第67話 春真と伶愛の初デート その10

 

「ふぅ~。やっと落ち着きました」


 春真に抱きついていた伶愛は彼から離れる。先ほどまで春真に揶揄われて顔を真っ赤にしていたが、今は普通の顔に戻っている。


「あれ? いつもより早かったな」


 春真は疑問を覚える。いつも通りなら、揶揄われて真っ赤になった伶愛が平静になるには、もっと時間がかかっている。明らかに短かった。


「そうですね。よく考えたら先輩はヘタレでした。口で私を部屋に連れ込むって言っても、ヘタレで優しくて乙女な先輩はムードを気にしますからね。そんなことをするには時間がかかると判断しました」


「うぐっ!」


「それにですねぇ。先輩が旅行の時に私の初めてを貰うと宣言してたので、それ以前にすることはないと気づきました。部屋に連れ込まれるとしても数ヶ月後ですよね。そしたら恥ずかしくなくなってしまいました」


「くっ! 折角伶愛を愛でていたのに! もう少し楽しませてくれよ!」


「ダメで~す。先輩のハッピータイムは終了です。次は私のターンです」


 楽しそうに宣言する伶愛と揶揄われても大丈夫なように覚悟を決める春真。やられたらやり返す。隙を見て相手を揶揄い、恥ずかしがる姿を愛でて遊ぶ。二人のいつものやり取りだ。


「と言っても、揶揄う内容は思いついていないので、そんなに身構えなくてもいいですよ」


「ほ、本当か?」


 春真は信じることができない。何度も何度も何度も何度も何度も何度も裏切られた記憶がある。まぁ、春真も何度も何度も何度も何度も何度も何度も同じ手でやり返したが。

 何かの小説にもあった。

 ”All's fair in love and war.”  『恋と戦争ではすべてが許される』

 春真と伶愛との間の恋の戦争では、相手の隙を見て攻撃し揶揄い敗北赤面させたほうが勝ちなのだ。二人は常在戦場恋愛である。


「本当ですよ~。それよりも志保さんはどこにいますかね? 先輩に下着も選んでもらいましたし、そろそろネタ晴らしといきましょう」


「お、おう。吉田さんのキャラクター名が全く分かんないんだよなぁ」


「これだから先輩は・・・。私以外の女の人に興味ないんですから」


「それは褒めてるのか? 貶してるのか?」


 伶愛は花のような可憐な笑みを浮かべる。


「どっちもです!」


「・・・」


 春真は伶愛の笑みに見惚れ固まってしまう。瞬きすらしない。顔も身体も凍り付いている。伶愛は可憐な笑みを崩し、にやぁ~と悪戯っぽい笑みになる。


「あれぇ~? せ~んぱい? どうかしましたかぁ~? もしかして、私に見惚れちゃいましたかぁ~?」


「くっ! ・・・・・・やられた」


「ほうほう! 先輩は何にやられたんですかねぇ~?」


「・・・あっ! あそこに吉田さんがいたぞ」


 春真は露骨に話題を逸らす。伶愛はクスクスと笑っている。


「先輩は本っ当に可愛いですね! まあ、いいでしょう。志保さんのところに行きましょう!」


 伶愛は春真の腕を掴むと抱き寄せて引っ張っていく。志保は丁度カップルの案内が終わったようだ。春真と伶愛は仲良く歩いていく。歩いていると、突然、伶愛が春真の耳に口をよせて囁いた。


「さっきの話ですけど、私と先輩の部屋、両方でしてくださいね」


「・・・何のことだ?」


「先輩が私を部屋に連れ込む話です♡」


「っ!?」


「うふふふふ・・・先輩想像しましたね? あぁ・・・先輩が可愛いです!」


「俺を揶揄わないんじゃなかったのかよっ!?」


「あんなの嘘に決まってるじゃないですか! 先輩が油断するのを待ってたんです! おかげで可愛い先輩を見ることができました」


 伶愛はとても嬉しそうだ。口がにやけている。春真は揶揄われて悔しそうに言った。


「・・・後でやり返すからな」


「お待ちしてます。私も容赦しませんから」


 二人は志保に近づいていった。志保も二人に気づいた。伶愛が春真を引っ張りながら、志保に手を振った。


「二人ともごめんね? どうだった? 似合うのあったかな?」


「大丈夫です! 先輩に可愛いのを選んでもらいました!」


「それは良かった。それで? どうして春真君はお顔が真っ赤なの?」


「いつも通り、私に揶揄われて興奮しているんです」


「あぁ! なるほど!」


 にやけて説明した伶愛の言葉を、志保は疑うことなくあっさりと納得する。


「ちょっと待ってぇ! 俺は興奮してないから! 吉田さんは何で納得してるんですかっ!?」


 春真が勢いよくツッコミを入れる。伶愛と志保は顔を見合わせ、代表して伶愛が口を開く。


「まぁまぁ。気にしないでください。日頃の行いですよ」


「気にするわっ! 日頃の行いってなんだ!?」


「あっ、志保さん! そろそろネタ晴らしをしたいと思います。先輩が志保さんのこと全く分からないらしいので」


「無視するな!」


「そうなの伶愛ちゃん? 春真君にわかってもらえなかったのは、ちょっとショックかも」


 女性二人にじーっと見つめられて、春真は冷や汗が噴き出す。目を泳がせ、あたふたと慌て始めるが、女性たちはますますじーっと見つめてくる。言い訳が思いつかなかった春真は潔く、深く深く頭を下げる。


「すいませんでした!」


 二人の女性は、はぁ、とため息をついた。


「まぁ、春真君は伶愛ちゃんしか見てないからね。もうネタ晴らしをしよっか。その前にもう一人呼ぶね」


 志保は耳につけたインカムを何やら操作し、誰かを呼び出すようだ。春真は伶愛に視線で聞くが、彼女は微笑んだまま何も言わない。数十秒すると一人の男性店員が近づいてきた。四十代くらいの渋いおじ様系の男性だ。


「お呼びですか?」


「うん、呼んだよ。この二人が例の」


「なるほど! 初めまして、でいいのでしょうか? まぁ、取り敢えず、初めまして。この店のオーナーをしております、吉田生糸きいとと申します。本日はご来店ありがとうございます」


 男性が礼儀正しく自己紹介をする。春真はこの男性にも見覚えがある。伶愛は正体がわかっているようだ。ニコニコと笑っている。志保が生糸の横に並んだ。


「私の旦那です」


「えっ!?」


 春真は驚く。生糸の見た目は四十代だ。それに対して志保の見た目は二十代にしか見えない。どれだけ年の差があるのだろう。少なくとも十歳くらいは差がありそうに見える。驚いている春真をよそに、伶愛は頭を下げて自己紹介をした。


「初めまして! 東山伶愛です! いつも夫がお世話になっております。ほらほら先輩も挨拶してください!」


「お、おぅ! えっと初めまして? 藤村春真です。いつもお世話になってます? ・・・・・・・・って今、さらっと俺のこと夫って言ったよな? 絶対言ったよな!?」


「気のせいじゃないですか? おほほほほ!」


「そんな笑い方しないだろ! すみません。妻は冗談が好きで」


「なぁっ!? い、今、わわわわたしのことを、つつつつ妻って、妻って言いましたね!? こ、これは破壊力ありますね・・・」


 所構わずイチャイチャしている二人に志保と生糸はただ微笑むだけだ。二人のイチャイチャを温かく見守っている。


「お二人は現実でも仲が良いんですね」


「そうなの! 二人とも変わらないの!」


「えっ!? もしかして生糸さんも『Wisdom Online』を!?」


「はい。おや? その様子だとまだお気づきになられていない?」


 生糸が妻の志保と伶愛を伺い見るが、二人は首を横に振るだけ。納得したと生糸が頷いている。春真だけ置いてけぼりにされている感じがする。


「先輩は全く気付いていないようですので、そろそろネタ晴らしといきたいと思います。では、どうぞお願いします」


 伶愛に促されて生糸と志保の二人が頷いた。そして、二人は改めて自己紹介をする。


「では改めて、『Wisdom Online』で『服屋クローズ』を営んでいます吉田生糸ことスレッドです」


「私はシェリーでーす」


「えぇ! スレッドさんにシェリーさん!? えっ嘘!? 本当に!? えぇぇええええええええええええええええっ!?」


 春真は店内にもかかわらず驚いて絶叫する。確かに顔立ちはそのままだ。目の色や髪の色、髪型を変えるとスレッドとシェリーになる。

 周りにいた客が大声を出した春真たちを何事かと注目してくるが、すぐに興味をなくして商品を選び始める。春真の驚きで口をパクパクしている。伶愛は驚愕している春真を見てクスクスと笑い声が漏れている。


「ほ、本物?」


「はい。本物ですよスプリングくん。一緒に男子会をしましたよね」


「酷いなぁ。私のこと全く気付かないなんて。結構長い付き合いだよ」


 未だに信じられず、春真は伶愛を伺い見る。伶愛は首を縦に頷く。


「お二人は本物ですよ。女子会の時にシェリーさん、ではなく志保さんに誘われたんです。お二人のお店に来ないかって。予想以上に大きくてびっくりしましたけど、素敵なお店でした」


「ありがとね、伶愛ちゃん」


「ありがとうございます。あっ、忘れないうちにお二人にこれを差し上げます」


 生糸はスーツの内ポケットから二枚のカード上のものを取り出すと春真に手渡した。男嫌いの伶愛に気を遣ったようだ。渡されたものを見るとお店のカードのようだ。


「あの・・・これは?」


「このお店のカードです。レジで提示すると四割引きになりますよ」


「えっ!? そんなものいいんですか!?」


 春真が驚いて生糸を見るが彼は穏やかに微笑んでいる。


「いいですよ。その代わり、これからも私たちと一緒に『Wisdom Online』で遊んでください。それだけでいいです。でも時々でいいので、このお店でお買い物をしてくれると嬉しいですね」


 生糸の瞳が悪戯っぽく輝いている。春真と伶愛は顔を見合わせありがたくカードを貰うことにした。元から生糸と志保と遊ぶことを止めるつもりはない。ゲーム内の二人のお店はよく通うお店だし、再び男子会や女子会を開こうと計画もしている。それに、このお店も気に入った。また再び来たい。

 志保が生糸の傍を離れて伶愛の腕をとった。


「あんまり時間もないし、早速女の子の買い物をしよっか!」


「そうですね。生糸さん、ウチの先輩を少しの間よろしくお願いします」


 男性陣の答えを聞かずに、あっという間に女性二人は男性二人の前から消え去った。二人で買い物をするらしい。取り残された男性陣は、はぁ、とため息をつく。生糸が申し訳なさそうに春真に謝ってくる。


「妻がすみません。折角のデートなのに」


「いえいえ。これも計画の内だと思うので。それに伶愛が楽しそうなのでいいですよ」


 消え去った伶愛の方向を見て春真は微笑む。志保と息の合ったコンビネーションだった。前から志保と買い物を計画をしていたのに違いない。


「妻に聞いたところ、女子会で計画したそうですよ」


「あぁ~。これはカミさんも一枚噛んでますね」


 女子会の時、シェリーを引き連れたペーパーが家に押し掛けてきたことを思い出す。春真はペーパーに家から追い出されたのだ。


「さて、女性陣は二人で買い物に行きましたし、私たちも買い物に行きますか?」


「買い物ですか?」


「ええ。伶愛さんにアクセサリーなどのプレゼントはいかがですか? お友達価格にしますよ」


 生糸が春真に提案してくる。春真は少し考える。お金はまだ十分足りる。初デートの記念としてプレゼントを贈るのもいいだろう。伶愛を驚かせるためには彼女がいないこのタイミングしかない。春真は生糸の提案に乗ることにした。


「ぜひ、お願いします」


「ではこちらです」


 生糸が春真を案内する。女性陣が買い物をしている間、男性陣も買い物をして過ごしていた。


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