第77話 素材集め その2

 

 始まりの街ファーストで二人の人物が歩いていた。一人は見るからに疲労しており、鉛のような体を引きずるようにトボトボと歩いている。もう一人は肌がつやつやで元気がよく、足取りは軽くて弾むように歩いている。

 げっそりと疲れている人物が力なく呟いた。


「わ、忘れてた・・・レイアはサキュバスだった・・・」


 スプリングは笑顔で超ご機嫌のアストレイアを見上げる。アストレイアが彼の視線に気づいた。


「どうしました、先輩? うふふ。お疲れですね」


「誰かさんに元気を吸い取られたからな」


「うふふ。珍しく積極的で荒々しい先輩でしたね。あぁ・・・かっこよくて素敵でした! まぁ先輩はいつもかっこいいですが、あんな先輩もたまにはいいですね。ここが現実じゃなかったことが少し残念です。次は現実リアルでお願いします」


「そしたら俺、干からびて死ぬかも」


「そういうのは男性の理想ですよね?」


「どこがっ!? 俺はレイアと長生きして老衰で穏やかに死にたいですよ!?」


 スプリングの言葉を聞いたアストレイアが顔を赤くして視線を逸らす。彼女の反応を見てスプリングは今自分が口走った内容に気づく。言い訳しようとするがアストレイアの言葉のほうが早かった。


「先輩! 不意打ちは卑怯です!」


「す、すまん。つい口が滑って」


「ふぅ~ん? 口が滑ったということは心の中ではそう思っていたんですね~。ほうほう! 先輩はそんな未来まで考えていたんですか。先輩、私のこと好きすぎじゃありません?」


 顔を赤くしながらアストレイアが盛大に揶揄ってくる。


「わ、悪いか!?」


「悪くないですよ~! こうして先輩を揶揄えるのでとても楽しいです! やっぱり恥ずかしそうな顔をする先輩は可愛いですねぇ」


「・・・レイアも恥ずかしそうだけどな」


「・・・う、うるさいです。私を見ないでください!」


 アストレイアが顔をそむけてスプリングから見えないようにする。お互い意識して、ぎこちない雰囲気になったがすぐに目的地に着いた。二人はお店の中に入る。


「邪魔すんでー」


「邪魔すんやったら帰ってー」


「・・・今日は帰りたくないです」


「あら? どうしたのまおーくん。とっても疲れているみたいだけど」


 いつものやり取りを終えた店主の女性がスプリングを見て心配そうに問いかけた。ここは『万屋八百万』。店主のペーパーが経営するお店だ。彼女はプレイヤーからカミさんと呼ばれている。


「・・・レイアのせいです」


「何言ってるんですか! 先輩が襲ってきましたよね? 人のせいにしないでください! 先輩の自業自得です!」


「アストレイアちゃんもいらっしゃい。アストレイアちゃんはお肌がツルツルで機嫌がよさそうね。あっ!? もしかしてヤッちゃった?」


 ペーパーがニヤニヤ笑って問いかけた。アストレイアもニヤニヤ笑いを返しながらサムズアップする。


「はい! ヤッちゃっいました!」


 ペーパーが目を輝かせてサムズアップをする。スプリングはアストレイアを止め、ペーパーの誤解を解く元気がない。


「もちろん、ここではキスまでしかできないのでそれだけですけどね。でも、このヘタレの先輩が珍しく積極的で荒々しかったです。もうかっこよすぎてかっこよかったです! 私、堕ちちゃいました」


 途中、言葉がおかしくなるほどアストレイアは興奮している。ペーパーがニヤニヤ笑いをスプリングに向ける。


「へぇ~。まおーくんもやるようになったわね。女の子は男の子の元気を吸い取って、愛されれば愛されるほど可愛く綺麗で美しくなるのよ。まおーくん、沢山搾り取られなさい! それに聞いたわよ! 現実リアルでも唇にキスをしたらしいじゃない。初デートでファーストキスですって? うふふふふ。おめでとう二人とも」


「あっ、ありがとうございます・・・って何でそんなこと知っているんですかっ!? まだ一週間も経ってませんよ!?」


 アストレイアがわかりやすく視線を逸らした。それに、初デートでキスをしたことは自分も含め四人しかいないはずだ。自分以外の二人はアストレイアの両親。彼らは『Wisdom Online』に関わっていない。そうなると、残りはアストレイア本人しかいない。


「ちょっとレイアさん!?」


「だ、だってカミさんにはいろいろお世話になってますし、アドバイスも頂いたので、報告するのが礼儀じゃないですか!」


「あっ、アストレイアちゃん。また女子会を開催するから今度連絡するわ。シェリーちゃんからも聞いたけどもっと詳しく聞きたいわ。それにお泊り旅行の計画も立てないと! やることは沢山あるわよ!」


「了解しました! よろしくお願いします!」


 女性二人が何やら盛り上がっている。スプリングは疲れ果てて、もうどうでもよくなってきた。二人の話が終わるまで大人しく待っていた。

 アストレイアとペーパーが話し込み、その途中でふとペーパーが思い出した。


「あら? そういえば、まおーくんとアストレイアちゃんはどうしてウチに来たの? 何か用事?」


「あっ、そうでした! 先輩が暴れたいそうで何か情報はないか聞きに来たんでした! ほら先輩! 隅っこで小さくなってないでこっちに来てください」


 店の隅っこで、体育座りで座り込んでいたスプリングをアストレイアは引っ張る。ペーパーが申し訳なさそうにスプリングに言った。


「アストレイアちゃんと暴れたいのはわかるけど、ここは全年齢対象だから期待してもできないわよ。というか、キスはできるんだから家でたっくさんしなさいよ! 寝室あるでしょう! さっさと帰りなさい!」


「なんでカミさんまでそんな考えになるんですか!? モンスター討伐で暴れたいってことですよ! というか、レイアとそういうことしたいなら現実リアルで誘いますよ! それに今ホームに帰ったら俺死にます! レイアに元気を吸い取られてミイラになって死にます! だから帰りたくありません!」


 ペーパーが毅然とした態度でアストレイアに命じる。


「アストレイアちゃん! まおーくんを連れて帰りなさい!」


「Yes! Ma'am!」


 アストレイアがペーパーに敬礼してスプリングの腕を掴み引きずって帰ろうとする。彼は必死に抵抗する。


「は、離せ! 離してください! お願いしますアストレイアさぁん! 俺、死んじゃうから!」


「大丈夫です! 死ぬときは一緒です♡ 先輩が死んだら私も自殺しますので」


「・・・アストレイアさん? 俺のこと好きすぎじゃありません?」


「わ、悪いですか!?」


「いや~悪くないぞ。恥ずかしそうな顔をしているレイアはやっぱり可愛いなぁ」


 恥ずかしそうに顔を逸らすアストレイアと、彼女を揶揄って楽しそうなスプリング。先ほど、似たようなやり取りをした気がするが気にしない。

 イチャイチャしている二人にペーパーは戦慄している。


「ふ、二人とも大丈夫なの? 前から思っていたけれど、私の予想以上に狂ってるわ。アストレイアちゃんの愛は重いし、それをまおーくんが平然と受け入れているんだけど!?」


「そうですか? 普通だと思いますけど」


「先輩、私たちは決して普通じゃありませんからね。基準にしたらダメです。それにカミさん、私たちは揶揄って遊んでいるので結構冗談が多いですよ」


「本当に? アストレイアちゃんはまおーくんが死んだら本当に後を追いそうなんだけど」


 アストレイアはペーパーの言葉にニッコリ笑っているだけだ。肯定も否定もしない。それが逆に怖い。ペーパーは寒気がして、これ以上追及しないことにする。ペーパーは声を裏返しながら本題に話を戻す。


「え、えっと、まおーくんがモンスターを倒して暴れたいって話だったわね」


 ペーパーは画面を操作してまとめた情報を閲覧する。


「どんなのがいい? レイドボスとか?」


「なんでもいいですよ」


「う~ん。じゃあ、これはどうかしら? イーネーム草原にいる”ライオネル”。徘徊型レイドボスモンスターよ。今までで一回しか倒されていないモンスター。魔法攻撃や物理攻撃がほとんど効かないわ。これを倒した人たちは長時間かけて地道に体力を削ったんですって。倒すのに一日かけたらしいわ」


「カミさん、そのモンスターは斬撃はほぼ無効だったりします? 矢も効かなかったり」


 ペーパーの説明を聞いてアストレイアが問いかけた。ペーパーが頷く。


「ええ。剣も矢も弾き返されたらしいわよ。打撃のほうが効くらしいわ。何か知っているのアストレイアちゃん?」


「いや、なぜ気づかないのかが不思議ですね。イーネームは”ename”、これを入れ換えると”nemea”、ネメアになるじゃないですか。ネメアの獅子は有名ですよ」


「何か聞いたことがあるな。確か、ネメアの獅子ってギリシャ神話の話だったよな?」


 スプリングの言葉にアストレイアは頷いて説明し始める。


「ネメアのライオン、ネメアーの獅子など言い方はいろいろありますが、英雄ヘラクレスが行った十二の功業の一つです。その獅子には斬撃が通用せず、ヘラクレスは三日間格闘し、最終的には絞め殺したと言われています。その後獅子は獅子座になったらしいですよ。たぶん、これがモデルになっていると思います」


「なるほどねぇ。日本語では考えていたけれどスペルを入れ換えるのね」


 ペーパーが感心したように頷いている。そして、真面目な顔をして情報を一から確認し始める。


「まだいろいろありそうね。世界中の伝説と照らし合わせてみるわ」


「お願いします。私たちはサクッと倒してきますので」


「わかったわ。それでも暇だったら最前線に行ってみて! ここ最近全く進歩がないから」


「了解です。さあ先輩! 行きますよ!」


「え、えぇ!」


 アストレイアがスプリングの服の襟を引っ掴み、引きずって店から退出する。スプリングは突然のことで呆気に取られている。そのまま、二人はボスモンスターのところへ向かった。

 店の中に一人残っている情報屋は舌なめずりをして情報の確認を行っていた。

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