26話 許されたい許されない

 辛くても学園には通い続けた。もしここで学園に行くことを辞めれば、もう立ち上がることは出来なくなってしまう、とそう思ったからだった。


 だが、その一方で自分の振る舞いが多くの人の癪に障っていたのだろうとも考えていた。

 その考えは既に心はもう屈していたということなのだが、その心の声に耳を傾けないように塞いでいた。


 いつもの様に教室に入ると毎回クスクス、と嘲笑が私を覆っていく。

 やめて、なんてもう何度伝えたことだろう。私はちゃんと日本語で話しているはずなのに。


 そんな日が続いて、ある日の放課後、誰もいなくなった教室にその人は現れた。




「ねえ、なんでアンタまだ学園にこれるワケ?ほんっとウケる。あんな調子にのってた癖にずいぶん落ち込んでるじゃん?」



 金に近い茶髪にゆるくかかったパーマの髪を指で遊ばせながら、現れた彼女は朝比奈アサヒナ 琴葉コトハ。一番最初に『友達になれて嬉しい』と言ってくれたその人だった。


 優越感を抱いていたのは間違いがなかった。誰からも好意を向けられても尚、謙虚でいられるほど大人ではなかったのだ。謙虚を振舞っても謙虚にはなれなかったのだ。




「気持ち悪い髪、男好きする顔、骨ばった手足。アンタの全てが気持ち悪い。ねぇ、なんで来るの?なんでいるの?なんで生きていられるの?ねぇ、死んでよ。皆アンタなんかいなくなれって思ってる。わかってるでしょ?...アンタ、目障りなのよ」




 私はどこかであのとき告白を断られた男子が腹いせに根も葉もない噂を流したのだと、そう思っていた。

 でも、今目の前で嗜虐的な笑みを浮かべる彼女を見て、この状況を作り出したのは彼女なのだと理解した。




「......ご、ご」



「なあに?何が言いたいワケ?」




 もうダメだった。辛い。苦しい。悲しい。

 私はもう許されたかった。




「ごめ"ん"な"ざい"っ"」




 ダムが決壊したように涙が流れた。


 許されたい。許してほしい。私がバカだった。調子にのって周りの人達全てを不快にさせていたのだ。認める。だから、許して。許して。許して。


 それはまるで神に祈るようだった。目の前の彼女に縋り付く。




「こ"め"ん"な"ざい"!こ"め"ん"な"ざい"!!こ"め"ん"な"ざい"!!!な"ん"て"も"し"ま"す"か"ら"あ"」




 涙が顔を汚して許しを乞う彼女はもう美少女と呼ぶには憚られる形相になっていた。


 朝比奈はクリスタの壊れた顔を眺めるように見たあと、その体を抱き竦めて耳元で囁く。




「絶対にダーメっ」




 うまく呼吸ができない。目の焦点があわない。奥歯の奥がカタカタと震える。なぜなら、私を許さない彼女は私から少し離れると、カッターを取り出し微笑んだからだ。




「ねえ、そんなに男にモテてモテて困るんだったらウチが手伝ってあげる」




 彼女が何をしようとしているか、それは伝わってきた。逃げないと、逃げないと、逃げ––––––。




「ぃゃぁあああああああっ!!!」



「逃がさないっつうの!!」




 腕を掴まれ床に押し付けられる。衝撃で「ごほっ」と息を吐き出すと、馬乗りになった彼女は再び嗜虐的に微笑んだ。



 カチカチカチとカッターの刃を出すと徐々にゆっくり顔に近づけてくる。距離にして10cm...5cm...1cm


 もう、ダメだと目を瞑ったそのときだった–––––––。

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