第64話 春真と伶愛の初デート その7

 

 伶愛の水着を選び終わった二人は、志保を探して歩き回る。彼女は少し離れたところで並べられた洋服を畳み直していた。近づいてくる春真と伶愛の姿にすぐに気が付いた。


「あれ? もういいの?」


「はい。先輩が欲情するような水着を選んでくれました」


「おい! そこまでじゃないからな!」


 ツッコミを入れる春真に志保はクスクスと笑う。やはり、笑う志保には見覚えがある。


「春真君の水着は選ばなくていいの?」


 籠の中に入っているピンクの水着を見て、すぐに男性ものの水着がないことに気づく。てっきり春真の水着も選ぶのだと思っていたようだ。


「俺は去年買ったのがありますから。二回くらいしか着てないし」


「だそうです。そう言えば去年はプールとか行ってませんからね。今年は何回か行きましょう! 夏稀ちゃんと雪ちゃんも誘って!」


「はいはい。俺はナンパ避けな」


「確かに先輩はナンパ避けという役割もありますけど、私は先輩と遊びたいんですからね」


「お、おぅ」


 率直に言われて思わず春真は照れる。初々しい二人に志保は微笑む。


「ふふ。仲いいねぇ。あれ? でも、春真君の妹さんたちには二人の関係内緒にしてなかった?」


「あぁ~。もうバレちゃってるみたいなんですよね。いつ言おうか迷ってるところです」


「でも、二人とも付き合ってないんだよね?」


「そうなんですよねぇ。付き合ってもメリットないんですよね。揶揄って遊べませんし。むしろデメリットです。それに今のままで十分幸せですし」


「伶愛ちゃんが惚気てる。今度の女子会で報告しなきゃ」


 きゃっきゃと騒ぐ女性二人に春真は置いていかれる。志保の言葉で春真は一つ確信した。


「吉田さん。もしかして、『Wisdom Online』をしていますか?」


 春真の問いかけに志保は悪戯っぽく笑う。


「してるよ。私の正体わかった?」


「うぅ・・・それはまだです」


 見覚えはあるけど誰かまではわからない。あと少しでわかりそうだけれど名前が出てこない。少なくとも絶対にペーパーではない。


「もう先輩は! 私のことは即座に見抜いたのに!」


「それは伶愛だったから!」


「はいはい二人とも。いちゃつくのは後にしようね。次はメインイベントだよ。二人とも覚悟は決まった?」


「大丈夫だと思います・・・」


「先輩頑張ってくださいね」


「ふふふ。じゃあ案内しまーす」


 志保に案内されて春真と伶愛が女性ものの下着売り場へと向かっていく。カラフルな下着が見えてきて春真は決心が弱っていく。しかし、伶愛に腕を掴まれているため引っ張られていく。


「先輩! 自分の足で歩いてください!」


「やっぱり行きたくなくなってきた」


「今さらですか! 諦めてください!」


「諦めるけど・・・気まずいです」


 弱々しい春真を見て、志保が助け舟を出した。


「二人が良かったら私も一緒に居ようか? 伶愛ちゃんのサイズとか見れるし、春真君も私といれば周りの視線も和らぐし」


「伶愛はどうする?」


「お願いしますかね? 流石に、合わない下着は付けないほうがいいですし」


「だそうですので、お願いします」


 仏を見るような目で春真が志保にお願いする。了解、と志保は二人に言って立ち止まる。とうとう下着売り場に着いたのだ。


「到着です。私は選ばないからね。春真君、頑張ってね」


「・・・わかりました」


「先輩、そう言えば夏稀ちゃんと雪ちゃんとは来たことないんですか?」


「流石にないです。でも、今日のことが知られたら・・・」


「確実に連れていかれますね。・・・・後で連絡しておこう」


「やめてくれ」


 この様子だと伶愛は確実に夏稀と雪に言うだろう。そのことを想像して一気に疲れが襲ってくる。これから先、振り回されるぶんの疲れも襲ってくる。はぁ、とため息をついた。

 春真は決心するとカラフルな楽園へと足を踏み入れた。あたり一面綺麗に飾られている女性ものの下着。幸い他の客の姿は見えない。


「どうですか? 男性が憧れる下着だらけですよ。ご感想は?」


「ふむ。このままだとただの布だな」


「ですよね~。さてさて、では私に似合う下着を選んでくださいね。最初はどれからいきます? 水着を同じように純白とかですか?」


「そうだな。というか似てるもの持ってたら遠慮なく言ってくれ」


「はーい」


 元気よく伶愛が返事をする。少しテンションが上がっている。恥ずかしそうにおどおどしている春真が面白く、揶揄いたい衝動を抑えているのだ。


「白だったらこの辺かな。シンプルなデザインが多いよ。過激なのもあるけど、それは後からがいいよね」


 志保が案内したところにいくつか純白の下着が並べられている。可愛らしいデザインのものや小さくリボンがついているものもある。その中で春真は可愛らしいデザインの白の下着を選ぶ。


「とりあえず、これ」


「了解です!」


「あっ! 伶愛ちゃんサイズは?」


「えーっと、ごにょごにょ・・・です」


 伶愛は志保に小さく耳元で囁く。流石に春真の前で話すことはしなかった。


「それっていつ測ったの?」


「半年くらい前ですかね?」


「じゃあ伶愛ちゃん、試着室でサイズ測り直すから。えっと、これとこれとこれを持っていけばいいかな」


 志保は慣れた手つきでサイズ違いの下着をいくつか取ると、伶愛と春真を連れて試着室に向かう。下着売り場の試着室は外からわからないように作られている。

 伶愛と志保が試着室の中に入りごそごそと音を立てる。一人残された春真は物凄く気まずい。


「はーい。全部脱いでねー。早速測っていきまーす。・・・・ふむふむ、なるほど」


 メジャーを使って測るの音が聞こえてくる。


「あっ、先輩。サイズ聞きたいですか?」


「聞かなくていいです」


「じゃあ先輩、私の胸は何カップでしょうか?」


「・・・Cだろ」


「は? 何で知ってるんですか!? まさか目測で!?」


 すんなりと答えた春真に伶愛は驚く。春真が知っているとは思わなかったのだ。


「そんなことできねぇよ! 伶愛がグラトニースライムに八つ当たりしてた時にバッチリ言ってたぞ」


「あぁ~あの時ですか。いろいろ愚痴りましたね。そう言えばあの時、先輩のおっぱいの好みを聞いたんでした」


 そう言えばそうでした、と伶愛がその時のことを思い出す。まだ一、二カ月ほど前のことだ。学校で告白してきた相手が生理的に受け付けられず、グラトニースライムに鬱憤をぶつけたのだった。


「春真君が巨乳好きって噂が流れたやつ? ついでに伶愛ちゃんをお持ち帰りした日だよね?」


「ちょっと何で吉田さんが俺たちのことを知っているんですか!?」


 仮想現実ゲームでの正体がばれていることに春真は驚く。髪の色や瞳の色など弄っているため、そう簡単に藤村春真とスプリングを一致させることは出来ないはずなのだ。


「あれ? まだ気づかないの? 結構付き合い長いんだけどなぁ」


「すいません志保さん。ウチの旦那が」


「あ・・・なんかすいません。って旦那って・・・」


 伶愛に旦那と呼ばれて結構ドキッとしてしまった春真。初めて言われたので新鮮だ。声色でその様子に気づいたのか、試着室の中から伶愛の楽しそうな声が聞こえてくる。


「せんぱい・・・もしかして、ドキッとしちゃいました?」


「う、うるさい」


「ふふふ。今度から先輩を誰かに紹介するときは旦那って呼びますね。夫のほうがいいですか?」


「いろいろ試してみたら? でも、呼びすぎると慣れちゃうからね」


「そうなんですよね~。それはそれでいいですけど、やっぱり恥ずかしがっている先輩が可愛いんですよね」


 試着室の中で女性二人がなぜか盛り上がっている。志保もいい性格をしているようだ。春真の味方は誰もいない。

 カーテンが少し開いて志保が出てきた。手には合わなかった下着を持っている。


「春真君お待たせ。私はこれを戻してくるから、伶愛ちゃんのことをよく見てあげてね」


 カーテンを閉めて、志保が立ち去っていく。急に緊張してきた。水着の試着とは違う。恥ずかしさが比べ物にならない。


「えっと・・・開けますね」


 伶愛も恥ずかしいのだろう。小さな声で呟き、ゆっくりとカーテンを開けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る