第87話 港町ハーバーに到着

 

「海だぁー!」


 アストレイアが輝く海に向かって叫ぶ。

 両手を上げ、気持ちよさそう。潮風が彼女の髪を優しく揺らす。

 スプリングは思わず見惚れてしまった。


「んっ? どうしましたか、先輩?」


 潮風に吹かれた髪を耳にかける。

 極々自然な動作。その仕草も可愛らしい。

 スプリングはボーっとアストレイアを見惚れ続ける。

 アストレイアがスプリングの様子に気づき、ニヤッと悪戯っぽく微笑んだ。


「もしかして、私に見惚れちゃいましたか? 可愛い私に見惚れちゃったんですかぁ~?」


「うぐっ!」


 図星を指されたスプリングは、スゥっと目を逸らした。

 アストレイアは更にニヤニヤと笑う。


「せんぱぁ~い? どうなんですかぁ~?」


「………あぁ、そうだよ! 見惚れたよ! それがどうかしたかっ!?」


「ふふっ。可愛いですね」


「うっさい!」


 スプリングは街に向かって歩き出す。

 クスクスと笑ったアストレイアはスプリングを追いかけ、その腕に抱きついた。二人は自然と手を繋ぎ、指を絡めて恋人つなぎで歩いて行く。

 ボスモンスター『宝石蚕』を乱獲した二人は、大量のレアドロップ『宝石シルク』を手に入れた。

 二人はボスエリアのその先の街、『港町ハーバー』に足を踏み入れる。

 ハーバーは大変賑わっていた。多くの鮮魚店が立ち並び、屈強な船乗りたちが歩いている。猫が走り回り、カモメが飛んでいる。


「おぉー! ザ・港町って感じですね!」


 スプリングの腕に抱きつくアストレイアが水色の瞳を輝かせる。


「さてと、来たのはいいけど何をしよう?」


「もちろん綺麗な景色を見に行くのです! 目指せ砂浜! レッツゴー!」


「はいはい。わかりましたよ、お嬢様」


 二人は賑やかな港町を歩いて行く。

 時折声をかけてくるNPCやプレイヤーたちとお喋りをし、お店に寄って買い物をする。

 町を通り抜け、白い砂浜に到着する。

 水着姿のプレイヤーたちが遊んでいる。

 アストレイアが興奮し始めた。瞳を輝かせ、スプリングをペシペシと叩く。


「すごいです! すごいですよ! まるで外国みたいです!」


「ゲームの中だから、外国と言えば外国かもしれないけど」


「写真! 写真撮りますよ!」


 二人並んで白い砂浜と海を背景に仲良く写真を撮る。

 男性プレイヤーから嫉妬の舌打ちが聞こえる。

 二人は気にせず抱き合ったり頬にキスした写真を撮る。

 男性プレイヤーの舌打ちがマシンガンのように鳴らされる。


「おぉー! よく撮れました! カメラマンの腕がいいからですね!」


「レイアありがと。俺にも送ってくれ」


「はいはーい! プレゼント・フォー・ユーです!」


 ピコンとアストレイアから写真が送られてきた。

 スプリングは写真を確認し、バックアップも取る。

 アストレイアがスプリングの腕に抱きつく。


「先輩。ちょっと浜辺でお散歩デートでもしませんか?」


「了解、お嬢様」


 二人はゆっくりと歩き始める。白い砂浜に二人分の足跡が残る。

 心地良い潮風。今日の海は穏やかだ。遠くは鏡のように光を反射している。


「う~ん…」


 アストレイアが何やら悩んでいる。自分の服やスプリングの服に視線を向けている。


「どうした?」


「いえ。お散歩デートには似合わない服装だなと思いまして」


「なるほど。確かにそうだな」


 スプリングも自分の服を見下ろした。

 騎士服にも似たデザインの戦闘服。腰には剣も帯びている。

 綺麗な浜辺には似合わない。ラフな格好か水着のほうが似合うだろう。


「じゃあ、服を変えるか。この浜辺はモンスターが出ないらしいから。採取スポットはあるんだけどな」


「そうでしたね! ならチェ~ンジ!」


 メニュー画面をポチポチと操作し、二人は戦闘服からラフな格好に変わる。

 スプリングはジーンズにTシャツ。アストレイアは白いワンピースだ。


「水着のほうが良かったですかね?」


「買ったのか?」


「まだ買っていません。ゲーム内でも先輩が選びます?」


「いや、止めとく」


「わかりました。今度買って見せてあげます」


「楽しみにしておくよ」


 二人はギュッと手を握る。それだけでお互いの気持ちが伝わる。


「あいたっ!?」


 突然、スプリングが大声を上げた。何かに躓いたらしい。

 ゲーム内では痛覚はないはずなのだが、足のつま先に感じた衝撃で反射的に痛いと叫んでしまったらしい。

 アストレイアは心配そうだ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。なんだこれは? 岩か?」


 足元をじっと見る。白い砂浜から僅かに覗く岩のようなゴツゴツとしたもの。僅かに青緑色に輝いている。

 砂を掘ってみると、両手の手のひらに乗る少し大きい岩石が掘れた。

 アイテム入手のログが流れる。

 それ見たスプリングとアストレイアが固まった。


「はぁっ!? 『龍鉱石』!? 五月クエストで手に入ったやつか!?」


「ここで手に入るんですかっ!?」


「手に入ったぞ」


「そうですけど……。埋まっているんですかね? それとも、流れてきたとか?」


「あぁー。どうだろうな? 見た感じ周りにはなさそうだな」


 掘ればどうかわからないが、辺りにはゴミ一つ見当たらない。

 手に入れた龍鉱石をしまい込むと、スプリングはアストレイアに手を差し伸べる。アストレイアもその手を握った。


「面倒だからカミさんに丸投げしよう!」


「そうですね。今はデートの続きをしましょうか!」


 面倒事は今は忘れ、二人は浜辺をゆっくりと歩いて行く。

 白い砂浜に残る二人の足跡を、波が静かに消していった。

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