第80話 素材集め その5 ライオネル戦
「ウチの旦那が失礼しました。本当に子供っぽいんですから」
イーネーム草原のボスエリア。アストレイアが目の前のボスモンスター『ライオネル』に向かって話しかける。彼女の横には正座して小さくなったスプリングがいる。くすぐったことをお説教されたのだ。
『ニャウニャウ!』
気にするな、とライオネルが前足をフリフリする。『Wisdom Online』は高性能なAIが実装されており、プレイヤーの言葉を理解するモンスターは珍しくない。目の前のライオネルのように人間臭い行動をするのは全て運営の趣味である。
「先輩は所かまわず私とイチャイチャしたいかまってちゃんなので。私のことを好きすぎて困っちゃいます」
「ちょっと待て! レイアのほうがかまってちゃんで俺のこと好きすぎだろ! さっきも俺の写真をパシャパシャ撮ってたし、高いところが怖くても、俺のことを考えたら怖くないって言ってただろ!」
立ち上がってアストレイアに詰め寄ろうとするが、彼女に睨まれて大人しく正座に戻る。スプリングはアストレイアに逆らえないのだ。
アストレイアは睨みつけた後、恥ずかしそうにスプリングから視線を逸らす。彼女の頬は赤く染まっている。
「さ、さて、なんのことですかー?」
「棒読み口調ですよ、アストレイアさん。………………なあ、俺がレアのこと好きすぎたら困るのか?」
「えっ?」
突然真剣な口調になったスプリングにアストレイアは驚く。スプリングと視線が合った。真剣で真っ直ぐな瞳がアストレイアを貫く。目を逸らしたいけど逸らせない。見つめ合いながらアストレイアは挙動不審になる。
「えっ、あの、その、えーっと」
「困るのか?」
「………………困ります。私がもっと先輩のことが好きになっちゃので困ります………………って何言わせてるんですか! 察してください、ばかぁ~!」
アストレイアはスプリングを押し倒し、彼の身体をポカポカ叩きながら『ばか、ヘタレ、鈍感、女誑し、朴念仁、唐変木』と罵っている。叩いている方も叩かれている方も顔が赤い。アストレイアの全てが愛おしくなったスプリングは、彼女の身体を優しく抱きしめる。アストレイアは恥ずかしさで暴れながらも、しばらくしたら彼の腕の中で大人しくなった。
唐突に再び始まった二人のイチャイチャ。それを見ていたライオネルが、やれやれ、といった風に肩をすくめた。それはそれはとても人間臭い行動だった。
二人が正気に戻るまでに15分はかかった。
洋服の乱れを整えた二人が立ち上がる。恥ずかしそうに頬を染めて、お互いにチラチラと視線を向けている。
アストレイアがわざとらしく咳払いをした。
「コホン。さ、さーて、ライオネルを倒しますかー」
「………でもあいつ、やる気なさそうに寝そべってるけど」
二人の視線の先にいたボスモンスターのライオネルは、その巨体を横たわらせて寝転がっていた。百獣の王の風格は皆無。怠そうに尻尾をパタパタと動かしている。
二人の視線に気づいたライオネルが、やっと終わったか、という風にのっそりと起き上がり、ニャオン、と欠伸をして身体を伸ばす。本当に猫のような行動だ。
「本当に倒すのか? ちょっと可愛らしく見えてきたんだけど」
「そ、それは私も思います。でも、ペットにするには大きすぎますね」
二人が悩んでいると、ライオネルがニヤリと笑った……気がした。いや、明らかに笑っている。まるでかかってこいと言わんばかりに、手でクイックイッと煽っているのだ。
アストレイアとスプリングのこめかみに青筋が浮かぶ。
「へぇ。あの駄猫、俺たちを舐めているな」
「ちょっと可愛いって思った私が馬鹿でした。その毛皮、剥ぎ取ってあげます!」
二人が戦闘態勢になり、二人と一匹の間に緊張が走る。そよ風が吹き、葉っぱが一枚通りすぎた瞬間、スプリングとライオネルが同時に動き出した。
一瞬で距離を詰めたスプリングが剣を振るう。剣がライオネルの毛皮に当たり、カキィン、と甲高い音が響いて火花が散る。ライオネルにダメージはほとんどない。前足、後ろ足、お腹、背中、尻尾、頭、全てを攻撃するが全て毛皮に弾かれる。
「全然効かないな。おっと!」
勢いよく風を斬り裂いてライオネルの前足が襲ってきた。スプリングは紙一重で避ける。そのまま空中を蹴ってライオネルの巨体から離れる。と同時に着弾する様々な魔法の雨。爆発の煙がライオネルの視界を奪う。
『ニャォォォオオオオオオン!』
ライオネルは前足を振るって煙を振り払う。近くにスプリングはいない。いつの間にかアストレイアの傍に彼の姿があった。煙で見えない間に移動していたのだ。
「全然攻撃が効かないな」
「魔法のほうが効いてますね。ほんのわずかですが」
8本あるライオネルのHPのバーはほとんど減っていない。『Wisdom Online』の中でもトップクラスの剣士と魔法使いの攻撃でこれなのだ。魔法も斬撃も効かないライオネルは、前回倒したときは丸一日かかったという。納得のいく防御力だ。
「さて、どう倒すかな?」
何気ない口調だが、スプリングの顔には珍しく好戦的な笑みが浮かんでいる。その笑みを見たアストレイアが、はぅっ、と胸を貫かれたのは言うまでもない。
「レイアどうした? 顔を赤くして胸を押さえてるけど」
「な、なんでもありません。なんでもありませんからぁ~!」
「そ、そうか」
逆ギレ気味で叫ばれたスプリングは、顔を真っ赤にしているアストレイアを気にしないことにした。
「どうするかなぁ」
「と言いつつも、何か考えがありますよね?」
「そう言うレイアも何か思いついているよな?」
「まあ。では同時に言いましょう! せーのっ!」
二人は同時にライオネルを倒す方法を言う。
「目や口の中を狙う」
「水魔法で水責めします!」
二人は視線を合わせて一瞬沈黙する。
「うわぁ…目や口の中を攻撃するなんてえげつないですね………ちょっと引きます」
「レイアさん!? 本当に引かないで!? それを言ったらレイアだってえげつないだろ! 水責めなんて拷問だぞ拷問!」
「仕方がないじゃないですか! このゲームのモンスターは何故か窒息で倒せるんですから! 変なところまで細かく作った運営に言ってくださいよ!」
スプリングとアストレイアは息を荒げながら、お互いに言いたいことを言い合う。熱くなった二人は全て言い終わると深呼吸して頭を冷やす。
「で、まずはどっちの方法を試す?」
「まずは先輩の方法から。効かなかったら私の方法で。それでもダメだったら力づくで倒しましょう」
「了解。ちょっと本気を出して、尻尾で俺たちを煽っているあの駄猫をぶっ飛ばそう」
スプリングとアストレイアが頷き合い、キッと睨みつける先では、ライオネルが余裕綽々で欠伸をして待ち構えていた。
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