第78話 素材集め その3

 

「さあ! やってきましたイーネーム草原!」


 アストレイアの大声が広大な草原に消えていく。スプリングとアストレイアはイーネーム草原の徘徊型レイドボスモンスター”ライオネル”と戦いに来ていた。疲労から復活したスプリングが感嘆の声を上げる。


「おぉ! 広いなぁ。風も気持ちいいし」


「ですよね~」


 そして、二人の間に沈黙が訪れる。草原を吹き渡る風が二人の間を駆け抜ける。

 沈黙を破ったのはスプリングだった。


「なぁ、一ついいか?」


「どうぞ」


「ここ草原じゃなくてサバンナだよな!?」


 スプリングのツッコミが目の前の草原に消えていく。ほとんど木がなく、茶色い草と茶色い乾いた大地に砂ぼこりが舞っている。ジャッカルやシマウマ、ヌーのようなモンスターもちらほら確認できる。


「サバンナ、サバナとも言われる乾季と雨季がある熱帯長草草原地帯ですね。一応草原です」


「俺が想像していた草原は、もっとこう、緑色の草が生い茂った場所だったんだが!」


「それは先輩が勝手に想像していただけです。考えてみてください。ライオンが生息していそうな場所は緑の草原ですか? それとも目の前の乾いた草原ですか?」


「・・・目の前の乾いた草原です」


「ならいいじゃないですか。さあ行きますよ!」


 アストレイアがスプリングの腕を掴み引きずっていった。

 数時間、アストレイアとスプリングは草原を彷徨っていた。時折襲ってくるモンスターを簡単に討伐しながら歩き続ける。今回の目的はこの草原にいる徘徊型レイドボスモンスター。どこにいるのかわからないのだ。


「どこにいるんだろうなぁ」


 スプリングが群れで襲ってきたハイエナ型のモンスターの最後の一匹を斬り裂きながらつぶやいた。剣で斬り裂かれたモンスターが光をあげながら消滅する。


「無駄に広いですからねぇ。おおよそですが二十キロ四方らしいですよ」


「広すぎ! もう少し狭くしてほしかったなぁ」


 スプリングとアストレイアは再び荒野を歩き回る。流石に二人も疲労が溜まってきた。二人の間に会話はない。それくらい疲れたのだ。トボトボと歩き続ける。


「あぁ! もう!」


 スプリングが急に大声をあげた。アストレイアがビクッとする。驚いているアストレイアをスプリングは抱き上げた。お姫様抱っこだ。


「いきなり何するんですか!?」


「ん? ただしたくなったから。嫌だったか?」


「……嫌なわけないじゃないですか」


 恥ずかしそうに顔をそっぽ向けるアストレイア。スプリングは微笑んで、また探索を始める。

 腕の中のアストレイアがふと何かを思いついた。


「先輩? 空から探すって方法はどうでしょう?」


「おぉ! それナイスアイデア! 最初からそうしておけばよかったかな? んじゃ、早速行きますか」


「えっ? ちょっと待ってください! 先輩!? 先輩待って! きゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 地面を蹴り、空中へ昇っていくスプリング。アストレイアは彼の腕の中で悲鳴を上げ、必死でしがみつく。空中に立つスプリングは不思議そうに彼女を見た。


「どうした?」


「先輩の馬鹿! アホ! ヘタレ! 誑し! ヘタレ! 大好き!」


「レイアさん? しれっと告白を混ぜないでくれませんかね? 不意打ちには弱いんですけど!」


「せんぱいのばかぁ~!」


 アストレイアは今にも泣きそうだ。必死で目を瞑り、痛いくらいスプリングの身体を握りしめる。顔は青白くなって身体をブルブルと震わせている。


「ど、どうしたんだ!? あっ! レイアって高所恐怖症だったな!」


「せんぱいのあほ~!」


「・・・・・俺のことは?」


「だいすきぃ~!」


 あまりの恐怖で自分で何を言っているのかアストレイアは気づいていない。しがみつくので必死なのだ。彼女の告白を聞いてスプリングは満足そうだ。

 怯えているアストレイアを愛でるのを止めて、スプリングは地上を見下ろす。空にいることで遥か遠くまで眺めることができる。360度見渡し、遠くに虹色の光を見つけた。ボスエリアの光だ。


「あっ! あれはボスエリアじゃないか? ほら! レイアも見てみて!」


「ムリムリ! 絶対に無理です! 私に死ねって言ってるんですか!? 高いところから真下を見ろって言うんですか!? 先輩最低です!」


「真下じゃないんだけど・・・」


「私にとっては真下です! 絶対に目を開けませんから!」


 本気で嫌がるアストレイアにスプリングはムクムクと嗜虐心が沸き起こる。もっと彼女を虐めたくなる。日頃揶揄われているからやり返すのだ。

 スプリングはアストレイアをお姫様抱っこしたまま宙を駆けまわり始める。上下に前後左右、あらゆる方向に走り、回転し、アストレイアの方向感覚を狂わせる。


「ぎゃぁあああああああああああ! 降ろして! 地面に降ろしてぇぇええええええええええええええ! 嫌ぁぁぁあああああああああああああああああああああ!」


「アハハハハハ! アハハハハハハハハハ!」


 アストレイアの悲鳴とスプリングの笑い声が草原に響き渡った。十分楽しんだところで、スプリングはボスエリアの近くに降り立つ。泣き叫んで震えている彼女をゆっくりと地面に降ろす。腰が抜けて動けないようだ。涙が止まらないアストレイアを見て、やり過ぎたと反省する。


「ぐすっ! しぇんぱいのばぁかぁ~! きらい・・・だいっきらい!」


「ご、ごめん! つい・・・うわっ!」


 泣き叫ぶアストレイアに押し倒された。涙で濡れている唇を、何度も何度も何度も何度も押し当てて、キスしてくる。痛いくらいに抱きしめられたままキスされる。二人はしばらく草原に横たわりキスを続ける。

 ようやく落ち着いたアストレイアがキスを止めた。体を起こし、スプリングの上に馬乗りになったまま動かない。彼女の瞳が真っ黒な怒りに燃えている。スプリングは背筋が寒くなる。


「うふ・・・うふふふふ・・・」


「ア、アストレイアさん?」


「なにかしら? スプリング?」


「っ!?」


 今までにないほどの恐怖がスプリングを襲う。アストレイアが彼を名前で呼んだのだ。口調も変わるほど彼女は激怒している。スプリングと出会ってから一番激怒している。恐怖でスプリングの歯がカチカチと鳴る。


「あらあら? どうしたのかしら? 私の愛しい愛しいスプリング・・・」


「ひぃっ!」


「そんなに怯えるなんて酷いわぁ」


 瞳を燃やしながら、大人っぽく艶美に笑うアストレイアはスプリングの頬を優しく撫でる。ゾクゾクとした震えが彼を襲う。それは恐怖からか快感からかわからない。男を虜にする魔性の女に囚われた。


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


「うふふ。私の願いを叶えてくれるなら許してあげる」


「何でも言うこと聞きますから! いつものアストレイアさんに戻ってください!」


「願いの数は無限。期間は一生。どう?」


「それでいいです!」


 アストレイアが身体を倒して、顔をスプリングの顔に近づける。そして、耳元で囁いた。


「契約成立です。覚悟してくださいね、先輩♡」


 ふぅ、と最後に耳に息を吹きかけてアストレイアが起き上がる。彼女の顔はいつも通りに戻っていた。怒りはもうどこにもない。ニコニコ笑顔のアストレイアだ。


「アストレイアさん?」


「はい。何ですか、先輩?」


「怒ってない?」


「怒ってますよ。でも、先輩が私の願いを叶えてくれるそうですから! 初めはアンデッド狩り! 次はお化け屋敷! 最後にホラー映画! 他にもまだまだ先輩と一緒に叶えたい願いは沢山ありますよ! 一生ですからね! とても楽しみです!」


 嬉しそうなアストレイアとは対称にスプリングの顔は真っ青になる。


「先輩? 約束しましたよね?」


「あはは・・・手加減してください」


「嫌です♡」


 綺麗な笑顔でスプリングの言葉をバッサリと両断する。彼は調子に乗ってしまった自分の行動を呪う。さっきの自分をぶん殴りたい。しかし、それは叶わない。彼は潔く諦めた。


「俺の馬鹿」


「そうですね。先輩は馬鹿です。それで? さっさとボスに挑戦します?」


「・・・もう少し待ってください」


「仕方がありませんね。もう少しだけ待ってあげます」


 アストレイアがスプリングの身体の上に寝そべる。ゲームの中には虫もいないからいつまでも地面に寝ることができる。


「私の願いはホラー系だけじゃないんですよ。楽しいことも嬉しいこともたくさん先輩としたいんですから! 覚悟してください!」


「ホラーは無くていいんだけどな・・・」


「そう言ってるとホラーだけにしますよ?」


「それは勘弁してください!」


 しばらく、二人はボスエリアの前で抱きしめ合い、お互いの温もりを感じながら寝そべっていた。

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