第75話 無意識
キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムが鳴る。今から昼休みだ。クラスメイト達が楽しそうな声で話し始める。
春真はカバンからお弁当を取り出した。包みを開いていると志紀がニヤニヤしながら近づいてきた。パンを持って空いている隣の席に座る。
「よう! 親友!」
「何のようだ?」
「匿名で、ある情報が寄せられたんだ。一昨日の土曜日、お前とマドンナちゃんは仲良くデートをしていたらしいじゃないか! 詳しく教えろ!」
「い・や・だ! 教えるわけないだろ!」
「ほうほう。否定はしないのか」
志紀のにやけた笑いがムカつく。春真は弁当に集中して親友を無視する。志紀は内緒話をするように顔を近づけてきた。
「誰にも言わないから教えてくれよ~! 春真くぅ~ん」
「きもい」
「ひどっ! 秘密にするから! 絶対に言わないから! 俺たち親友だろ?」
「お前、口軽いだろ。それに、周りを見てみろ。なぜ、クラス中の人間が俺たちの周りに集まってるんだ? 誰一人喋ってないし! 聞く気満々だろ!」
春真が周囲を見渡し、クラスメイト達を睨みつける。彼らはスゥっと視線を逸らす。話を盗み聞きする気満々で、席を移動する気もないようだ。
「いつものことだ。気にすんな!」
「気にするわ! どこがいつものことだ! 初めてだこんなこと!」
春真が不貞腐れて弁当を食べ始めようとしたとき、静かな教室に綺麗な声が響いた。
「こんにちはー! お兄さんいますか~?」
東山伶愛だ。彼女の後ろには夏稀と雪の姿もある。
クラス中が騒めく。期待と興奮と嫉妬と殺意が教室に溢れ出す。
三人は気にすることなく春真に近づいてきた。
「何のようだ?」
三人娘は手に持ったお弁当をアピールする。
「お兄ちゃん! 一緒にご飯食べよー!」
「・・・伶愛も巻き添え」
「あはは。巻き添えくらいました。私も一緒にいいですか、お兄さん?」
春真の許可を得る前に、三人は周囲の席から椅子を持って春真の机に集まった。椅子は、近くにいた春真のクラスメイト達が自主的に譲ったのだ。
学校でも有名な美少女三人が押し掛けてきたことでクラス中が騒めいている。他のクラスから覗きに来ている人もいるようだ。
春真は視線だけで伶愛に問いかける。
『何が目的だ?』
『別に。ただお弁当を一緒に食べたいだけです』
『俺、今デートのことを質問されたばかりだったんだが』
『あ、やっぱり! 私にも質問されたんですよ。だから逃げてきました』
『俺を道連れにする気だな?』
『もちろんです! 先輩も巻き込んでやります』
春真は、はぁ、と深い深いため息をついた。
「何を言っても無駄のようだな。好きにしろ」
「「「はーい!」」」
三人娘は嬉しそうにお弁当を開けて食べ始める。春真もお弁当を食べ始めた。
周囲のクラスメイト達が興味津々で静かに様子をうかがっているのがわかる。教室が静かなため、普通に話しても声が全員に聞こえる。
「ねぇ東山ちゃん。土曜日に春真とデートに行ったのは本当かい?」
食べながら志紀が問いかけてきた。伶愛は余所行きの冷たい声で答える。
「ええ。本当ですよ」
教室に女子の黄色い歓声と男子の血の涙を流す絶叫が響き渡る。
夏稀が周りを気にせず、春真の手作り弁当を美味しそうに食べながらのんびりと聞いてきた。
「伶愛ちゃん、お兄ちゃんはどうだった?」
「たくさん洋服選んでもらっちゃった。そうだ二人とも! お兄さんを調教しすぎだよ!」
「んっ! 頑張った。でも春にぃかっこよかったでしょ」
「・・・そりゃそうだけど」
伶愛がチラッと春真を見て頬を赤くする。それを見ていたクラスメイト達が騒ぎ出す。恋の予感に女子たちが興奮し、男子たちは伶愛に胸を撃ち抜かれて倒れるものと春真を殺そうとするものにわかれる。
しかし、春真は気づいていた。これが伶愛の演技だということに。春真を一瞬見た時、彼女はニヤリと笑ったのだ。
春真は再びため息をついた。妙にテンションが高い志紀が春真の肩を組んできた。お弁当が食べにくい。
「よかったな。お前たち付き合えて」
「はっ? 何言ってんだ? 俺たち付き合ってないぞ」
「そうですよ。私はお兄さんと付き合ってませんよ」
「えっ?」
志紀と周囲のクラスメイト達が驚きの声を上げる。伶愛が付き合っていないとわかった男子たちの歓声がうるさい。春真と伶愛は気にせず、お弁当を食べる。
「えっ? 付き合ってないのか?」
「付き合ってないぞ。東山さん、俺と付き合うか?」
春真が平然と申し出る。あっさりしすぎて周りの誰一人反応できなかった。伶愛が可愛らしく答える。
「お断りします♡」
答えがわかっていた春真は気にせずお弁当を食べる。伶愛も上品にお弁当を食べる。
ひと呼吸遅れて告白を理解した周りのクラスメイト達は喜びや落胆で大騒ぎ。
春真がチラリと伶愛を見ると、彼女と視線が合った。可愛らしく微笑み、桜色の綺麗な唇が動き、ある単語を口パクする。
『ス・キ♡』
そして、小さくウィンクをした。周りはお祭り騒ぎで誰一人気づいていない。
春真は思わず視線を逸らし、小さく口を動かす。
『バカ』
伶愛もわかったのだろう。照れている春真を見てクスクス笑っている。
この二人のやり取りを夏稀と雪だけは気づいていて、微笑ましそうに頷いていた。
ようやく周りが静まってきたころ、志紀が、顔はとても楽しそうだが、心底残念そうな声を出して春真を慰めてくる。
「いやー残念だったな。見事にフラれたな」
「そりゃどーも」
春真はどうでもよさそうにお弁当から卵焼きを箸で摘まむ。
「その卵焼きでも食べて元気出せ!」
「俺が作ったんだが。ここはお前が何か奢ってくれる場面だと思うぞ」
「何のことかな!」
志紀が春真の背中をバンバン叩く。おかげで食べることができない。危うく卵焼きを落とすところだった。
「まぁ、お兄ちゃんの卵焼きは絶品だからね」
「んっ。春にぃの卵焼きは美味しい」
「いいなぁ。私もお兄さんの卵焼き食べたいです。お兄さん何かと交換しましょう! あっ・・・」
「んぐっ! すまん。もう一口食べた」
伶愛が春真に視線を向けた時、最後の卵焼きを丁度一口食べたところだった。もう既に夏稀と雪は食べてしまっている。伶愛が頬を膨らませて、むむむ、と唸り始める。
「むぅ! 先輩!」
「いや、食べかけだし」
伶愛が、食べたい食べたい食べたい、と無言でおねだりしてくる。春真は何を言っても無駄だと諦めた。食べかけの卵焼きを箸で伶愛の口元に持っていく。所謂あ~んというやつだ。伶愛の目が輝き、卵焼きを口に含む。そして、卵焼きの美味しさに頬が緩む。
「うぅ~ん! 美味しいです! 流石先輩ですね」
「それはどうも」
食べ終わった伶愛は自分のお弁当から唐揚げを箸で摘まむと一口食べた。そして、食べかけの唐揚げを春真に差し出す。
「先輩にお礼です。冷食の唐揚げですけど」
「なんで食べかけ?」
「食べかけの卵焼きを貰いましたから。はい先輩、あ~ん♡」
春真は何の迷いもなく伶愛からあ~んをしてもらう。食べかけの唐揚げをゆっくり咀嚼して味わう。
「この唐揚げ美味しいな。どこの唐揚げだ?」
「さあ? 私は知りません。今日のお弁当は父が作ったので。後で聞いときますね。もしかしたら、母が買ってきたのかもしれませんが。それとも、先輩が直接聞きます?」
「あぁ~俺が聞いとくよ。伶愛を経由するとぶっちゃけ面倒くさいだろ?」
「はい。面倒くさいです! あっ父に連絡したほうがいいかもしれません。今朝、母はテンションMAXでした。絶対に揶揄われますよ」
「あぁ・・・大丈夫だ。もう既に揶揄われた」
春真がスマホの画面を伶愛に見せる。そこには伶愛の母である愛華からのメールが沢山映し出されていた。
「あっ・・・お疲れ様です・・・んっ? 何ですか、この”伶愛ちゃんの可愛い写真”というタイトルは?」
「あっ!」
春真は咄嗟にスマホを隠す。伶愛は凍えるような笑みを浮かべると春真に掴みかかる。
「こら! 先輩! スマホを渡してください!」
「い、いやだ!」
「何の写真ですか!? 一体どんな写真ですか!? 先輩! 渡してください!」
「絶対嫌だ! だって消すだろ!」
「当たり前です!」
二人はどこにいるのかも忘れて激しくもみ合う。伶愛が座っている春真に抱きつくようにしてスマホを奪おうとする。しかし、春真は手を目いっぱい伸ばして取られないようにしている。傍から見ると、ただいちゃついているカップルだ。
「あの~お二人さん?」
二人きりのいちゃラブ空間に志紀が恐る恐る割り込んできた。その声で二人はどこにいるのか思い出した。二人は抱き合うような格好で固まり、ギギギっと錆びた機械のように首を動かす。周囲を見渡すと、目をキラキラさせている女子たちと、人を殺せそうな視線で睨みつけている男子たちがいた。誰一人喋っていない。
「ちょ~っと聞きたいことや言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
無意識にいちゃついてしまったバカップルは、昼休み終了のチャイムが鳴るまで尋問された。
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