第6話囚われの剣客

古い街灯に蛾が群がっていた。オレンジ色の光が夜のアスファルトをぼんやりと照らしている。

大きな蛾がライトにあたり、バチンと音をたて、地面に落ち、死んだ。

その光景を彼女は忌々しげに見ていた。

この街灯を見るのは何度目だろうか……。

指折り数える。

六度目だ。

周囲を見渡す。

ごくごく普通の夜の住宅街。

彼女はこの地をさまよっていた。

しかし、家々には生活の灯火はない。

黒い軍用コートのポケットに手をいれ、ガードレールに腰掛ける。

「いったい全体、ここはどこなんだ」

ボブカットの頭をかきながら、人形のように整った顔立ちの女はひとりごちた。


「教えてやろう。ここは私が次元のはざまにつくりあげた夢想の世界。お前を閉じ込めるためだけの牢獄」


声の方向に視線を送ると、そこには深緑色のローブを着た人物がたっていた。フードをめくったその顔は青い鱗の蛇だった。

黒いぬらぬらとした瞳で女を見ている。

「滝沢詩音。我が肉体を滅ぼしたうちの一人。宿敵がやっと我がたなごころに落ちたか……どのように始末してやろうか」

赤い舌を出し入れしながら、しわがれた声で蛇は言う。

「僕ね、思いついたんだ。この娘の手足を切り落として、歯も全部ぬいて、それで体の感覚を全部快楽にかえてもてあそぶんだ。ねぇ、魔法使いの人、できるよね」

今度は若い男の声。

「できるぞ。使い古された方法だが、面白い趣向である」

もう一つの蛇の声が答える。

くくくっとあははっという二種類の奇妙な笑いかたをした。


ガードレールから立ち上がり、闘志ある瞳で蛇とかした魔術師をにらむ。

左腰のあたりを探るが、愛用のサーベルは存在しない。

「剣のない剣士は牙のない狼に等しいな」

蛇の見下した声。

左拳を下腹部の前に、右拳を心臓の前に詩音はかまえる。左足を一歩ひき、腰をすこし落とす。

「剣がなくとも私にはこの拳がある。この足がある。この命がある。あきらめない心がある。貴様らなどの好きにはさせん」

詩音の言葉を聞き、蛇の魔術師は夜空に向かい、大笑した。

「勇ましいことだ」

左手を魔術師は軽く振り下ろす。


コンクリート塀がぐにゃりぐにゃりと歪んだ。おぞましい蛇の固まりと変化した。

それらは詩音の顔面めがけて、飛翔する。

頭だけを後方にずらし、詩音は蛇の攻撃をかわす。

両手にロープのように太い蛇が巻きつき、行動を制止しようとした。

力まかせにふりほどき、地面に叩きつける。

詩音は見た。

地面も壁も数えきれないほどの蛇たちで蠢いていた。

右足に絡みつく蛇を蹴りあげる。

地面を蹴り、渾身の力で右拳を魔術師の顔面に打ち出す。

理想的な右ストレート。

それは絶え間ない修練の賜物。

だが、魔術師はぴくりとも動かない。

黒い瞳で詩音の一重の瞳を見ている。

詩音の右拳に激痛がはしる。

まるで鉄板を叩いているようだ。

後方に飛び退き、詩音は戦闘体勢をととのえる。

地面から飛来した蛇の牙が詩音の白い頬をかすめる。うっすらと赤い線がはしり、血がたらりと流れる。

「あんまり、そのかわいい顔を傷つけないでね。楽しみがへっちゃうから」

楽しげな魔術師の声が人のいない住宅街になり響いた。





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