第66話 春真と伶愛の初デート その9

 

 初デートで伶愛の下着を選んでいる春真。定番の白と黒を選んだが、その後ピンとくる下着が見つからない。想像よりも広い女性用の下着売り場を店員の志保に案内されて探していく。

 志保が下着を指さして春真に教えてくる。


「赤とかもあるよ?」


「う~ん。伶愛には合わないですね」


 赤い下着姿の伶愛を想像したが、春真の好みではなかった。

 伶愛が近くにあった下着を手に取って、自分の身体にかざす。


「じゃあ先輩、黄色!」


「違うなぁ」


 赤や黄色系がダメなら、と青色の下着が置いてあるエリアに志保が二人を連れていく。


「青系はどう?」


「濃い色は合わないですね。淡い色だと・・・」


「淡い色なら私持ってます。水色とかラベンダー色とか。淡い色だったら黄緑っぽいのとか黄色もありますし、ピンクは・・・・今着てますね。今持っている数少ない勝負下着、みたいな可愛らしいデザインのやつですけど」


「・・・伶愛ちゃん、それ言っていいの? いくら春真君が相手でも、自分の着ている下着を言うのは女の子としてどうなのかな?」


 今着ている下着を暴露した伶愛に、少し呆れながら志保が問いかける。


「あはは。着替えるときに隠すの忘れちゃって先輩には見られちゃいましたし、もういいかなと。それにほら、私の下着を思い出して真っ赤になってる先輩が可愛いです」


 二人の視線が真っ赤になっている春真に集まる。春真は居心地が悪く視線を逸らす。


「言っておくが、伶愛の顔も赤いからな」


「・・・うるさいです」


 指摘された伶愛も春真から視線を逸らす。志保は、はぁ、と息を吐いた。


「うん。これが二人の普通なんだね。私の認識が甘かったよ」


 予想以上にバカップル、と志保が認識を改める。春真から視線を逸らした先で、伶愛が何かを見つける。


「先輩! あれはどうですか!? 水玉とかストライプの下着です!」


「おぉ、いいかもな」


 三人は水玉やストライプ柄のエリアに足を運ぶ。先ほどまでは大人っぽいデザインが多かったが、このエリアは可愛らしいデザインが多く、中高生が使いそうなものばかりだ。


「ここら辺は伶愛ちゃんが持ってそうだから最初に案内しなかったけど、逆にこっちのほうが良かったかもね」


 志保が二人に説明する。

 売り場には春真たちと同い年くらいのカップルがいた。彼女は嬉しそうに選んでいるが、彼氏は無理やり連れてこられたような雰囲気を感じる。顔が青ざめ周囲を気にしている。三人に気づいて絶望した表情をするが、春真を見てパァッと顔を輝かせる。ここにも仲間がいたと安心して泣き出しそうだ。春真は、お互い大変ですね、と同情の視線を送る。


「へぇ、私たち以外に下着を選びに来るカップルもいるんですねぇ」


「結構いるよ。週に一回は必ず見るね」


「彼氏のほうは大変だろうなぁ」


 春真は自分と同じ、連れてこられた彼氏たちに同情する。


「よし! これから下着を選ぶときは必ず先輩を連れていきましょう!」


「そうか。じゃあ俺の下着も選んでもらおうかな」


「なぁっ!?」


 にやけた春真に揶揄われた伶愛は驚いて固まってしまう。想像してしまったのか、ポフンと顔が爆発的に真っ赤になる。春真が笑いを堪えきれない。


「も、もう! 私を揶揄いましたね! いいでしょう。やってやろうじゃありませんか! 先輩の下着を選んでやりますよ! 先輩は何を履いているんですか!? ボクサー? トランクス? それともブリーフですか? まさかのブーメラン!?」


「冗談に決まってるだろ! 選ばなくていいから!」


「いいえ! 絶対に選びます! 試着して見せてください!」


「男の下着は試着できないから!」


 伶愛は初めて知った事実にキョトンとする。そして、隣にいた志保に確認する。


「男性の下着って試着しないんですか?」


「しないね。というか試着できないようになってる」


「あっ、そういえば男性はブラをつけませんね。それに女性も下は試着できませんからね」


「そういうこと。でも、男性の下着も最近はすごいよ。花柄とか果物柄とか国旗とか何でもあるよ」


「何ですかそれ!? 見てみたいです! 面白そう!」


 志保から男性の下着について聞いた伶愛は目を輝かせる。興味を抱いたようだ。


「男性用ならつとむさんも履いてるだろ」


「何で自分の父親の下着を見なくちゃいけないんですか。父には私に一切見せないように厳しく言っています。というか、母が命令してます。先輩が履く下着だから興味があるんです」


「お、おぅ」


 春真が気圧される。伶愛はそれほどの冷え冷えとした有無を言わせない迫力があった。


「次に変なこと言ったら、思いっきり可愛いやつを選びますよ」


「すんません! マジすんませんでした! だからそれだけは勘弁してください!」


 春真は伶愛に深く深く頭を下げる。一瞬の躊躇いもない謝罪だった。二人だけだったら土下座しそうなほどの勢いだった。


「ふむ。許してあげましょう。先輩に似合う下着を選びますね」


「ありがとうございます!」


 二人のやり取りを見て志保が小さな声でボソリと呟く。


「・・・いつの間にか選ぶのが決定してる」


「ん? 志保さん、どうかしましたか?」


「えーっと、もうすでに春真君が尻に敷かれているなぁと」


「Мの先輩にはちょうどいいです。物理的にも敷いてやりましょうかね」


 ねっ先輩、と伶愛が春真に同意を求めてくる。春真は視線を逸らす。


「お、俺はМじゃないから」


「Мだそうです」


 おぉい、と彼はツッコミを入れるが、伶愛と志保に温かい目で見られるだけだ。経験上、これ以上何を言っても意味がないと判断した春真は話を逸らす。


「おっ、これなんかいいんじゃないか」


 春真が手に取ったのは白と水色の下着。横の縞模様が入っているデザインだ。しかし、二人はわかりやすく話を逸らした春真を温かい目で見つめるだけで何も言わない。


「・・・あの、いい加減その温かいまなざしを止めてもらえませんか?」


「わかりました」


 伶愛と志保が温かい目を止める。そして、伶愛が春真が手に持っている下着をじっくりと観察する。


「それはよくアニメで見る縞パンですね。私が履こうなんて考えていませんでした。とりあえず、ブラだけですが着てみますね」


「私はあちらのカップルの手助けをしてくるね。流石に彼氏さんが可哀そうだから」


 志保は苦笑して別のカップルに近づいていった。涙を浮かべ始めた男子が志保を見て絶望するが、話し始めると救世主を見るような眼差しに変わった。良かったな、と春真は同志のことを心の中で労った。

 伶愛と春真は試着室へ向かう。


「それでは着てみますね」


 もう慣れた感じで伶愛が試着室に閉じこもる。着替え終わった伶愛はあっさりとカーテンを開ける。


「じゃーん! ちょっと子供っぽくないですか?」


 着てみた感想を伶愛が述べる。しかし、春真は首を横に振る。


「いいや。似合ってるよ。ふむ。こういうのもいいな」


「そ、そうですか。とりあえず、キープということで」


 褒められた伶愛は恥ずかしくなり、すぐにカーテンを閉めて着替え始める。伶愛が着替えている間、春真は次はどれを選ぼうか考える。出てきた伶愛を連れ、再び選び始める。

 ピンクと白のストライプ柄。白と水色の水玉模様。白とエメラルドグリーンの水玉模様。白と黒のストライプ柄。

 春真は白とエメラルドグリーンの水玉模様の下着が気に入った。

 最終的に、純白の下着、レースが少しついた黒い下着、白と水色の縞模様の下着、白とエメラルドグリーンの水玉模様の下着、のブラとショーツの四セットを選んだ。

 伶愛が少し申し訳なさそうな顔で聞いてくる。春真が全て払うと言ったからだ。


「あの、本当にいいんですか?」


「いいからいいから! 今日はそのつもりだったし。その、これからデートに誘うから、時々つけてくれると嬉しいかな・・・」


「はい。でも、デートで私の下着姿を見たいということですか? はっ! まさかデート先はホテル!?」


「あ~はいはい。そういうことでいいから」


 照れ隠しで揶揄った伶愛に春真がテキトーに言葉を返す。その投げやりな態度に伶愛はムッとする。


「むぅ! せっかく揶揄ったのに何ですかその反応は! 可愛い反応を見せてくださいよ!」


「可愛い反応って言われてもなぁ。自分では全く可愛くないと思ってるし。というか、可愛いって言われても複雑な気持ちになるだけだぞ」


「先輩は可愛いです! 私が可愛いって言ったら可愛いのです! うぅ~こうなったら本当にホテルに連れて行くしかないですね」


 伶愛は真剣に考え始める。後でホテルの場所を調べてみようと決意した。悩んでいる伶愛を見て春真はニヤッと笑う。


「なぁ伶愛。別にホテルに行く必要ないだろ?」


「ほえ? どゆことですか?」


 春真は首をかしげる伶愛の腰を片手で抱き寄せる。驚きで固まっている伶愛に囁く。


「俺の部屋があるだろ? 夏稀と雪は追い出すから。それとも伶愛の部屋がいいか?」


 言葉を理解した伶愛は爆発的に顔を赤くする。今日何度目かわからない。突然のことで頭の処理能力を超えたのか、口をパクパクさせるだけだ。春真は再び容赦なく耳元で囁く。


「反応が可愛いな」


 とどめを刺された伶愛は完全に硬直フリーズしてしまった。唯一できたのは春真の身体に顔を押しつけ隠すことだけ。

 やり返した春真は、くくく、と笑い声を漏らす。

 しばらく伶愛は春真の身体で顔を隠したまま、春真の問いかけにも答えず、う~う~、と唸り声を上げるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る