第3話鬼人との契約

Q作の進めに従い静は軍用コートを脱ぎ、椅子に腰掛けた。

背筋をのばし、浅く座る。

凛としたたたずまい。

預かった軍用コートをQ作は壁近くのコートかけに掛ける。

「これは珍しいな。ミスリルを繊維にしてコートに織り込んである。いやぁ、素晴らしい技術だね」

感嘆の声をあげるQ作に静は微笑のみでこたえる。

彼女のために小さなテーブルを用意し、そのうえに竹かごの上に山盛りのお菓子を置いた。チョコやクッキー、マドレーヌなど多種多様だ。

「とっておきのアールグレイをいれようかな」

何故か楽しげにQ作はお茶の用意をする。

「砂糖はいれるかい」

Q作が聞くと、

「ああ、もちろん。角砂糖六つほどいれてくれないか」

すでにクッキーをポリポリと食べながら、静は言った。


ねっとりと甘ったるい紅茶をうまそうにすすりながら、渡辺静はQ作に語る。


とある魔術師を我々は追跡していた。

その魔術師は大勢の少年少女たちを誘拐し、魔術の人体実験を行っていた。

幾人もの罪もない子供たちが犠牲になった。

彼は魔法の使えない人間を劣等生物と言い、蔑み、侮蔑し、差別していた。

魔導の世界ではそういう者たちの事を上位主義者というらしい。

私と私の親友はどうにか奴を追い詰め、激しい闘いの末、討ち倒すことに成功した。

だが、その魔術師は、いまわの際に肉体を捨て、精神生命体となり、異次元に逃亡してしまったのだ。

魔術に対して抵抗のある私は、現世にとどまることができたが、親友はあろうことか精神だけを奴に捕らわれ、この世ではないどこかに連れていかれてしまったのだ。


「それで、その連れ去られた親友を探しだして欲しいと……」

形のいい顎をなで、Q作は静のアメジスト色の瞳をみつめる。

こくりと彼女は小さく頷いた。

「その悪い魔法使いが絡むとなると、これは骨が折れますね……お代は高くつきますよ」

わざと目を細め、Q作は下品な笑いをし、指で丸を作る。

「いくらだ、いくら欲しいのだ」

少し声を荒げ、静は言う。

頬が赤みをおびる。

「お金ではありません。どうです、奪還を成功させたら、一杯つきあってくれませんかね」

にこりと笑うQ作。

今度は指でとっくりの形をつくる。

懐の文庫本が突如激しく動きだしたが、Q作はそれを力ずくで押さえ込んだ。

手のひらで額を押さえ、静は綺麗に切り揃えられた前髪をかきあげる。

はははっと渇いた笑いを天井にぶつける。

「あぁ、すまないな。私、というかもうひとりの私は過去の行いから酒を呑むことができんのだ。だが、うまいコーヒーをだすバーを知っている。申し訳ないがそちらで、手を打ってくれないか」

目尻に涙を浮かべながら、静は言った。

「いいでしょう、いいでしょう。もとより、黒桜に貸しをつくることができるのですから、それだけでもお釣りがくるというものです」

すっと右手をQ作は差し出すと、力強く静はその手を握りかえした。

「餅は餅屋に。せんべいはせんべい屋に。桶は桶屋に。人探しは探偵へ。契約はなされました」

芝居じみた口調でQ作は言った。

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