25話 ひとり
「–––––アンタ、目障りなのよ」
そう言った彼女の顔を今も忘れていない。
☆
入学した当初から私は奇異の視線に晒されていた。銀色の髪。それだけでも注目されるのは致し方なかった。
だがそれ以上に彼女の容姿は多くの人を惹きつけた。小柄な背丈に大きな瞳にシャープな輪郭。人を魅了する涙ほくろ。
意図しなくても人は集まってきた。入学後1ヶ月も経たずして、異性からの告白の回数は二桁を越えて、他校からも彼女を一目見ようと校門前に集まることもしばしばだった。
「君が好きなんだ!こんな気持ちは初めてだ。人はこんなにも人を愛せるものなんだと君に教えられたっ!」
はいはい、わかりました。わかりました。溜息をつきかけて慌てて引っ込める。
人気のない校舎裏や屋上や帰り道の待ち伏せやラブレターやチャット。様々な方法で告白は行われたが、今回は校舎裏だった。
典型的ロミオ風な告白。よくもまあ、喋ったこともない人にこれだけ想いを募らせることができるものだと逆に関心してしまう。
「ごめんなさい。今は誰も付き合うつもりはないの」
そしてお決まりのセリフ。まるで台本を読み上げるように淡々と進行させていく。
いつもはこれで相手はぐったり項垂れて、それでサヨナラだった。今回もそのはずだった。
「ま、待ってくれ!なんでダメなんだ?!僕はモデルをやっているんだぞ!俳優の仕事だってもらっているし、お金もある!僕と付き合えることがどんなに光栄なことか君は分かっていない!今はその気がなくても君はきっと僕を好きになる。だから、最初は試しのつもりでいい。君をきっと幸せにしてみせるから!!」
凄い自信だ。彼はきっとこれまで誰かに否定されたりしたことがないのだろう。
彼の言う『幸せ』とは地位やお金を指すのだろうか。例えそれが『幸せ』だったとしても、目の前の彼とそれを共有することはとても困難なものに思えた。
「ごめんなさい。私、貴方から享受する幸せとやらにはカケラ一つも興味がないみたいです。二度と私に声をかけないでくださいね?とても迷惑なので」
努めて冷たい声で彼との距離を広げていく。去り際、憎しみが篭った視線を受けながら、少し言いすぎたかな、なんて思うのだった。
変化があったのは、その告白の翌日からだった。
それは根も葉もない噂。
曰く、男を取っ替え引っ替えで飽きるまで遊んだらポイするアバズレ。
曰く、彼女持ちの男しか狙わないビッチ。
曰く、母親の男を寝取って家庭を狂わせたセックス依存所。
曰く。曰く。曰く。曰く––––––。
ある日、廊下を歩いていると三人組の男子がぶっかってきた。
「いいなー、俺もヤりまくりたいわぁ!」
「お前には無理だって!」「可愛い顔してえげつねぇ、病気もってそう」
教室に戻れば机には罵詈雑言の数々。器用に彫刻刀で元の机がわからなくなるほど刻まれている。
下駄箱を開ければ虫や出元もわからない汚物が詰められ、形容しがたい異臭に吐き気を催す。
あまりの吐き気にトイレに走れば、
「見なよアレ。妊娠でもしたんじゃない?」
「やっば!父親なんてわかんないんじゃないの?」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
噂が流れ始めてすぐ、こんなものどうせなくなると高を括っていた。
気付けば周りから人はいなくなっていた。
『友達になれて嬉しい』といったあの子も『今度遊びに行こう』と誘ってくれたあの子も『同じ部活に入ろう』と笑いかけてくれたあの子も。全て遠巻きに私を見ていた。
私はすり減っていった。
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