第74話 デート後の疲れ(二日連続)

 

 アストレイアがスプリングの胸倉を掴んで激しく揺さぶっている。スプリングの首が取れそうな勢いだ。


「うわぁぁああああん! もういやです! いやぁぁあああああ!」


「レ、レイア、首が・・・」


「私、家出します! 家出してやるぅぅうううううううううう!」


 アストレイアの絶叫がリビングに響き渡る。スプリングは何もできず、されるがままに揺さぶられる。

 彼女が落ち着いたのは五分後のことだった。


 ▼▼▼


 顔色が悪く気分が悪そうなスプリングがソファに座っている。彼の目の前ではアストレイアが床で正座している。


「それで? ログインしてきたと思ったら、いきなり俺に掴みかかってきて死ぬかと思ったぞ。一体何があった?」


 シュンと落ち込んで反省しているアストレイアにスプリングが静かに問いかける。


「先輩。理由わかっていますよね?」


「・・・愛華さんと勤さんか?」


「そうです! 私の両親です! どうして先輩だけ帰っちゃうんですか! 先輩も今日泊ってくださいよ! それか、私を先輩のお家に泊めてくださいよぉおおおお!」


 アストレイアが泣きながらスプリングの足に縋りついてくる。事情がわかっているスプリングは優しく彼女の頭を撫でる。

 今日、アストレイアである伶愛とスプリングである春真は伶愛の家でお昼寝デートをした。デートは二日連続である。二人はお昼寝をしたのはいいが、深く眠ってしまい、起きたころには外が真っ暗だったのだ。慌てて春真が帰ろうとすると、リビングには伶愛の両親である愛華と勤の姿があった。伶愛と春真は二人に捕まり、特に愛華から散々いじられたのだ。暗くなったからと春真はすぐに帰宅したが、伶愛は両親からその後も揶揄われたのだろう。現在、アストレイアは本気で泣いている。


「うぁわあああああん! せんぱぁあああい! 一蓮托生って言ったじゃないですかぁあああああああ!」


「あぁ・・・ごめんな。一緒に居られなくてごめんな」


 スプリングはソファから降りてアストレイアを優しく抱きしめる。アストレイアが彼の体に縋りついて泣き始めた。相当辛かったのだろう。しばらく泣き止まなかった。

 泣き止んだアストレイアがスプリングの体から離れる。彼女はなぜか不敵な笑みを浮かべている。


「ふふふ。先輩、一蓮托生ですよね。道連れにしてやります。一緒に地獄へ堕ちましょう」


「何をするつもりだ!」


「うふっ♡ 先輩のコスプレ写真を母に送りつけます」


「なんだ。ぞれくらいならいいぞ」


「えっ? いいんですか?」


 あっさりと頷いたスプリングにアストレイアはキョトンとしている。反対されると思っていたのだ。


「で、どれ送るんだ?」


「あっはい、ちょっと待ってくださいね」


 アストレイアとスプリングはあーだこーだ言いながら愛華への捧げものを決めていく。途中、アストレイアがスプリングを揶揄いながら、何とか送る写真を決めた。


「俺から愛華さんに送っとくな」


「お願いしまーす」


 メールのタイトルは『生贄』。そして、いくつかの文章を書いて、写真を添付して愛華に送信した。すぐに返信があった。


「なんて返ってきたんですか?」


「ん? レイアをよろしく頼むって」


「ふぅ~ん? 先輩は母になんて送ったんですか?」


「・・・どうでもいいだろ」


「・・・先輩、言え!」


 冷え冷えと凍える声でアストレイアが命令してきた。はぁ、とスプリングは大人しく愛華に送ったメールの内容を伝える。


「伶愛が泣いてるんで、これで手を打ってください、って送ったよ。メールのタイトルは生贄な」


「それならいいです。泣いている私をお願いって書いてあったんですね」


「そういうこと。あと、今度は家に泊っていいから、だって」


「それは私も賛成です。好きに遊びに来てくださいね」


「了解!」


 アストレイアとスプリングは床に座り、ソファを背もたれにして寄り添っている。アストレイアがスプリングの肩に頭を乗せた。


「先輩。あの二人から何も言われなかったんですか?」


 あの二人とは夏稀と雪のことである。スプリングの妹と幼馴染だ。


「あ~。帰ったら二人が飛びついてきて匂いを嗅がれた。そして、声をそろえて”ヘタレ!”だってさ。そして、ご飯をねだってきた」


「あはは。あの二人らしいですね。実際、先輩ヘタレてましたね。私、ちょっと期待してたんですけど!」


「・・・ごめんなさい」


「先輩は本当に男の子なんですか!? 性欲あります?」


「あるから! 結構あるから! 太もも触ってただろ!」


「ご感想は?」


「触り心地最高でした! また触らせてください、お願いします!」


「いつでもお待ちしてます。今度は先輩から触ってくださいね」


「・・・善処します」


 アストレイアが小さくボソッと呟く。


「・・・ヘタレ」


「・・・うるさい」


「まぁ、ヘタレの先輩も可愛くて好きですよ」


 スプリングの顔が赤く染まる。アストレイアから好意を伝えてくるのは珍しい。不意打ちされたスプリングは対処できない。


「先輩、今日も疲れました。主に母のせいですけど。私を癒してください」


「何をご所望で?」


「先輩のお任せコースで」


「んじゃ、俺の言う通りにしてくれ」


 アストレイアはスプリングの言われるままに行動する。そして、アストレイアは声を上げる。


「こ、これは対面の座位ではないですか!?」


 今の二人は床に座ったまま抱き合っている。普段は、アストレイアがスプリングの胸を背もたれにして、彼が後ろから抱きしめている。正面から抱きしめ合うこの格好は初めてだ。


「あほ! ただ座って正面から抱きしめ合ってるだけだ。レイアって意外とエロいよな」


「そうですよ! 私はえっちぃ女の子です! 主に夏稀ちゃんと雪ちゃんのせいですけど! いやぁ~いろんな知識が入ってきますね。主に先輩に関することですが」


「・・・あの二人め! 今度絶対お仕置きしてやる」


「ちなみに、先輩の性癖も完璧に把握してます」


 スプリングはあることに気づいた。彼女に確かめてみる。


「・・・アストレイアさん? ちょっと確認したいことがあるので、お顔を拝見したいのですが?」


「ダメです」


 アストレイアは頑なに拒否する。スプリングをぎゅっと抱きしめて顔を隠している。スプリングは確信した。


「・・・今、結構恥ずかしいだろ?」


「・・・うるさいです。黙ってください」


 彼女が恥ずかしがったりして心の余裕がなくなるとスプリングのことを煽ったり揶揄ったりしてくる。そして、その内容はエロいことが多い。今回も彼女は恥ずかしくて心の余裕がなくなったらしい。


「・・・これ、気に入りました。座りながら先輩をぎゅっとできるので。とても恥ずかしいですけど」


「現実でもしてやろうか?」


 嗜虐心がむくむくと湧き上がったスプリングはアストレイアを揶揄う。彼女には見えないがニヤリと笑っている。


「ま、まだやめておきます。心がオーバーヒートしそうです」


「よしっ! やろう!」


「だ、だめです! 気絶しちゃいますから! 私、今でも限界なんですから! 現実でやったら倒れちゃいます!」


「だからするんだろ! キスもしてやる」


「先輩! ここはヘタレるときです! こういう時だけ積極的にならないでください! 恥ずかしいけど、してほしいかもって思っちゃうじゃないですかぁ~! 先輩のばかぁ!」


 アストレイアがスプリングの背中をポコポコと叩く。スプリングは笑いが抑えられない。小刻みに体を震わせている。


「楽しそうに笑っている先輩にはこうしてやります! カプッ! ハムハム」


 ムッとしたアストレイアは目の前にあったスプリングの耳にカプッと噛みつく。そして、甘噛みする。耳はスプリングの弱点なのだ。


「ひゃっ! や、やめろ~! 耳はやめろ~!」


ふぁふぇふぁふぇんやめません! ハムハム・・・ハムハム・・・ハムハム」


 アストレイアは離れまいとぎゅっとスプリングに抱きつく。弱点を攻撃されているスプリングは力が入らず、彼女を振りほどけない。


「やめてくれ~!」


 スプリングの弱々しい、でも、少し嬉しそうな叫びが部屋に木霊する。

 彼がダウンするまでアストレイアは甘噛みを続けていたのだった。

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