27話 おっぱい

 カチカチカチとカッターの刃を出すと徐々にゆっくり顔に近づけてくる。距離にして10cm...5cm...1cm


 もう、ダメだと目を瞑ったそのときだった–––––––。




「テレンレッテッテッテテテレレッテテー!この世に美少女ある限り!この腕、この足、この体燃やしつくしても構わない!天然美少女を守る為!やわらかCカップを揉みしだく為!我、瀬戸セト 綾音アヤネここに見☆参!!!」




 調子外れな登場音を口ずさむ『謎』を前にして時が止まった。



 そこには学園指定の紺を基調とした制服に白のマント(カーテン?)とどこで調達したのか馬の被り物を装備した人がデデーン!と決めポーズをとっている。




「......」



「......」



「......見☆参!!」




 いや、聞こえてます。




「いや、聞こえてるから」




 私の気持ちを朝比奈さんが言ったことに複雑な気持ちになる。


 朝比奈さんは馬乗りの状態から立ち上がり、急に現れた素っ頓狂な登場をした瀬戸セト 綾音アヤネと名乗った少女に向かい合った。私は数歩分後ずさる。




「で、急にアンタは––––––」



「やいやいやいやい!てやんでぃ!こいつぁ一体何事だい!天然銀髪美少女ゆきりんに手を出すたぁ人間の風上にもおけねぇやい!...この馬頭あっつ。ぽいっと」



 朝比奈さんの言葉を遮るキャラが安定しない瀬戸さん。完全マイペースである。




「なんなのアンタ...マジ意味わかんないから。今、ウチは久禮クレイさんと話しがあんの。だから邪魔しないでくれる?」



「否っ!断じて否であるっ!その右手に持つカッター、怯えるゆきりん。それを見て、じゃあ後はよろしくってなるかボケェエエエエイ!!!」




 キャラが安定しない瀬戸さんである。

 クリスタも今の状況をぼうっと見ているわけだが、朝比奈も呆気にとられ、完全にイニシアチブを握られているかのようだった。




「じ、邪魔すんならアンタも––––––」




「あ、ちなみにこのやり取り全部撮ってるから。変なことしないほうがいいよ。フッフッフ」




 今度は朝比奈さんの言葉を遮ったかと思えば、冷たい声でそう宣告する。胸元にカメラ部分だけを覗かたスマートフォンを指でトントンと叩くと、ニヒルに笑う。


 一体この人は誰なんだろう。こんなことをする人なら日常的に目立っていそうだが、クリスタは見たことがなかった。




「そのスマートフォンよこせぇええええ!」




 カッターを片手に瀬戸さんに突っ込む朝比奈さん。




「危ないっ!!」




「任せてっ!!あとでおっぱい揉ませてね!!」




 クリスタが心配する声を他所に、状況がわかってないのか瀬戸さんはそんなことを言って手をワキワキさせている。


 大丈夫なのこの人?!




「せいっ!」




 そう声を上げるとマントにしていたカーテンを朝比奈さんに向かって投げつけると、カーテンはふわっと広がって朝比奈さんの視界を奪った。




「えっ、ちょ、なにこれ!」




 手をバタバタさせる朝比奈さんを見据えたまま、瀬戸さんはカーテンと床の間をスライディング。勢いそのままに足を払うと、「ぐえっ」と女の子らしくない悲鳴を上げる朝比奈さん。




「ほい、いっちょあがり。私は美少女の乳を揉むまで死なないのだよ。キリッ」




 気がつけば、朝比奈さんの右手を捻り上げ、空いた左手で頭を押さえつけていた。「ぐぎぎぎ」と唸る声さえ許さないように押さえつけた左手の力を強める。




「あ、あの、瀬戸さん?大丈夫?けがしてない」



「私は大丈夫だよん!あとでおっぱい揉ませてね☆必ず、必ずだよ?!ハァッハァッ」




 ブレない瀬戸さんに、ホッとするクリスタ。

 もう諦めたのか朝比奈さんは既にグッタリとしていた。

 今、この瞬間においては間違いなく瀬戸セト綾音アヤネはヒーローだった。いや、乳揉みヒーローだった。


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