第2話黒い軍用コートの女
とある地方都市の郊外にその洋館は建っていた。
かなり古いが、よく整備と整理と整頓がととのわれているのが、外からでも伺えた。
その洋館の持ち主は心渡りの探偵夢野Q作といった。
その洋館を一人の人物が訪ねる。
軍靴の底をカツカツとリズミカルにならし、彼女は歩く。
まるで闇夜の一部を切り取り、染め上げたような黒い軍用コートをマントが如く羽織っている。
不思議なことにそのコートは揺れるたびに白銀色にきらめいた。
コートの裾をなびかせ歩く姿はどこか天空を舞う烏を連想させた。
神の使いヤタノカラスのようだ。
丸型のサングラスを高い鼻梁にちょこんと乗せ、その奥の瞳はうっすらと紫色に染まっている。
肌は白く新雪のよう。
前髪はやや太め、眉毛の上で綺麗に切り揃えられ、背中までまっすぐとのびていた。
癖のない黒髪が豊かで美しい。
端正な顔立ちからは想像できないものをその細い腰にぶら下げていた。
朱鞘の日本刀だ。
三尺はあろう太刀であった。
歩く度にその太刀はカチャリカチャリと渇いた金属音をたてる。
やがて、彼女は歩みを止める。
彼女がその洋館の玄関扉の前に立つと扉はキイキイときしむ音をたてながら、開かれた。
「入館を許されたようだな……」
女性にしてはひくい声を発し、彼女は誰とはなしに語る。
女が洋館の中を歩くと、ドアが勝手に次々と開いていく。
それは案内されているかのようであった。
それにしたがい女は洋館の中を軍靴をならし、歩む。
やがて、大広間に着いた。
火の消えた暖炉に毛の深い絨毯。
天井には電光のシャンデリア。
そこには一組の男女がいた。
ロッキングチェアに男は腰掛け、古びた文庫本に視線を送っていた。
茶色の羽織に縞柄の袴。
丸眼鏡に癖の強い黒髪。なかなかに秀麗な顔立ちをしている。
その横にかわいらしい女の子が男の腕にしがみついていた。
黒いワンピースに同色のリボンを頭に乗せ、どこか焦点のあっていない瞳で黒い軍用コートの女を見た。
「鬼の人がきたよ、Q作。私怖いから本の中にかえるね。クワバラ、クワバラ……」
シュッという音が広間に鳴り響く。
「そうだねモヨ子」
Q作と呼ばれた男は言った。
一瞬にして、その愛らしい少女は文庫本の中に吸い込まれ、何処ともなく消えてしまった。
誠に奇怪極まる光景であった。
残された二人は平然としていた。
彼らにとってこの程度の不思議は日常茶飯事であった。
「渡辺静さんだったかな」
Q作は場違いなほどのんびりした声で、黒い軍用コートの女の名を言った。
パタンと文庫本を閉じる。
「そうです、私は特務期間黒桜の長官で渡辺静と申します。心渡りの探偵夢野Q作さん、あなたに頼みたいことがあってこちらに参りました……」
形の良い胸元に右手のひらを当て、渡辺静は少し頭を下げ、そう言った。
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