第4話残された鱗
薄暗い病室に渡辺静はいた。
闇夜の同じ色をした軍用コートを着たままなので、遠目には同化して彼女の存在を視認するのは、難しかった。
そのため、白い頬が際だって見えた。
病室のベッドに一人の女性が穏やかに眠っていた。規則正しい寝息をたてている。
濃い茶色の髪はボブカットで毛先は内側にカールしている。顔立ちはどこか日本人形を連想させた。
肉体的には彼女は生存している。
だが、心と呼ぶべきか、魂と呼ぶべきか、そういったものが彼女にはなかった。
かの凶悪な魔術師にどこかに連れ去られたのだ。
特務機関所属の心霊内科医の説明によると脳噛み症の初期症状に似ているとの言であった。
このまま精神と体が分離した状況が続くと待つのは緩慢なる死であると……。
そっとベッドに横たわる女性の手を静は握りしめた。剣をもつ者特有の硬い皮膚をした手であった。
やはり、みつからないのか。
静は心の内側の人物に語りかける。
みつからんな。恐らく幻界の隙間の様なところにいると思うんじゃが、いかんせんわしはお主との呪いのせいで遠くには離れられん。こやつを探しだすのはちと難しいのう。
その声は老人のようであり、若者のようであり、、男のようでもあり、女のようでもあった。もしくは、そのすべてが混じったような声であった。
静はゆっくりと深いため息をついた。
知己の殺人課の刑事早瀬に呼び出され、渡辺静はとある刑務所にいた。
独房の鉄格子越しに中の様子を見るとそこには、おびただしい量の青い鱗が散乱していた。
生臭い空気が鼻腔を刺激する。
どうやらその鱗から発せられていた。
気の弱いものがみたら吐いていたであろう。
こういった光景を幾度となく見てきた静であったが、決して気分のいいものではなかった。
鱗の他には脱ぎ捨てられた囚人服が一着。
人の形そのままに置かれていた。
「凄まじいね。きっと静ちゃん向きの事件だと思ってね、君を呼んだしだいさ」
声の主は静の筋肉質の右腕に抱きつき、耳元でささやいた。
声の方向に静は目だけをはしらせる。
そこには丸眼鏡をかけた優男の顔があった。
彼はスーツの上着の胸ポケットからジップロックのビニール袋を取り出した。
中には独房にあるものと同じと思われる青い鱗が数枚。
「科研の調べではこの鱗から二種類の遺伝子が発見されたんだ。一つはこの独房に収監されていた死刑囚のもの。もう一つはイギリス人宣教師チャールズ・アストレイドのもの。たしか、静ちゃんが追っていた人物と同じ名前だよね」
ずれた眼鏡をなおしながら、早瀬は言った。
黙って静は頷く。
臭う、におうのう。
くさくてたまらんわ。
のう、静よ。あやつの臭いじゃ。
あの腐れ法師のものじゃ。
きゃつめ人をとりこみよったぞ。取り込んで力を回復する腹じゃろうて。
鬼の声は静にそう語った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます