夢食み 青き鱗の蛇

白鷺雨月

第1話小窓が見える月

その小さな窓からは月が見えた。

黄金にきらめく月は夜空をこうこうと照らしていた。

満月だった。

月のクレーターまではっきり、近くに見える。

そっと手をのばすが、もちろん、届くはずはない。

伸ばした手はむなしく空をかき回すだけ。

月は外界と自由の象徴を具現化したものであった。

男は月を手につかもうとした自分自身の行為を、卑下た笑いで終わらした。

窓には鉄糸で補強された屈強なガラスがはめこまれている。

例えこのガラスをわることができたとしても、こんな小さな窓からは外に出ることはできない。


男は独房に閉じ込められていた。


それは、男が犯した罪のためだ。

自業自得といえば、それまでだが、不思議と男には後悔の念はなかった。

幾人もの女性や子供を暴行し、財産とそれよりも大事な命をうばった。

彼は生粋の殺人鬼であった。

人の命を奪い、絶命する瞬間の絶望に歪んだ顔をみるのが、なによりの楽しみであり、それを快楽としていた。

逮捕されたのち、なにかの拍子にテレビで彼の犯罪を解説する専門家なる人物の言葉をきいたこがある。

「犯人の部屋には残酷な描写のゲームやアニメ、漫画が数おおく置かれていました。これらが、彼の精神に影響をあたえ、蝕んだのは間違いありませんね」

したり顔で神妙な表情で専門家はそう語った。

その言葉を聞き、男は腹がよじれるほど笑った。

そんなのは、関係ない。

そうしたいからそうしたのだ。

俺は欲望に正直に生きただけだ。

灰色の天井に向かい、男は叫んだ。


彼はこの三畳ほどの限られた空間で、ただただ、死を待っていた。

死ぬのは、明日かもしれない。

明後日かもしれない。

一ヶ月後かもしれない。

一年後かもしれない。


「このまま死ぬのを待つのかね」

突如、男に語りかける声があった。

しわがれた声で弱々しかった。

かすれて、枯れかけた音。

ところとごろにシャアシャアという鳴き声のようなものが混じっていた。

声の主は、蛇であった。

いったいいつから、どうやってそこに存在するようになったのか分からないが、蛇は男の目の前にとぐろをまき、シャアシャアと口から舌を出し入れしていた。

それは何メートルあるか皆目見当がつかないが、巨大な蛇であるのは間違いなかった。

青い鱗が月の光を受け、ぬめぬめといやらしく光っていた。

「捕まってしまったのだから、仕方ないだろ」

はえかけの髭をなでながら、男は蛇に話しかける。

青き鱗の蛇との会話に男は、一ミリも違和感を覚えなかった。

青い大蛇の黒い単色の瞳にはどこか、魔力めいたものがあった。

「我と同化すればこの狭い世界から解放してやろう。貴様には見込みがあるからのう」

赤い二股の舌をひらひらと左右に揺らしながら、蛇は言った。

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