17話 君の名前を呼んだとき

服屋を出ると小腹が空いたので食事を提案するとクリスタも同じのようだ。


人通りの多い道を離れないように気をつけながら並んで歩いている。




「お前はなんか食いたいものあるか?」



「ん〜、なんでもいいですよっ」




はい、きた。一番困るやつ。

でもクリスタは見た目と違って大盛り豚骨みそチャーシュー麺を美味しいと言って食べていたから食のゾーンは広いとみた。




「...じゃああそこはどうだ?」




そうして指差したのはパスタの店。この前テレビで特集されていたのを見たというのもあるが、なんだかんだいってビビっている無難な男。女の子はパスタが好きという固定概念びっしりである。




「はいっ、じゃあ行きましょう」




どうやら正解だったのだろう。手を合わせて喜んでいる。最近一緒に居て気づいたのだが、クリスタは嬉しいことがあると手を合わせて喜ぶのだ。

くそあざと可愛いのである。



注文を終えると、席に着いて出来上がりを待つ。




「飯食ったらどうする?まだ必要なものとかあるか?」




聞こえているのかいないのか。クリスタは、んー、んー、と唸っていたかと思えば、




「あの、それとは別に気になってることがあるんですけど」



「へ?なんだ、唐突に」




ジト目でこっちを見ると、




「池崎さんて私のことなんて呼んでましたっけ?」




目が泳ぐ。そういえばそうだ。いつも頭ではクリスタクリスタと呼んではいたが言葉に出すと––––––




「『おい』とか『お前』とかですよねぇ〜」




読心術はまだ君には早いぞ、クリスタくん。今のは先読みに近かった。写輪眼かな?




「あのですね、私は物ではないんです。ちゃんと久禮クレイ=クリスタ=有希ユキって名前がありますので、ちゃんと名前で呼んでください。あ、名字は却下ですっ」



「え"っ"?」




童貞を攻め立てる、ドSクリスタ嬢。


顎に手を当て、なんて呼ぼうか逡巡する。ここでイケてる...とまでいかなくてもある程度経験を持つ人であれば、ああ呼ぼうか?こう呼ぼうか?なんて提案するのだろう。


だが生憎、女の子を名前で呼ぶという経験に乏しい俺にはそれが特別な意味に思えて中々口に出せないのだった。



「......」



「あのー?池崎さーん?そんな難しいことじゃないですよー?」




そう言って俺の前で手を振るクリスタ。ジト目は変わらない。いや、少し、ほんの少しだけ寂しそうな、困ったような表情。


今、一体彼女は何を考えているのだろうか?俺は少なくともそんな顔をしてほしいわけではなかった。




「......クリスタ」



「––––はいっ!」



名前を呼んだとき、さっきまでの表情が全て嘘だったみたいに、


花のような綺麗な笑顔が咲いた。


顔が熱い。見惚れるとはこのことなのだろう。


人生の中で何人だろう、こんなふうに女の子を名前で呼んだのは。昔あったのかもしれない。それでも、目の前の彼女に向けて名前を呼んだとき。


これが初めてでいいや、なんて。そんなことを思ってしまうのだった。

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