24話 トラウマ

 綾音ちゃんのセクハラを振りほどき、頭をぐりぐりすると何故か「ウヘヘヘ」と嬉しそうに気色の悪い笑みを浮かべる。

 これさえなければ最高の友人なのだけれど、と辟易とする。


 しかし、彼女がいなければクラスに馴染むことも難しかったわけで。その胸中は複雑であった。


 生徒指導の筋骨隆々とした先生を校門に立たせるという時代錯誤な光景を尻目に校内に入り、下駄箱で靴を履き替えると、「おはよう」と複数のクラスメイトに声をかけられて、少し嬉しい気持ちになる。




「大人になる為に『せ』で始まる行為はなーんだ?!」



「成人式」




 綾音ちゃんのナゾナゾを端的に答えながら教室への階段を登っていく。


 さっきから私に淫語を言わせようと何問も似たような問いを繰り返しているのだけれど、今日は久々のせいかセクハラに拍車がかかっている。


 本当にブレない人である。



 3ーAと書いてある教室札を確認して、中に入ると久々に見る銀色の髪に数人の目が集まる。


 クリスタはこれが苦手だった。自分がまるで異分子だと言われているような気がして。

 俯きがちになりながらその視線から逃れるようにして席についた。


 視界の端で綾音ちゃんも自分の席に着くのを確認して、学生カバンから教科書を取り出していたときだった。




「ねえ、そこウチの席なんだけど?」




「えっ」と声の方向へと顔だけ向けると、そこには朝比奈アサヒナ 琴葉コトハがいた。


 –––––––嘘、なんで...?


 よりによってこの人と席を間違えてしまうなんて。なんで、なんでこの人が同じクラスに–––––




「ご、ごめんなさい。すぐどきますから」




 そう言ってさっき取り出した教科書をカバンにしまい直す。前、ここは自分の席だったし、机の中も空っぽだったので油断していた。家出する直前に教科書を持って帰っていたので誤解してしまったのだ。




「ウチさあ、アンタは学園もう辞めたと思ってたんだ。戻ってきたんだ」




 金に近い茶髪にゆるくかかったパーマの髪を指で遊ばせながら、興味無さげにそんなことを聞いてくる。


 頭の芯が冷えるような感覚とともに嫌な思い出がカメラのシャッターを切るように頭の中で投影される。



 手が震える。喉がカラカラに乾いて次の言葉が出てこない。冷や汗がジワリと肌を濡らし、視界がどんどん狭くなっていく。




「–––––ゆきりーん!!席替えしちゃったから、ゆきりんはこっちだよ!あぁん、こんなに席が離れちゃうなんて寂しすぎてペロペロしちゃいそう!!ねぇペロペロしていい?ぺしていい?」



「あ....ぅ....」



 綾音ちゃんの軽口も耳に入っても脳で処理しきれない。

 肩を抱かれるようにして正しい席に案内されると耳元で、




「大丈夫、ゆきりんはアタシが守るよ」




 普段とはかけ離れた落ち着いた口調で微笑んでくれる。

 少しだけ落ち着いて視界が開けてくる。

「ありがとう」と一言お礼を伝えると、「また後で」ともう一度微笑んで、綾音ちゃんは席に戻っていった。


 席に座ってしばらく経つと、ホームルームの後、すぐに授業が始まった。先生が教卓に立ち教科書を読み上げているが何も入ってこなかった。

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