第5話蛇の誘惑
その日私は少しだけど、体調が良かったので、友達と待ち合わせをして、映画を見に行くことにした。
生まれつき私は内臓に疾患を抱えていて、普通の人のように運動したりするのは、難しかった。日常生活に一応は支障はないが、それでも電車などはできるだけ、座って移動したかった。
久しぶりの外出だったので、私は思いきってお洒落をし、がんばってメイクもした。
運良く優先座席が空いていたので、私はそこに腰かけた。
窓から見える街並みは平凡ではあったが、あまり外に出歩かない私にとっては新鮮で楽しかった。
ぼんやりと外を眺めていると、しわがれた声が私にかけられた。
最初、ききとりにくかったので、無視しているとその声はどんどん大きくなった。
「おい、お前‼️そこは俺の席だ。若いやつはどいてろ‼️」
よれよれのポロシャツを着た老人が立っていた。ほとんど歯が抜けてたので、その声はかなり聞き取りにくかった。
大声でなにかわめいていたが、怖くて怖くて何を言ってるのかわからなかった。
「おい、お前、無視するな‼️」
老人がさらに声を荒げる。
「ちょっとあんた、止めないか」
老人とは別の力強い声。
スーツを着た背の高い男の人が老人を制していた。
老人が急に黙りだす。
「見てみろ、この子の鞄にはヘルプマークがついてるじゃないか。きっと、どこか体が悪いんだろう。あんたのほうが元気そうじゃないか。あんたがたってればいいじゃないか」
「ふん、病人のくせに派手なかっこしやがって」
そう捨て台詞を吐くと、老人は違う車両にあるいて行った。
「君、大丈夫か」
優しい背広のひとの声に、私は涙目で震えながら小さくはいと答えた。
気がつくと私は、電車の優先座席に一人で座っていた。コトンコトンと揺れる音が心地よい。
あれ、友達と映画を見終わった後、家に帰ったはずなのに。
なんでこんな所にいるのだろう……。
不思議に思っていると、電車のドアを開け、一人の人物がゆっくりと入ってきた。
深緑色の長い服をきていた。フードを深く被っている。映画で見たことがある、魔法使いが着るローブという服だ。
まばたきし、次の瞬間にはその人物は目の前にいた。
フードをめくると中からあらわれたのは蛇の頭だった。
青い鱗に黒い単色の瞳。赤い舌がチロチロと左右に揺れていた。
冷たい鱗だらけの手で私の頬をなでる。
「今度はこの子を仲間にするのかい。僕、かわいい子は大好きだよ。壊さないようにきをつけないとね」
「眷属を増やす。私を一度殺したあやつらに復讐するためだ」
「魔法使いの人、真面目だね。まあ、僕は楽しめればいいんだけどね」
一人でやりとりしている蛇の顔をぼんやりと見ていると、
「不自由な体を捨てるのだ。私と共に来るといい、そうすればもうお前をけなすものはいなくなる」
と青い鱗の蛇は言った。
その声はとても魅力的だった。抗うことはできない。逆らえない。
目を閉じ、ゆっくりと頷くことしかできなかった。
ローブの裾から無数の蛇が這い出し、私の体を包む。蛇は私の体の穴という穴に侵入した。冷たい鱗の蛇たちは私の体のなかをえぐり、こすり、時にはなでる。
息苦しいが、その蛇たちが与える感覚は私がいままで味わったことがない快感であった。
あううっとあえぎ続ける様子をローブ姿の青いの蛇は黙ってみている。
快感と快楽にたえられず、意識を失った。
意識を取り戻した時、私は一匹の白い蛇になっていた。
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