2話 歌うたいのサラリーマン

退社した後の友也の行動は早い。

大学卒業後、勢いで借りた2LDKのマンションに帰るや否やスーツを脱ぎ捨て、ポットに水を注ぎスイッチをいれる。



「ふふふふっふふんふっふ〜ふん」



26歳、某国民的アニメ映画のテーマの鼻歌を歌いながらパンイチである。実に楽しげ。

ちなみに選曲の理由は特にない。


手早く着替えを済ませるとインスタントコーヒーにお湯を注ぎ湯気から漂う香りを少し楽しんだ後、口に含むとコーヒーの香りが口いっぱいに広がる。



「ふぃ〜...」



リビングにあるちょっと奮発して買ったL字ソファに腰を下ろし、タバコに火をつけてテーブルの上の楽譜を眺める。



「さて、今日はどれにしようか...」



それらは全て既存アーティストのスコア...ではなく完全に友也が作詞・作曲を手掛けたものである。

ひとしきり悩んだ後楽譜を4枚持ち上げるとカバンにしまう。



「フフフ、始まるぜ!俺の単独ライブが!!」



会社では真面目で通っているし、理性的だが金曜日の彼は違う。いわゆるテンションアゲアゲ↑↑である。

高校生のときにバイトをして貯めたお金で買ったアコースティックギターを担いで、いざ出陣。自分だけのライブ会場へと向かうのであった。






着いた。会社と真逆。駅にして3つ分離れた場所の小さな商店街の片隅。潰れた八百屋さんの締まったシャッターの前に26歳エリート大卒の池崎イケザキ 友也トモヤはいた。

出勤のときはアレコレ考えていたが、それがまるで嘘のようにニコニコしている。


投げ銭を受け取る為にギターケースを広げると相棒のアコースティックギターを構えて、「うっぅうん、んっんん!」と喉の調子を確認すると、友也は歌い出す。



「––––––あっぁ〜↑↑君はなんて綺麗なんだろ↓↓ぉおおおっうふ↑↑」



「こ、これは歌なの?」「これで歌う勇気...」「だ、だせぇ」「でもアイツすっげぇいい顔してるぜ...」



......騒つく周囲。一瞬足を止めて、また歩き出す人々。難しい顔をする人やクスクスと笑う中高生。

友也にスマホを向けてパシャリ。撮られたのを無論気付いてるわけだが、



(あぁ...撮られている...!聴いてくれている!俺のマイソング!俺の魂っ!)



めちゃめちゃ自分に酔っていた。今回は泣ける恋の歌を持ってきたのに、なぜ笑っているのか疑問だったが友也は歌って、歌い続けて、やがて人も疎らになってきた。



(これでラストだぜっ!とかありがとぉう!とか言ったほうがいいのかな?)



そして迎えた最後の1曲。




「また金曜日くるぜ。子猫ちゃんたち。ラストの曲聴いてくれっ!今日は集まってくれてありがとうぅ!!」



そういうと何故か「ぶふぉっ」と誰かが吹き出す。

ん?誰か何かを喉につまらせたかな?


目を瞑って自作の歌詞とメロディに浸っていた友也だが誰かが吹き出したのをきっかけにその吹き出した声の方向へ目を向けると、



「こっ...こねこぉっぷっぷはっむふふぷっ」



めちゃくちゃ笑いを堪えている『銀色の妖精』がいた。

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