9話 お人好し

泣いた後、クリスタはテーブルに突っ伏したまま寝てしまった。目元は赤くなって小さな唇からは静かな寝息を立てている。




「まあ...焦ることもないか」




今日は疲れたのだろう。少し遺憾ながらもクリスタの親からは同意?も得られたことだしこれからのことはまた明日聞けばいいだろう。


とりあえずはゆっくり休ませるためにちゃんと寝かせないと。




「ん......んぅ......」




「これはセクハラではない。これはセクハラではない。これはセクハラではない。...よしっ」




肩と膝の裏に手を回してゆっくり持ち上げる。


か、軽いっ

ちゃんと飯食べてんのかよ。しかも女の子の柔らかさがダイレクトに伝わってきて...




「心頭滅却すれば火もまた涼し。心頭滅却すれば美少女もまたブスし」




めちゃめちゃ失礼である。

寝室に運びゆっくりベッドに降ろすと毛布をかける。さて、と寝室を出ようとしたときだった。




「女の子にブスとか最低ですよねぇ〜」




と袖を掴まれる。ニッコリ笑顔。




「......寝たふりとか」



「ベッドに降ろされたときに覚めちゃったんですよ。」



「そ、そうか。で、これは何?」




掴まれた袖を指差すと少し強い力で引っ張られる。




「お、お?」




驚く俺に気にもかけずに右手を両手で包み込まれる。引っ張られるがまま膝をついて横になっているクリスタに向き合う。




「ちょっ...いや?!なんっ?!」




「少し黙ってください」




急にきょどった俺に対してクリスタは落ち着いているようだった。静かに目を閉じると柔らかい両手に少しだけ力にが入る。




「私は2ヶ月前からネットカフェで生活していました。学校もその頃からずっと休んでます。親友と呼べるかわかりませんが、友達はいます。それと–––––」




「お、おいっ急にどうしたんだ?!」




「...私は最低です。さっきの母との会話でどんなやり取りがあったか聞いて、迷惑をかけると分かっていながら、分かっていて迷惑をかけようとしています」




それはまるで懺悔のようで、苦しむように絞り出した言葉にこっちが締め付けられるようだ。




「池崎さんとは数える程度しか会っていません。私は池崎さんのことわからないことが沢山あります。池崎さんも私のことをよく知らないはずです。それなのに...私はっ...」




下唇を噛み締めて、閉じた瞼から流れた涙が頬つたう。




「いいよ、ここにいて。」



「......っ」



「満足するまでここにいてくれていい。迷惑なんて思わない。だから、大丈夫」




出来るだけ優しく。壊れないように。今は、今だけでもその涙を忘れられるように。




「–––––––私、池崎さんのことでわかったことがあります。あなたはとってもお人好しですっ」




そう言うとクリスタは僅かに頬を染めながら恥ずかしそうに笑った。







どれくらい時間が経っただろう。1時間?2時間?さっきのやり取りからずっと体勢が変わっていないせいで足は痺れるし、銀髪の妖精は目の前で寝息を立てているし。精神衛生上よろしくない。それと、




「ひ、冷えるなあ〜、ちゃんと着替えとけばよかった。テンパりすぎかよ、俺」




ずぶ濡れのスーツのジャケットは早々に脱いでいたけれど、ズボンとシャツはそのままだった。暖かくなってきたからと油断していた。


この状況から抜け出そうと試みるも右手は両手で包み込まれているせいで、少し力を入れたら起こしてしまいそうだ。




「まあ、26年生きていたらこんなことがあってもいいか」




と、諦めて受け入れるのだった。


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