは難しい。それでも知りたいのだ。好きな人、大事な人のことなら尚更。




「私の知ってるゆきりんは、まるでみたいな子。人目を引く容姿に、強そうに見えて実は弱い心。少なくとも私には『普通の女の子』なんて思えなかった」




「そっか、俺の知ってるクリスタと全然違うんだな」




 同じ言葉を返すと、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。

 瀬戸さんは「ぷぷっ」と口に出して笑うと、




「なんだか私も友也くんのこと好きになれそうだよ」




 そんな心にもないようなことを言うのだった。

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