第69話 デート後の疲れ
スプリングは『Wisdom Online』にログインし、家のソファに寝そべっていた。ぐったりと疲れ果てて今にも眠りそうだ。
今日のデートで疲れたのではない。帰宅後に、妹と幼馴染による
スプリングは、ふぁあ、と大きな欠伸をする。もう何度目かわからない。目の端に浮かぶ涙を腕で強引に拭いながらスプリングは最愛の女性を待つ。
再びスプリングは大きな欠伸を始める。
「ふぁ~・・・あ?」
欠伸の途中で寝室のドアがギギーとゆっくり開いた。スプリングの欠伸が途中で止まった。寝室から出てきた人物が貞子のように床を這いながら近づいてくる。
「ヒッ! ってレイアか。何やってんだ?」
ホラーが嫌いなスプリングは一瞬驚くが、すぐにアストレイアだと気が付く。スプリングはなぜ彼女が床を這っているのかわからない。彼女の動きが止まり、手でスプリングを呼んでいる。
スプリングは恐る恐るアストレイアに近づく。
「・・・せんぱい」
彼女は顔も上げず、うつ伏せで床で倒れ伏している。小さな声が聞こえてきた。
「・・・だっこ」
「あー。動きたくないから抱っこしろ、ということか?」
一瞬で理解したスプリングはアストレイアに問いかける。彼女は答える元気もないらしい。小さく頷くだけだ。しかし、うつ伏せのまま彼女を抱き上げることは出来ない。
「せめて仰向けになってくれないか?」
アストレイアはふるふると首を横に振る。寝返りもしたくないらしい。全身から、動きたくない動きたくない動きたくない、というオーラを放っている。
スプリングは無言で彼女の身体の下に手を入れると、優しく寝返りをさせた。アストレイアは脱力したまま一切動かない。再びスプリングは彼女の背中と膝の下に手を入れる。
「レイアさ~ん。少しだけ力を入れてもらえますか? 抱っこしにくいので」
アストレイアは怠そうに嫌々体に力を入れてスプリングの首に手をまわす。スプリングはあっさりとアストレイアをお姫様抱っこすると、先ほどまで寝そべっていたソファへと移動する。そして、アストレイアをソファへゆっくりと降ろした。
アストレイアが自分の隣をポンポンと叩く。スプリングも一緒にソファで寝ろ、ということらしい。ソファはぎゅっと詰めれば二人で寝ることができる広さはある。スプリングはアストレイアを抱きしめるような形でソファに寝そべった。すぐに彼女が抱きついてくる。
アストレイアはスプリングの腕をとると自分の頭に置いた。撫でろ、ということらしい。甘えてくる彼女に微笑みながらスプリングは優しく頭を撫でる。アストレイアの顔が幸せそうに蕩ける。
「どうしてそんなに疲れてるんだ? そんなにデートがハードだったか?」
「・・・違います。デートのせいではありません」
「じゃあ何でだ?」
アストレイアの顔が幸せそうな顔から苦悶の表情を浮かべる。
「父と母のせいです」
「あぁ~。事細かに追及されて揶揄われたのか」
「それだけじゃありません・・・玄関の、あの玄関のことを録画されてました!」
「はっ?」
スプリングの時が止まる。玄関のこととは、デートの最後に抱きしめ合ったりキスしたりしたことだろう。
現実世界での二人のファーストキスの様子を録られたのだろうか。スプリングの顔が真っ青になる。
アストレイアは苦虫を嚙み潰したような顔で続ける。
「最近、防犯カメラを新しくしたらしいです。それも何台も。あらゆる角度から撮影されてました。解像度は抜群。音声も全て入ってました」
「・・・・・・・・・本当に?」
「・・・本当です。根掘り葉掘り聞かれてお風呂に逃げた後、上がったら両親がテレビで鑑賞会をしていました」
スプリングは頭を抱える。これは絶対に揶揄われる。アストレイアである伶愛の母、愛華はこういったことは大好きだ。伶愛は愛華から揶揄われたのでぐったりと疲れているに違いない。
スプリングは考えるのを止めた。どうせ揶揄われるのは決まっている。諦めたほうが早い。
スプリングとアストレイアが同時に、はぁ、とため息をついた。
「・・・先輩、死なば諸共ですよ」
「・・・もっと違う言葉にしてくれ」
「先輩を道連れにします!」
「・・・一蓮托生って言って欲しかったな」
「全部同じ意味ですよ。大して変わりません」
二人はぐったりしてソファに寝転んでいる。お互いでお互いを揶揄う分にはいい。しかし、第三者から揶揄われたくないのだ。
「もうどうでもいいです! 考えたくありません! 今は癒しが欲しいです! うわぁぁぁああああああああああ!」
アストレイアが壊れた。スプリングの身体にすがりつきながら喚き始める。スプリングは彼女を抱きしめて頭を撫でるが喚き声は止まらない。
「うぅうううううう~~~~~~~~~! むぅむぅ~~~~~~~~~~~! 先輩! 私を可愛がれ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
「はいはい。可愛がってますよ~」
「足りません! あっ! こういう時に良いものがあるじゃないですか!」
スプリングの腕の中でアストレイアが何やら操作している。ポチっと何かを押す動作をした後、画面が表示される。動画を再生したのだ。
「何の動画だ?」
「うふふふ。先輩がアンデッドに怯えている動画です」
「うぉおおい! やめろ!」
慌ててアストレイアの目をふさごうとするが彼女は激しく抵抗する。
「いやです! それともアンデッドの巣窟に今すぐ突撃しますか?」
スプリングの動きがピタッと止まる。そして、ゆっくりとアストレイアを抱きしめ直す。
「・・・思う存分見てください」
「よろしい! 私は可愛い先輩を愛でてますので、先輩は好きに過ごしてください。私の身体を好きにしていいですよ。あんなところやこんなところを触るなり、匂いを嗅ぐなり、お好きにどうぞ」
アストレイアはそう言うと動画に集中し始める。怯え、恐怖で震えながら絶叫するスプリングの姿を見て、目がトロンと蕩けている。陶酔した表情でスプリングを愛でている。スプリングも好きなことを始めた。彼女の身体を抱きしめ、頭を撫でて楽しんでいる。
動画を見ていたアストレイアがボソッと呟く。
「・・・これ、お母さんに見せたらどうなるかな?」
「おい! それは絶対にやめろ!」
「あれ? 今、口に出てましたか?」
「バッチリ出てたぞ! 愛華さんには絶対に見せるな!」
「じゃあ、夏稀ちゃんと雪ちゃんには?」
「あの二人もダメだ! 見せたらその後の濃厚なキスシーンも見せるぞ!」
「そ、それは恥ずかしいですが、もう既に両親には今日のキスシーンの動画が手に入っているんですよね。今さら一つ増えたところで・・・」
「大きく変わるから! 疲労度合いが大きく変わるから!」
「ふむ。では、いざという時の切り札として持っておきましょう。今はまだ見せるのをやめておきます」
一生誰にも見せるな、というスプリングの叫びは無視される。無視された仕返しとしてアストレイアの身体をくすぐり始める。
「あはははははははは! や、やめてください! いひひひひひひひひひひひひひ! や、やめろ~~~~~~!」
思わずタメ口になるくらいアストレイアの余裕がなくなる。スプリングは気にせずに容赦なく攻めていく。
「ほらほら~! ここか? それともここかな? それそれ~!」
「あひゃひゃひゃひゃ! ひーひっひっひっひ! もうだめぇ~!」
部屋の中には二人の楽しそうな笑い声がしばらく続いていた。
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