第86話 素材集め その10

 

 抱き合ってキスを続けるスプリングとアストレイア。

 熱い抱擁をし、激しいキスを行っている。

 アストレイアは脚までスプリングの脚に絡みつかせている。

 息も荒い。お互い相手を貪ることだけを考え、身をゆだねる。

 ボスエリアなので誰も入ることはない。心置きなくキスをする。


「せんぱぁい……なんでゲームの中ここでは積極的なんですかぁ…かっこよすぎです…」


 アストレイアはスプリングの唇に喰らいつく。

 しばらくキスを続けた後、息継ぎのために顔が離れた時を利用してスプリングが答える。


「レアだって積極的だろうが。まあ、これ以上進めないっていう安心感もあるからかもしれないな」


「私は現実で進んでもいいんですよ?」


「………もうちょっと待ってくれ」


「仕方がないですねぇ。ヘタレを待っててあげましょう!」


 はぁ、と呆れたため息をつく演技をしたアストレイアは、上目遣いでスプリングを見上げる。

 スプリングも意味を理解し、二人の顔がゆっくりと近づいていく。

 熱い吐息が混じり合い、唇と唇が触れ合うかと思われた瞬間、強烈な光が二人を襲った。


「なんだっ!? 攻撃かっ!?」


 咄嗟にスプリングはアストレイアを背中に隠す。

 光を放つ物体に向かって剣を構える。


「HPは減っていませんね。というか、光っているのはボスの芋虫ではありませんか?」


 冷静に確認していたアストレイアは光を放つ正体にすぐに気づいた。

 ずっともしゃもしゃと葉を食べていたボスモンスターの『宝石蚕』の幼虫が光を放っている。

 輝く幼虫はゆっくりと上昇していき、姿かたちが変わっていく。芋虫の形から楕円形の塊に。


「あぁー。これってもしかして、無敵モードの変身シーンですか? ヒーロー戦隊みたいな」


「みたいだな」


『宝石蚕』の光が消え去った。

 見れば幼虫は白銀や金など様々な宝石の色に輝く繭に覆われていた。

 第二形態の繭モードだ。


「ボスはHPバーが二つ減らないと変化しないはずなのですが…」


「時間制限があったみたいだな」


「というか、先輩とのキスに夢中でボスのことを忘れていました」


「俺もだ」


 頭上に浮かぶ繭を見上げて二人は今どこにいるのかを思い出した。

 顔を見合わせ武器を構える。


「さっさと討伐してイチャイチャしますか」


「先輩! このボスの超絶レアドロップを狙っているんですけど、忘れていませんか?」


「…………忘れてた」


「もう! しょうがない人ですね!」


 呆れた様子でアストレイアがため息をつく。

 ため息をつきながら、彼女はもう攻撃を始めている。

 極太の白い光線が繭に向かって飛んでいく。


「俺以上に早く倒す気満々だな」


「だって早く先輩のイチャイチャしたいじゃないですか!」


 白い光線が直撃した。しかし、HPバーは僅かに減っただけ。

 アストレイアの結構魔力を込めた一撃でさえ僅かにしか減らすことができなかった。

 流石、最高クラスの魔法耐性を持つシルクである。


「じゃあ、次は俺の番!」


 スプリングは地面を踏みしめて蹴りつけると、姿が掻き消えた。

 次の瞬間には繭の傍に姿が現れる。


「よっと!」


 スプリングは剣を一閃した。

 カキィィン、と金属と硬いものがぶつかる甲高い音が響き渡った。

 しなやかそうに見えて、シルクはとても硬質なものらしい。

 HPバーはほとんど減っていない。


「あんまり効かないな」


 空中で一回転してスタッアストレイアの傍に降り立った。


「みたいですね」


 アストレイアは繭を見上げてのほほんとしている。


「このままチマチマ攻撃するのもいいんですが、先輩! 一つ聞きたいことがあります!」


「なんだ?」


「蚕からシルクを採取する際、どうするか知っていますか?」


 スプリングはすぐに答える。


「繭を丸ごと茹でるんだろ? んで、中の蛹を殺しつつ糸を紡ぐ………って、まさかっ!?」


 あることが思い当たり、アストレイアを見つめると、彼女はニヤッと微笑んでいた。


「イエース! このゲームはどうでもいいところで現実リアルに忠実なので、やってみる価値はあると思いますよ! というわけで、ほいっ! ほいっ! ほいっ!」


 可愛らしい掛け声と共に魔法が放たれる。

 地面に大きな穴が開き、穴の中が水で満たされる。暴風が吹き荒れ、真空の刃が繭の糸が絡んでいる木の枝ごと斬り裂く。

 支えるものが無くなった繭は真下へと落ち、ドボンッと水の中に落ちた。

 アストレイアは繭が沈んだ水の中に無表情で火の玉を打ち込む。

 すぐにグツグツと煮立ち始める穴の中の水。

 スプリングはその光景に背筋を凍らせた。


「こ、怖っ……」


「えっ? 何がですか?」


 火を打ち込みながら無表情の顔をグリンっとスプリングに向けた。スプリングは顔をこわばらせる。


「い、いや、無表情なのが……」


「じゃあ、こういうのはどうですか?」


 威厳を漂わせ、嗜虐心を滲ませた冷笑をしながら火を投げつけるアストレイア。まるで火炙りとか釜茹での拷問をしている女王のようだ。

 あまりの演技っぷりにスプリングは冷や汗が流れる。


「アストレイアさん? 普通に戻ってくれませんか?」


「えぇー! 仕方がありませんねぇー! ほいっ! ほいっ! ほいっ!」


 普通の可愛らしい表情に戻り、火をグツグツ煮えているお湯に放り込み続ける。

 戻ったアストレイアを見て、スプリングはホッと安堵した。


「………あっ!」


 熱湯の中の繭が光をあげて消えていく。

 HPバーを慌てて確認すると全て削り取っていた。

 二人の頭上に『Congratulations!』と表示され、ドロップアイテムを手に入れたという画面が表示される。

 アストレイアとスプリングはポカーンと見つめ合う。


「これ、倒したのか?」


「こんなあっさりと? 簡単すぎません? ほとんど戦闘していませんよ」


「でも、リザルト画面が出てるし、ボスも消えちゃったし……えぇ…」


 あまりにもあっさりとした結末に現実感がない。呆然とする。

 取り敢えず画面を確認したアストレイアが目を見開き、スプリングをポンポン叩く。


「先輩先輩! ドロップアイテムを見てください!」


「んっ? ………………こ、これは!? 超絶レアドロップの『宝石シルク』がこんなに大量に!?」


「やっぱりこの倒し方は合っているんですよ! 魔法石も魔法が使えない人がこの方法を行うために置かれているんですよ!」


 アストレイアとスプリングは同時に見つめ合い、頷き合う。


「乱獲するぞ!」


「はい!」


 この後二人は『宝石蚕』をメチャクチャ乱獲した。

 大量の『宝石シルク』を手に入れた二人は高笑いをするのだった。



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ほとんど戦闘していないのに終わってしまった……

なぜだっ!?   (by作者)

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