21話 ようやくスタートライン

 洋食屋をでて、ウィンドウショッピング。


 隣を歩く宮本は相変わらず腕を組んでニコニコと上機嫌そうだった。


 次はどこに行きたいところがあるか尋ねると、決まった場所はないらしく色々まわってみようということになったのだが––––––




「ほら見てください!これ先輩に似合いそうですよぉ!」



「そ、そうか?じゃあこれは宮本に、というかこれはクリスタのイメージだな。こっちのほうが宮本っぽいな」



「......」




 帽子屋ではお互いに似合う帽子を選びあってみたり、




「先輩はアクセサリーとかってイメージあんまりないですよねぇ、これ、似合いますかぁ?」




「おっ、いいと思うぞ。宮本は赤ってイメージがあるなあ。クリスタは青って感じだからこれとかいい感じゃないか?」



「......そうですね」




 アクセサリーショップでは宮本に合うイヤリングを選んでみたり、




「わたしヘアアイロンを新調しようとしてて、でも種類が多くて困っちゃうんですよねぇ」



「凄いな!こんなに種類があるのか。あ、これいいらしいぞ。クリスタが壊れても同じの買うっていうぐらいこだわってるらしい」




「......あぁ、はい」




 某大型家電量販店でヘアアイロンやテレビやパソコンを見て回ったりした。


 そしてその結果、




「先輩ちょーっとそこに座ってもらっていいですかぁ?」




 街から少し外れた公園。ランニングする主婦や散歩をしてる人達や遊ぶ子供達の声で賑やかだ。




「あ、ああ」




 何やら気迫を漂わせながら、公園に設置しているベンチを指差す宮本。


 ...ま、間違いない。怒っている。理由はないが怒っている。宮本は基本的に笑顔が似合う女性だ。

 そして今も笑顔であるはずなのだが、笑顔ではない。こめかみや口の端がピクピクしている。


 言われるがままベンチに座り宮本を見ると、なんと仁王立ちである。




「先輩、わたしは怒っています。それはわかりますか?」



「お、おぅ。わかる。理由までは察せないのが申し訳ないが...」



「見たらわかります。......はあ」




 いつの間にか抜けきってないギャルっぽい口調ではなく淡々としたものに変わっている。

 友也は頭をフル回転する。昨日のチャットのやり取りから今までの出来事を2回くらい繰り返すが...わからない。




「怒っている理由もちゃんと理解してないのに謝るのは不誠実だとはわかっているんだけれど。

 それでも、今日を楽しみにしてくれていたのはわかる。そんな君の気持ちを踏みにじったことにはちゃんと謝らせてほしい。

 ほんとにすいませんでした」




 座りながら、腰を曲げて謝罪する。

 必要なプライドは張るが、不要なプライドは張らない友也である。

 交際経験はないが、意地を張るタイミングや場所は心得ているのだった。そしてそんな友也に......




「きゅぅうううんっ!はぁっはぁっ...」




 胸を抑えてときめく宮本。友也の知るところではないが、ハァハァしている。

 普段上司、先輩として接している彼が誠実に謝罪してくれているその光景に興奮していたのだった。




「......?」




 友也がゆっくり顔を上げると、頬を上気させ、胸を押さえて人差し指を噛むようにして何かを我慢する宮本の姿。目が点になる友也。




「い、いえ、もういいですぅ。ご馳走様でしたぁ」




 ご馳走様ってなに?!?!

 そんな困惑をよそにもじもじする宮本。


 未だドキドキする胸をなんとか落ち着かせるために深呼吸をする。宮本は大変だった。というか変態だった。




「...ふぅっ、大変でしたぁ」




 なにが?とは聞かないほうがいいのだろう。

 そう言うと、握り拳一つ分の距離を空けて、隣に座り居ずまいを正す。




「こほんっ。先輩、今日は楽しかったですぅ。先輩はどうでしたぁ?」




「ああ、楽しかったよ。宮本は凄いな。俺の知らなかったものを沢山知っているんだな」




 友也はそう宮本に笑いかけた。




「––––––っ」




「ん、どうした?」




 こちらを見つめてぼーっとしている宮本に尋ねると、




「あぁ、やっぱり––––なぁ」




「え?今なんて–––––」




 すると、すっと距離を詰めて友也の耳元に口を寄せる。




「先輩。デートのときはわたしの前で他の女の子の話、しちゃだめですよぉ?」




 ––––––––ちゅっ




「はぇ?」




 変な声が出た。26年生きてきて初めての感触。頰に少しだけ湿ってそれでいて暖かい何かが一瞬だけくっついて離れた。


 頰の感触を指で撫でるとその事実に顔が茹るように熱くなる。


(こ、これは、キキキキキキキ?!キっ?!きキキキキキキキ?!)




「これでようやくスタートラインって気分です、先輩」




 あまりの驚きに呆けていると宮本は立ち上がって、ゆっくり振り返るとイタズラっぽく笑ってそう言った。


 宮本ミヤモト 茉由花マユカ。同じ会社の経理の子。度々差し入れをしてくれて、抜けきってないギャルっぽい口調の、少しだけ犬っぽい...初めて頬にキスをされた女の子。


 俺は、きっとこの日を忘れられない。








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