閑話 友達

 川口カワグチ 純平ジュンペイ池崎イケザキ 友也トモヤの友達だ。友也も同僚というよりは友達の感覚でそう接していたし、川口もそう思っている。


 川口から見た友也は優秀で要領が良い。その反面、人間関係においては不器用ともいえた。社内では同期の中では出世頭で、あれよあれよという間に係長まで昇進した。


 そのせいか、先輩社員や同期からも露骨ではないが距離感があった。


 かくいう川口自身も190cmの筋肉質な体躯は周囲を無自覚に威圧していて、先輩社員に挨拶すると2倍くらい丁寧な挨拶で返されるという日々を過ごしていた。


 川口も友也も社内での立ち位置は違うところがあるがどこか似ている二人が仲良くなるのは、ある意味当然といえるだろう。


 そして、雨の日の金曜日には決まって川口は友也を飲みに誘うのだ。




「じゃあ、今日は飲みに行けるな!友也はいつも雨の日にしか付き合ってくれねぇから待ってたんだぜこのときを!」



「あぁ...そういえばそうだ。最近はずっと晴れてたしな。それじゃ行こう。」




 晴れた日の金曜日はまるで遠足の前の少年のようなテンションの高さでさっさと帰ってしまうのだが、雨の日の金曜日はしゅん、としていることが多い。


 そして、そんなときは大抵断られたりはしない。むしろ何も言わなければ友也の方から誘うこともあるくらいだった。


 けれど、今日は何か違和感があった。最近、機嫌がいいのに昨日から続いた雨を見上げては何かを考えているようだった。


 川口カワグチ純平ジュンペイ池崎イケザキ友也トモヤと友達だ。


 だから、どこか上の空で思い詰めるような表情をしていれば背中だって押してやるのだ。




 ☆




 川口は友也が居なくなった居酒屋のカウンターテーブルで日本酒を煽る。




「おばちゃーん、おかわり!」




 おばちゃんは、ニッコリ笑うと追加の日本酒を俺の傍に置いた。

 ビール4杯に日本酒2杯を飲んでようやくほろ酔いといったところだ。



「それにしても珍しいねぇ、純平ちゃんが誰かと一緒に来るなんて。お連れさんはもう帰っちゃったのかい?」



「大事な用事を思い出したみたいです。あーあ、最後の締めに食べるうどんが最高に美味しいのに」




 そうおどけて見せるとおばちゃんも合わせて笑ってくれる。

 おかわりした日本酒に口をつけて、おつまみに手を伸ばしながら友也に初めて吐いた嘘を思い出す。


 俺は、一つ友也に嘘をついた。『最近見つけた良いお店がある』


 実はもう数えることが難しいくらいには常連だったりする。

 なぜ言わないのか?言わせんな。恥ずかしい。




「うふふっ、純平ちゃん楽しそうね。...きっと香澄カスミに報告しにきてくれたんでしょう?」




 そう言って、おばちゃんが見やったのはカウンターテーブルの隅の写真立て。

 花を抱えて微笑むが十年前の姿のままそこに写っている。




「あっ、やっぱわかっちゃいます?なんか恥ずかしいですね」



「純平ちゃんはいっつも、良いことがあったり何かの節目には必ずきてくれるものね。きっと香澄カスミも喜んでるわ」




 どうやら見透かされているらしい。

 これはもう習慣のようなものだった。学校を卒業したとき、進学が決まったとき、就職が決まったとき、そして、友達が出来たとき。




「そうでしょうか...?香澄カスミさんならきっとそんなこと一々そんな報告はいらないよ、とか言いそうですけどね」




 自然と笑みが零れる。


 高校生のときに憧れた一つ年上の先輩。どこか浮世離れしていて、何もかも知っているような、いや本当に何もかも知っていたんじゃないかというような不思議な雰囲気を纏った先輩。


 見山ミヤマ 香澄カスミは俺の先輩で彼女で恩人だった。

 もう声も姿も見ることが出来ないと知ったあの日、体中から内臓を引きずり出されたかのような消失感。



 川口カワグチ純平ジュンペイは今も過去に囚われている。

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