第12話背負うのは十字架
醜くうめきながら青き鱗を持つ魔術師は、右目を押さえ、片ひざをつく。どろどろと赤黒い血液が地面をぬらす。
右目を押さえ、ううっううっと情けない声で苦痛の声をもらしていた。
「一気呵成にいくよ」
大降りに夢刈りを振り上げ、目一杯の力でジャックは振り下ろす。
黄金の魔法陣が浮かび上がるが、それは完全なものではなかった。
どうやら右目を失い傷ついたため、魔術師の魔力が防御のための結界にうまく注入されないようだ。
一度はジャックの夢刈りを受け止めたものの、それはバリバリとガラスが割れるようにはかなくもあっけなくくだけ散った。
やがて切っ先が魔術師の右肩に突き刺さり、ゆっくりと確実にそれは侵入していく。ついに大鉄鎌は右腕を肩のところから完全に切断してしまった。
クギャアアア。
悲鳴が空間に鳴り響き、罪人の剣は地面にうちすてられた。魔術師の手を離れたそれはもとのちいさな蛇たちにもどり、どこへともなく四散していった。
切り口からは滝のように血がながれ、鮮血で池をつくる。その池の上で傲慢な魔術師はのたうちまわっている。
空中に吹き飛んだ右腕をひらりとキャッチすると夢食みジャックはスナック菓子を食べるかの如く、ムシャムシャと咀嚼し、あっという間に完食してしまった。
「くっ、食ったのか?」
驚愕の表情で詩音は、ジャックの白い頬と赤いふっくらとした唇を見る。
豊かな胸の谷間からまたもやピューターを取り出し、ぐびりとジャックはアルコールをきめこむ。
「当然だろう、アタシは夢食み。悪夢を食らう妖魔だからね」
ウヒッとしゃっくりを吐きながら、ジャックは言った。
「さあ、とどめさしな。それがあんたら人間の役目だ」
ジャックはうながす。
「ああ、わかったよ」
と詩音は返答する。
霊剣ジェラールを左下方向から右上方向に一気に振り抜き、魔術師の肉体を切り裂く。血と肉の行列がサーベルの切っ先を追いかけ、バラバラと散らばる。
その傷口から得体の知れない黄色い汚液に包まれた人間のようなものが、吐き出された。
つんと鼻をつくその嫌な匂いはどうやら胃液かもしれない。
そのものはどうにか人間として見える形であった。
どろどろの醜悪な肉の塊は、なんとか人の形をたもっていた。頭部と思われる部分に片目だけあらわれ、白目の多いそれで詩音の目を見る。
視線が交わった。
その瞬間ある記憶がイメージとなって、詩音の脳内で再生される。記憶が波となって襲いかかる。
とあるマンションのフローリングの床の上に血まみれ、傷だらけの死体がふたつ。
べっとりとした血に汚れたナイフを持つ男。
帰り血でその男の顔と右腕も真っ赤に染めあげられていた。
痩せこけた少女がへなへなと座っている。頬のこけた明らかに栄養のたりていない表情に涙を浮かべている。
よく見ると腕や顔には火傷や青アザだらけだった。
ゆっくりとふらふらと立ち上がり、少女は血だらけの男に弱々しく抱きついた。
ナイフを床に放り投げ、男も少女を抱きしめる。細く軽すぎ、女性らしい丸みの全くない体を。
「ありがとう。お父さんとお母さんを殺してくれて。やっとやっと解放された……」
そういうと少女は男の唇に自分の唇を押しつけ、強引に舌をねじこんだ。乾いた体を男の唾液で潤そうしているのか、少女は夢中で男の舌をからませた。
頭をふり、どうにかしてイメージの波を追い払う。
「それがどうしたというのだ‼️」
どのような理由があれ、奴は人殺しの凶悪犯だ。それだけでなく魔術師と融合し、数多の人を人外魔境の世界に引きずり込んだ。けっして許してはいけない人間だ。
ここで、この場所で抹殺しなければいけない相手だ。
だが……。
彼らにも理由があった。
理由があるからと言って、許される訳ではないが。
霊剣ジェラールの切っ先を黄色に染まった男につきたてる。
男はウーウーと声にならない声でうめいていた。
そのまま、剣にすこし力を込めれば、男を殺せる。
そのはずだが、手は動かない。
その時、手の甲に暖かい感触が重ねられる。
紫色の瞳で詩音の人形のような整った顔を見ていた。
「その罪もその業も一人で背負うことはない。十字架は二人で背負う。私たちはそう決めたではないか」
渡辺静は言った。
手に力を込め、静はサーベルを押し進める。ズブリズブリと肉体に難なく入っていく。肉塊はピクリピクリとけいれんし、ほどなく動かなくなった。
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