第13話崩壊する夢世界
アメジストに輝く独特の静の魔眼をみて、詩音は安堵を覚えた。
「来てくれたのか、静……」
「ああ、道筋と座標はそこの探偵が確立してくれたからな。なんなく来ることができたよ」
フフッと微笑を浮かべ、静は答える。
ちらりとお釜帽の探偵を見ると、ややうつむき照れ笑いをしていた。
残るのは魔術師一人。
もはや彼は人としての形を保っていなかった。右目を貫かれ、腹を切り裂かれた青き鱗の蛇は醜く、うねうねとのたうち回っている。ゲホゲホと泥のような血をはいていた。
腰にさげた太刀の柄に手をあて、するりと無駄と隙のない動作で静はそれを抜き放つ。
月の光を受け、きらりと刀身は美しく輝く。波うつ波紋が美麗なそれは、人ではないものを討ち滅ぼすものである。
その名は鬼切り丸。
「悪しき魔術師よ……貴様がつくり出した世界と共に滅せよ」
上段にふりあげる。
紫色の瞳はまぶしいほどに輝く。うっすらと闘気がオーラとなり体を包む。その光もまた、紫色であった。
またもや、あるイメージが精神の波動となって、二人の脳内に反映される。
この世界はかの魔術師がつくり出した心の虚構世界。彼の記憶が流れだすのは容易であった。
白いベッドに一人の痩せた女性が横たわっている。呼吸器をつけ、両手には無数のチューブが生えていた。機械によってどうにか生命を維持しているようだ。だが、それはそう長くはもたないようだ。
女は生気のない、くもった虚ろな瞳でとなりに座る神父服を着た男を見た。
「ごめんね、チャールズ……私を生の苦しみから解放して……」
途切れ途切れのちいさな声で女は言った。
「わかったよ、マリア。君を解き放とう。だが、死は一つの形態の変化にすぎない。私は持てる魔道の技術すべてを使い君との再会をはたす。ほんのすこしだけすこしだけだ。待っていて欲しい」
と男は言うと、
「ありがとう……」
文字通り、死力を振り絞り、女は答えた。
その声を聞き、男は事務的な動作で女の体に痛々しく繋がったチューブを外し、機械の電源を落とした。
ほどなくして、女は息をしなくなった。
彼女はどことなく微笑んでいるように見えた。
「賢者の石だ。あの願望の魔法石があれば、あるいは死という下らない現象を克服できるやもしれぬ。それには原料となる魂のかけらが必用だ」
チャールズ・アストレイドは一人ぶつぶつと呟きながら、病室を出た。
頭を大きくふり、流れ込む記憶の断片を静は外界に無理やり追い出す。
詩音も額を手でおさえている。
「どのような理由があれ、貴様らがやったことは許されぬ。自らの欲望のため、多くの人を死に追いやった。その罪、死を持って償うがいい」
鬼切り丸を握る手にさらに静は力を込める。オーラが凝縮され、その紫色の光は目を開けていられないほど眩しい。
「矛盾してはいないか……お前たちも所詮は人殺しなのではないか……正義という偽名のもとに人を殺しているではないか……」
魔術師は大量の血を吐きながら、言った。
「そうだ。我らもまた罪人……鉄火を持って貴様ら魔道犯罪者を駆逐する者。ならば、血塗られた道を軍靴を鳴らし歩くまで。この命つきるまでだ。さらばだ、地獄で会いまみえよう」
闘気をたっぷりと含んだ太刀を必殺の気合いで振り下ろした。
剣圧が一瞬にして、魔術師の体を粉々に霧散させた。そこには肉片一つのこっていない。悲鳴をあげることもできず、魔術師チャールズ・アストレイドの精神は消え去った。
そのすぐ後、偽物の夜の住宅街が揺れ出した。地震のようだ。どうにか立っていられるのがやっとだ。
揺れによりずれ落ちそうになるお釜帽を押さえ、
「や、や、や、どうやらあの魔術師が死んだせいでこの世界が崩壊を始めたようです」
Q作は言った。
夜空がぼろぼろと厚化粧の白粉がひび割れ崩れるように落ちてきた。ブロック塀がひび割れ、電信柱がぐにゃりと曲がる。
手持ちのランタンに大鉄鎌夢刈りが吸い込まれ、瞬時にきえる。世界の揺れにものともせず、ジャックは詩音に近づき、彼女の和人形のような整った顔に唇を寄せる。
赤い舌で詩音の頬にできた切り傷から流れる血をぺろりと舐めた。
「正義を信じる心、不屈の闘志、友を思う気持ち……あんたの血は不味くてしかたないよ。でも、まあ、楽しくはあったよ。じゃあね、鴉の剣士たち。グッバイ‼️ネバーセイネバー‼️」
大きく手を降り、夢食みジャックはどこへともなく消え去った。
去り行く大柄でグラマーな夢魔を見送る静と詩音は敬礼の姿勢をとっていた。
「さあ、さあ、お二人さん。我々もここを去りましょう。お急ぎください」
Q作はかなり強引に二人の手をひき、彼がつくり出した次元の扉の向こうに連れ去った。
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