10話 寝顔

––––––朝



目がさめると、2ヶ月前に潰れた八百屋さんのシャッターの前でアコースティックギターを弾いていた池崎さんが眠っている。

ベッドに上半身だけもたれかかるようにして、時々ふがふが言っているけれど、きっとあまり良くねれていないのだろう。


昨日起きたことを思い返すと顔の温度が高くなるのを感じた。鏡を見なくてもきっと自分の顔は真っ赤だろう。




「は、恥ずかしぃ...手とか握っちゃってるし...はわわわわわ」




手を離そうとして握っていた彼の右手の温かさにホッとさせられる。

彼の寝顔をもう一度見ると、そういえばこうやって近くで見るのは初めてだな、なんて思う。


男の人にしては少し長い睫毛、シャープな輪郭、少し癖のある髪はどこか幼さを感じさせる。


最初に会ったときは20歳くらいかと思っていたが、肌までしっかり見るともうちょっと上なのかな?なんて思ったりもする。肌は嘘をつかないのだ。


––––––少し離れがたいな。

なんて恥ずかしい思考を無理矢理頭の片隅に追いやって、ゆっくりと手を離すと、




「ぬ、ぬふふ、うへへっやらか〜い」




か、顔がやらしい!!一体どんな夢を見ているんだか...




「き、キモいですねぇ〜池崎さん」




だらしない顔だなーっとほっぺをつんつん。




「お、おぅふ、ぉおおぉぬあぁぁ...」




考えていたより眠りが深いようだ。どうにもイタズラしてやりたい願望が沸々とわいてくるけれど、2ヶ月前からネットカフェに居たわけで、着替えとか制服とか諸々ネットカフェに置いてあるのだ。


ベッドから起き上がり、かけてもらった毛布を寝ている彼にかけた後に乾燥機に入っている服や下着を取り出して着替える。


準備を終えて、どうしたものかと右往左往。




「やっぱり、言ってから出かけたほうがいいよねぇ。でも起こしちゃうのも悪いし...」




理由をつけているが、なんだかんだ気まずいのだ。思い出すと私はだいぶ醜態を晒してしまった気がする。




「ん〜うぅぅ〜あぁぁ...!!」




ひとしきり悩んで頭を抱え、




「行ってきまーす.....」




眠っている彼に小声で伝えた後に家を出るのだった。







–––––なんか良い夢を見ていた気がする。

重い瞼をゆっくり開くと、目の前に寝ていた少女はいなくなっている。


リビング、キッチン、浴室、トイレ、物置代わりにしている空き部屋。

そのどこにもクリスタはいなかった。むしろ昨日のことは全て夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。


だが、足下のまだ乾ききってない湿った靴下の感触と脱ぎ捨てられたスーツのジャケット。まだ洗っていない2人分のお皿。

そして、洗濯カゴにいれてある昨日クリスタが着ていたスウェット。


......クリスタが着ていたスウェット!!!

おっといかんいかん。


状況は完全に昨日のことが事実だと教えてくれていた。というかあんなインパクトのある出来事が夢な訳がなかった。


クリスタも17歳だ。ちゃんと帰ってくることはできるだろう。もし、夕方になっても帰ってこなかったら探しに行こう。


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