第79話 素材集め その4 ライオネル戦

 

『ここから先はボスエリアです。ボスに挑戦しますか?』  『YES』


 アストレイアとスプリングは手を繋いで、虹色の壁を通り抜ける。壁を抜けるとボスエリアだ。百メートル先に大きな巨体が余裕綽々で寝そべっていた。ふさふさの鬣、黄褐色の体毛、鋭い牙。百獣の王らしく二人を冷たく見下ろしている。

『イーネーム草原』の徘徊型レイドボスモンスター、ライオネルだ。巨体の横にHPのバーが八本出現している。


「でかいな」


「でかいですねぇ」


 全長三十メートルを超えるレイドボスモンスターを見て、アストレイアとスプリングは呆気にとられる。ライオネルがゆっくりと立ち上がった。そして、天に向かって大きく咆哮する。


『ニャァァァアアアアアォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!』


 ビリビリと空気が震える。咆哮で巻き起こった風が二人を襲う。


「って猫かよ! ライオンだったら『ガオォ!』だろ! なんで『ニャォオ!』なんだよ!」


 スプリングがツッコミを入れる。ライオンなのに猫の泣き声だったのが気に入らなかったようだ。少し怒りがこもっている。


「一応ネコ科の動物ですし」


「そうですけどね!?」


 冷静に観察するアストレイア。スプリングは何とも言えない感情を持て余す。


「先輩! 抱っこ!」


「うおっ!」


 アストレイアはスプリングの首に抱きついて、お姫様抱っこを要求する。勝手に体が動き、スプリングは反射的に彼女をお姫様抱っこをする。条件反射だ。調教済みのスプリングは彼女を抱っこしたのはいいものの、なぜ今の状況で抱っこを要求されたのかわからない。

 ライオネルが前足を大きく振りかぶって勢いよく地面に叩きつけた。

 アストレイアが叫ぶ。


「先輩ジャンプ!」


「おうっ!」


 彼女の命令を受けたスプリングは何も考えることなく空中に飛び上がる。彼には何が起こっているのかわからない。困惑したまま宙に立つ。スプリングは腕の中にいるアストレイアに問いかけた。


「レイアさん? 一体何が?」


「下を見てください」


「下? ・・・・地面が揺れてる? ライオネルの魔法か?」


 下を見ると地面が大きく波打っている。さっきライオネルが前足で地面を叩いて引き起こした地震だ。空中にいるおかげで地震の影響を受けていない。


「ライオネルは土属性。土属性の魔法を使ってきます。ライオネルは戦闘開始直後に『地震アースクェイク』を放つそうです」


「・・・・・・・・俺、聞いてないんだけど」


「今言いましたから」


 地震が治まった大地。ライオネルの巨体が輝いた。ライオネルの周囲に土で出来た大量の弾丸が出現する。


「次に『土弾アースバレット』を大量に放つそうですよ」


「うおっ! 情報が遅いぞぉぉおおおおおおおおおおおお!」


 迫りくる土の弾丸を驚異的な反射神経で避ける。避けて避けて避けまくる。宙を駆け回り、回転し、お姫様抱っこをしているアストレイアに当たらないよう避け続ける。

 抱っこされているアストレイアは高所恐怖症のため、顔を青くしながら必死で目を瞑り、スプリングの身体にしがみついている。

 全ての弾丸を避けたスプリングは、息を荒げながら地面へと降り立った。アストレイアを優しく下ろす。彼女が頭を優しく撫でてくれた。


「はぁ・・・はぁ・・・レイアは大丈夫だったか? 結構激しく動き回ったぞ」


「目を瞑って先輩ことを考えていたら結構大丈夫ですよ。先輩の腕の中は安心しますし」


「あれ? でも、さっき激怒してたよな?」


 激怒していたアストレイアを思い出してスプリングは顔を青くする。それを見たアストレイアは可愛らしくクスクスと笑った。


「あぁ、あれですか。半分は演技ですね」


「はぁ?」


 スプリングは固まる。心の底から恐怖を感じたアストレイアの怒りは演技だったというのか。彼にはアストレイアの言葉が本当かどうかわからない。

 困惑しているスプリングを見て、アストレイアはクスクス笑う。


「いやー最初は怒っていたんですけどね。母が怒った時の真似をしてみたら効果てきめんでした。先輩の怖がる表情が可愛くて可愛くて、もうずっと愛でていたかったです! 今、録画しなかったのを後悔していますよ」


「・・・えっ? 嘘だよな?」


「本当ですよ。顔に出さないようにするのが大変でした」


「・・・・心の中で笑っていたのか?」


「はい! もう盛大にニヤニヤしてました!」


 輝く笑顔でぶっちゃけるアストレイア。ようやく状況を理解し始めたスプリングは、はぁ、と安堵の息を吐いた。彼はアストレイアを激怒させたことを猛烈に反省していたのだ。少し嫌われたかもしれないと思っていた。

 しかし、半分は彼女の演技だったという。スプリングは心が軽くなった。でも少しだけ、彼女に怒りを感じる。


「あっ、先輩が怒った」


「・・・・・・怒ってない」


「じゃあ、拗ねてます」


「・・・・・・拗ねてない」


「いやいや! 先輩の頬が膨れていますから! ムスッとしてますし! 流石にちょっと私もやり過ぎたと思っていますけど、先輩のせいでもあるんですからね! ちょっと先輩! 顔を逸らさないで私のほうを見てくださいよ!」


「・・・・・・・・いやだ」


 スプリングはプイっと顔を逸らしてアストレイアと視線を合わせない。明らかに拗ねている。

 アストレイアは拗ねる彼を見て目を輝かせる。そして悶え始めた。


「ぐへへ・・・先輩が拗ねています・・・可愛い! せ、先輩! 写真撮るのでこっち向いてください! あっ、やっぱりそのまま顔を逸らしててください! そのほうがいいです! 拗ねてる感じがします! ぐへへへへ・・・拗ねてるしぇんぱい・・・とてもかわいい・・・!」


 涎を垂らしそうに顔が緩んでいるアストレイア。拗ねているスプリングをあらゆる角度から撮影する。

 乙女がしてはいけない顔をしているアストレイアを見てると、怒っているのが馬鹿らしくなった。もう既に百枚以上写真を撮られている。そろそろアストレイアを止めてもいい頃だろう。


「アストレイアさ~ん! そろそろ撮影会は終了で~す!」


「あぁ・・・可愛い先輩がいなくなりました・・・。また今度拗ねてくださいね!」


「いやいや! 俺は演技出来ないぞ!」


「じゃあ、私が揶揄って拗ねさせます!」


「どれだけ俺を拗ねさせたいんだ・・・」


 イラッとするほど可愛らしい笑顔を浮かべているアストレイア。彼はその笑顔を崩したくなる。彼は衝動に身を任せ、アストレイアに飛び掛かった。


「ひゃっ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! く、くすぐらないでくださいっ! あっダメ! あはははははははははははっ! いひひひひひひひひひひひいひっ! しぇんぱいなんでっ? ひ~~~~~~~~~~~!」


「何故ってくすぐりたくなったから」


「や、やめて~~~~~~! ははははははははははははっ! ひぃっ! ひぃっ! ひぃ~~~~~~~~~~~~~~!」


 体中をくすぐるスプリングと息ができないほど笑っているアストレイア。二人は仲良く楽しげにいちゃついている。二人はここがボスエリアだということをきれいさっぱり忘れている。

 二人に忘れ去られているライオネルは困惑したまま、攻撃を仕掛けることなくオロオロしていた。


「ここか? ここかな?」


「あはははははっ! だ~め~! だめですせんぱ~い!」


 しばらくの間、ボスエリアには二人の楽しげな笑い声が響き渡っていた。

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