8話 毒と涙
しかし、何から聞いたものか。そもそも俺とクリスタはちょっと顔見知りであって親しい間柄ではないし、どこまで踏み込んでいいものなのか計りかねる。
ただの家に帰りたくないだけの少女であれば心配なんてむしろ邪魔でしかないのだろうけど、シャッター前にしゃがんだ彼女の様子はそれだけではない、と感じさせるには充分だった。
「...えーっとだな。今は何も聞かないことにする。けれど、親御さんには連絡しなくちゃいけない。いいね?」
我ながら無難な社会人的対応である。といっても未成年を一人暮らしの部屋に連れ込んでしまっているわけだが...
「そうですね、ではこれを」
「え"っ」
そう言って渡されたのは電話番号が画面に表示されているスマートフォンだった。
「こ、これは俺が一発目に電話かけるべきなのか?お前が電話してから俺に繋ぐとスムーズなんじゃ...」
「大丈夫ですよ。あの人は気にしませんから」
クリスタは吐き捨てるように呟いて、止めていた食事を再開した。
これは女の子が難しいの単にクリスタが難しいのか...
受け取ったスマートフォンを少し見つめた後に、意を決して通話ボタンをタップすると、3度目のコール音のあとに繋がる。
『もしもし、
「あ、もしもし私は池崎 友也と申します。実は–––––––」
電話に出たのは女性だった。母親だろう。挨拶したあとに事のあらましを説明すると、
『はぁ......あの子、人様に迷惑かけて。ご近所さんから噂されたりするのは全部こっちだっていうのに一体どれだけ––––––』
「あ、あの!!今日はもう遅いので一晩お預かりしたいと思いますが...」
息もつかずにつらつらと喋り続ける女性を遮る。
『えぇ、よろしくお願いします。......それでもし、お邪魔じゃなければ池崎さんのほうでしばらく預かっていただけませんか?』
「はいっ?!年頃の女の子ですよ、見ず知らずの男の家に泊めて心配じゃないんですか?!」
なんて親なんだ...
俺は親になったこともないが、おかしいということだけは分かる。
そして、クリスタがこんな表情を浮かべるのはそこにあるのだと確信する。
ふとクリスタに目を向けると、あからさまにツーン、とそっぽを向いている。我関せずといった様相だ。
『どうせ帰ってきてもすぐ出ていって帰ってきませんから。変な男に引っ掛けられるより、律儀な貴方ならと思ったんですが嫌なら明日お伺いしますわ』
頭が沸騰しそうだった。血液が顔に集まって汚い言葉が今にも喉を掻きむしって口から出てきそうだ。
「お迎えは結構です!!彼女は俺のほうでお預かりします!!」
『そう...ではお願いしますわ。』
–––––––プツッ
通話を切ったのは俺からだった。
「......」
「......っ...ぅく...ひぅ...」
電話でのやり取りが聞こえていたのだろう。
––––まるで、毒のようだった。言葉を交わすほどにジクジクと彼女を蝕む毒。
こんなときどんな風に声をかければ...
なんて言葉を交わせば彼女の目から流れている涙を止めてあげられるのだろうか。
そしてふと生まれた気持ちに気づく。
『力になりたい』『わかってやりたい』なんて。そんな押し付けがましい気持ちを抱いたのだった。
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