十四. 直感
荒野を駆け抜けていった咆哮は魔力を帯びている。それが三人の魔法使いの見解だった。
「魔法というにはあまりにも拙い、むしろ暴発という方が正しいかもしれない」
エルマが確認をするように、キャンプのある方向を目で辿っている。微かにその名残が余韻として残留しているのだろう。彼女は確かに何かを見ていた。
同じ様にしてみるが、ナツノにはそれがわからない。
「何か心当たりは?」
「発した人物に心当たりはある……けど、魔力を持っているのかまではわからない」
メアリードの問いにナツノは険しい表情をする。思い返せば初めて会った時に、僅かではあるが魔法に似た感覚を覚えた事があった。あれがそうだったとでもいうのだろうか。
「魔法……違うね、魔力がない世界かと思ったけど、どうやらそうとは言い切れなくなった。それでいいね?」
「そうだね。少なくとも、僕は今までこの惑星でそれらを感じたことがない。それは確かだよ」
──けど、魔法が存在する可能性は考えてはいた。
考え込むナツノを一瞥すると、ようやくメアリードが口を開く。エルマとは対照的に大人しく黙り込んでいたのだが、ようやく何か定まったらしい。
「そもそもこの惑星は始めから胡散臭い。何せ賢人が見張っているくらいだからな。別に秘密やからくりがあったところで、今更驚きはしない」
「けれど、情報はあるに越したことはないよ」
メアリードは既に気にも止めていないようであったが、それに対してエルマのほうは何か考える素振りを見せている。
「……もういいよ。エル、そろそろ行こう。魔法使いはこいつだったし、放っておいて問題ないだろう」
まるで興味が無くなった、とでもいうかのような態度を見せるメアリードに、半ばに引っ張られるようにしてエルマも立ち上がる。驚いたことにここから立ち去るつもりのようだ。
「もうっ……仕方ない子だ。あなた、名前はナツノだったね? 私達はしばらく各地を旅する予定をしているの。また会う時を楽しみにしましょう」
衣類に付着した砂を払いながらそれだけ言い残すと、早々と二人はテントとは反対方向へ歩き始めた。
──件のエステルを確認しに行くつもりかと思ったけど……何か他のことにでも、気が付いたのか?
あっという間に見えなくなってしまった二人を見送った後も、しばらくナツノは一人でその場に立ち尽くしていた。
あまりにも突然な幕切れだった。
◇
ようやくキャンプに戻ってきた頃にはすっかり辺りは暗くなっており、夜空にはいつものように幾つもの星達が眩く煌めいている。
初めてこの惑星を見たときは、密かに美しい青い景色に目を奪われた。頭では理解していたつもりだが、綺麗な場所ばかり想像していたのかもしれない。
実際に転移してきてからは自ら考え、こうして乾燥した荒野での生活を続けているわけだが、ふとした瞬間に、自分は一体どこで何をしているのだろう……と唐突にとてつもない不安に襲われることがある。
そんな時は決まって夜空を眺めることにしていた。散りばめられた星はナツノに懐かしい景色を連想させ、どんなときも夢中にさせてくれるからだ。
──ハンザー公園で見た景色も、同じものだったのかもしれないな。
気持ちの区切りがつくのを待って、ナツノはゆっくりとテントに向かった。
中にはエステルがいるようだが、既に眠りについてしまっているのか、小さな寝息が聞こえている。
途中まで待っていてくれたのだろうか、座った状態から崩れているような姿勢にも見えた。
ナツノは眠るエステルを優しく眺めると、再びテントを後にする。
外にでた時の景色にふと違和感を感じたのだが、その正体が何であるかは気が付かなかった。
「よう。何があったんだ? 顔が腫れてるぞ。まさかあいつに……ってわけではないよな?」
思考に没頭しているうちに、フリットがこちらを見つけたようだ。規則正しい足音が近付いてくる。やはり、メアリードとエルマは来ていないのだろう。
「うん、エステルは寝ているみたいだったよ。これは樹の所で少し、ね」
「そうか。魔法樹っていったか。あれに関係はあるのか?」
二人は並んで腰を降ろすと、どちらともなく話を始める。互いに星空を眺めており、目が合うことは……いや、合わせようとすることは不思議となかった。
「どうだろう。でも、あれは目印だからね」
「わからねぇな。じゃあ、あっちのは関係あるのか?」
フリットが顎で示した先にはボロボロになったテントが見える。
「ああ、これ……か」
どうやら先程から感じていた違和感はすぐ近くにあったようだ。吹き飛ばされ派手に転がったような形跡がいくつもの傷として残っている。
「どうなったか分かるか?」
「想像はできるけど、何も分からない。見ていたとしても、理解が出来るかの自信もない」
恐らくはエステルが何らかの力を暴走させたのだろう。しかし、それくらいしか分かることはなかった。知識がない、ということなのだろう。メアリードやエルマのことが脳裏に浮かんではすぐに消えた。
「フリット、君はどう考えているんだい?」
「俺か? 俺は魔法……そう、魔法の力だと、そう考えている」
──別に秘密やからくりがあったところで、今更驚きはしない。
メアリードの言葉を思い出し、心の中で師に問うてみる。
今、この地で自分に何を為せというのか。
「魔法……か」
視線の先では流星が夜空を横切るように駆けている。しかし、今ナツノの頭には願い事が浮かぶようなことはなかった。
◇
第一印象はつまらない街だと思った。
中心部では様々な露店が連なっており、商人達はみな穏やかにそれぞれの商売を営んでいる。衣類、武具、食物、道具、薬品など見渡せば一通りの物は見つかるだろう。
また、通りに出れば至るところに樹木が植えられており、見上げてみれば果実のようなものだって成っている。
その果実が放つ独特なほのかに漂う甘い香りは、きっとこの街を説明する上では欠かすことが出来ないものなのだろう。
比較的国境に近い位置にあるためか、近年では旅人に混じり武骨な兵士も増えつつあるようだ。特に最近は前線の砦であるグランバリーに兵士が集結しているようで、その付近に位置するこの街は補給やしばしの息抜きに立ち寄る者が増えているのだという。
「はぁ……つまらないものね」
そんな中、トウカは周囲とは対照的に暗い表情で歩いていた。
賑やかないい街だと思う反面、こうも露店が並んでいると、買い物をするくらいしかやることがない。
周囲の熱気が増す度に、彼女の気分は落ちていった。見事なまでに、興味を惹かれるようなものも見当たらない。むしろ、全てが滑稽とまで思えてくるのだ。
──全てが消え、寂れた酒場でも一つあればそれでいい。
トウカは、心の静まりを打ち消すように小石を蹴った。
数日前までは確かに荒れた大地を進んでいたものだが、どういうことか、今ではもうどこを見ても当たり前のように自然が広がっている。
そんな時に行き着いたのが、このラザニーの街だった。
少しでも人々からの情報を得ようと街を彷徨していたのだが、いい加減人混みには辟易し始めている。簡単に言えば、もはや情報収集どころではないということだ。
改めて考えてみる。
ここに来て得たものがあるとすれば、孤独のほうが自分には合っているのだろうという、ある種のひねくれた認識くらいだろうか。無論、知りたくもなかった。
そろそろ限界になり、一度離れようと街の喧騒からくるりと背を向けたその時、どこか近くのほうから兵士達の話し声が微かに耳に入ってきた。
「まだ見つかりませんかな? 確かにこの辺りで見掛けたという情報があったんですがねぇ」
ちらりと周囲の様子を窺うと、右目に眼帯を着けた男が部下に何やら話し掛けていた。ここが発信源だろう。
「ラウンデル様、つい先程でもこちらの辺りで見掛けた者がいるようです」
誰かを探しているのだろうか。トウカはそのまま会話に耳を傾ける。
「黒いローブにとんがり帽子、なかなか目立つはずなんですがねぇ、そうそう上手くはいかないものですな」
そう言うと、眼帯の男は細い目を一層細めた。
──黒……? 誰を探しているのかしら。
トウカは自身の服装に類似していることに疑問を抱いた。特に気にしていなかったが、こちらの世界で黒い服を着ている人はほとんど見掛けていない。
「おや、あなたも珍しい服装をしていますな。ひょっとして、あの娘さん達のお知り合いでしたかな?」
さっきの眼帯がこちらの姿に気付いたようで、いつの間にか隣に立っている。否、こちらの視線に気が付き、近寄って来たのだろう。
「あの娘達? 誰かしら、私は知らないわ」
トウカがわざとらしくそう答えると、眼帯の男も負けじと大きく頷いた。
「ええ、そうでしょうなぁ。それに二人はもうこの街を出てしまっているでしょう」
「そう、何があったかわからないけれど、大変ね」
眼帯の男は少し考えるように顎を触ると、おもむろに近くの兵士に合図を送る。
「こちらの娘さんを捕らえなさい」
「はっ!」
一瞬にして大勢の兵士が集まり始めると、その騒ぎに何事かと野次馬達もどんどんと集まり始める。
「……何かしら? 私が関係しているとは思えないけれど」
「それはこれから判断しますので、出来れば少し付き合ってもらえますかな?」
「断れば、すぐに帰してもらえるのかしら?」
「そうもいきませんな。何故なら、貴女は三人目である可能性を十分に秘めておられるようですので」
「……三人? 知らないけれど」
誰も自分を知らない土地での一人旅は思いの外楽しめそうになっていたのだが、どうもこの街とは相性が良くないらしい。合わない。
「皆、異国の……といってもグィネブルではないでしょうが、ともかく黒をベースとした見慣れない服装をしていると聞いていましてな。分かりますかな? 噂のバルビルナの傭兵、突如消えた二人組の娘達、そうして今この状況で少しの動揺も見せない貴女です。皆、黒を纏っているのは偶然ですかな?」
男の左目が一層細くなる。睨んでいるのとは違う凄味がトウカの目をもそうさせる。
「私の勘では、貴女は“同じ”である。……ご同行願えますかな」
眼帯の男──ラウンデルは口元だけを歪めながら、笑うようにトウカを見ていた。
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