第63話 春真と伶愛の初デート その6

 

 黒色のビキニ。露出度が少ない爽やかな青系のタンキニ。花柄のワンピース水着。他にもいろいろと春真が選んだ水着を伶愛に試着してもらった。彼女に似合っているが、春真が気に入るものはない。

 試着室のカーテンが開いた。現れたのは白と水色のストライプ柄のビキニを着た伶愛だった。


「どうですか?」


 何度も試着しているが慣れず、恥ずかしさでもじもじとしている伶愛がおずおずと問いかけてきた。


「似合ってる。可愛いよ」


「あ、ありがとうございます。でも、これじゃないみたいですね。先輩の選り好みが激しいです」


「・・・すまん」


「私は嬉しいですよ。先輩が私のことをよく考えてくれてる証拠ですから。今日はとことん付き合います。では、着替えてきますね」


 伶愛がカーテンの向こうに消えていった。

 少しして洋服を着た伶愛が出てくる。出てきた伶愛はムスッとして拗ねている。先ほどから試着室を出ると機嫌が悪くなるのだ。


「伶愛さん?」


「何ですか、えっちな先輩?」


「そろそろ機嫌を直してくれませんか?」


「別に普通ですけど」


 伶愛はそっぽを向いたまま春真を見ようとしない。明らかに、機嫌が悪いです、という雰囲気を出している。


「拗ねてますよね?」


「拗ねてません! 怒ってるんです!」


 頬を膨らませて伶愛が春真を睨みつける。怒っている彼女も可愛らしい。


「やっぱりさっきの下着の件だよな?」


「そうです! 私の下着を見た件です!」


「見てすまなかった。ごめん」


「そうじゃないです! どうして私の下着姿を見る前に下着だけ見ちゃったんですかぁっ!」


「・・・はい? 今なんて?」


 彼女の言っていることが理解できなかった。聞き間違いかと思い、伶愛に聞き返した。伶愛の怒りは止まらない。


「だから、どうして下着だけ見ちゃったんですか!? どうせ見るなら下着を着ている私を見てくださいよ!」


「・・・えっと伶愛さん? 怒ってるポイントがよくわからないのですが?」


 はぁ、と伶愛がため息をついた。これだから男は、と残念そうな目で春真を見てくる。


「だ・か・ら! 折角今日のために可愛らしい下着を一週間かけて選んだのに、先に下着だけ見ちゃったら先輩を驚かせられないじゃないですか! 見るなら先に下着姿の私を見てくださいよ!」


「伶愛さん? 確認しますが、下着姿の伶愛さんを見る前に下着だけを見てしまったので怒っている、ということでよろしいですか?」


「そういうことです!」


 春真が頭を抱える。わからない。伶愛が怒る理由が彼には全く理解できないのだ。


「あーっ! 怒る理由が理解できないとか考えてますね!」


「なぜわかった!?」


「先輩のことなんか全てわかります! こうなったら後で今日つけてきた下着を着た姿を見せてやりますよ! そして明日、また違う下着姿を見せますので感想を聞かせてください! 今度は先に下着だけ見ないでくださいね」


「待て待て! どうしてそんな話になる!?」


「先輩がわからず屋だからです。下着を見た後の下着姿と見る前の下着姿だと、どちらが印象に残ると思いますか! 実際に経験してください!」


「そんなの経験しなくていいから!」


「大丈夫です! 私が勝手に脱ぐだけですから!」


「脱がなくていい!」


「わかりました。先輩が脱がせたいということですね! 先輩のえっち」


「それも違う!」


 春真は疲れを感じる。いつも伶愛に振り回されているが、今の彼女は大暴走をしている。何かがおかしいと春真は感じる。何かの感情を隠しているという感じだ。そして、春真は一つの答えにたどり着いた。


「伶愛の下着、可愛らしいデザインだったな」


 ビクッ!


「淡いピンク色」


 ビクビクッ!


 春真の言葉に伶愛の体が反応する。


「い、いいいいいきなり何を言い出すんですか、この変態さんは~! そ、そんなに私の下着姿が見たいんですか~? 先輩が見たいって言ったら見せてあげますよ? ほらほら言ってみてくださいよ!」


 どこか慌てたように伶愛が揶揄ってくる。この様子を見て確信した春真は真面目な顔でお願いする。


「見たい。見せてくれ」


「にゃっに!? えっあれっ? えぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええ! えっ私どうしよう・・・」


 否定されると思っていた伶愛は盛大に動揺する。顔を赤くし恥ずかしがっている。

 彼女は春真に下着を見られてからずっと恥ずかしくて照れていたのだ。照れ隠しで、ムスッと拗ねた表情をしたり、わざと暴走して変な発言をしていたのだ。伶愛は自分に余裕がなくなると春真のことを煽ったり揶揄ったりする。恥ずかしさを隠すために必死だったらしい。


「ぷっくくく」


「な、何笑っているんですか!? あぁ! 私のことを揶揄ったんですね!? 酷いです先輩!」


「すまんすまん。あまりにも伶愛が可愛くて」


「私のこと可愛いって言えば何でも許されると思わないでください!」


 そう言いつつも、伶愛の口元が緩んでいる。必死で顔が緩まないように演技しているのがまるわかりである。

 春真は店内で他の客や店員の目があるにもかからわず、伶愛を体を抱き寄せる。


「ひゃぅっ!? せ、せんぱい! 他の人が見てますから!」


「俺・・・・やっぱり伶愛のこと大好きだ」


「あぅあぅ・・・」


 耳元で囁かれた伶愛は嬉しさと恥ずかしさで悶える。顔を押し付けて顔を隠す。

 周りからは温かな視線が向けられ、彼女の水着を選ぶ初々しいカップルと見られているようだ。

 春真は抱きしめている伶愛の肩越しに一つの水着が目に入った。


「あっ、あの水着・・・」


「ど、どれですか?」


 恥ずかしさからパッと春真から離れた伶愛は、彼の目線の先にある水着を見つける。淡いピンク色で可愛らしいフリルがついたビキニだ。少しスカートっぽく見える。


「これですか? 一緒の色ですね・・・私の下着と」


「ぐ、偶然だ偶然! とりあえず着てみてよ」


「まぁいいですけど。今日の私は先輩の着せ替え人形ですし」


 ピンク色の水着を取って試着室に向かう。ゴソゴソと着替えてカーテンが開いた。


「じゃじゃーん! どうですか先輩?」


 ピンク色の可愛らしいデザインのビキニを上半身だけ着た伶愛。自分の腰に下の水着を当てている。一瞬見た春真は、すぐに彼女に背を向ける。


「それに決定。もう着替えていいぞ」


「ちょっと先輩! 何ですかその反応は! 感想はないんですか? ちゃんと私を見て言ってください!」


「うん、可愛かったぞ」


 後ろを向いたまま春真が答える。その様子に伶愛がニヤリと笑みを浮かべる。


「ほらほら! 振り返って私のことを見てくださいよ! 一体どうしちゃったんですかぁ?」


「くっ・・・。えーっと、ほら! まだ次があるから、そんなことをしてたら時間が無くなるぞ」


「ふぅ~ん? ・・・・・・・・・・・先輩、耳も首も真っ赤ですよ」


「・・・・・・う、うるさい」


 ピンク色の水着を着た伶愛が可愛すぎて目を向けることができなかった。首まで赤くし伶愛から視線を逸らしている。そのことを理解した伶愛は水着姿のまま試着室から出ると、春真の背中に抱きつき耳元で小さく囁く。


「お泊まりの時はしっかり私を見てくださいね」


「・・・あぁ」


 春真の返事を聞いた伶愛は試着室に戻り、カーテンを閉めて着替え始めた。試着室の中で伶愛は恥ずかしさや嬉しさなどが入り混じった幸せそうに頬が緩んでいる。彼に抱きついたとき、少し横顔が見えた。首まで赤くして照れている春真のことが可愛く、そして、自分のことを好きでいてくれるのが嬉しい。着替えながら心を落ち着かせていく。今の蕩けた表情は彼と二人きりの時しか見せたくない。

 着替え終わり、鏡で自分の顔が普段通りになっているのを確認して試着室を出る。まだ、顔を赤くしている春真の腕に抱きついた。


「水着も決まりましたし、次はとうとう下着ですね。私に似合う下着を選んでくださいね」


 伶愛は春真に可愛らしく微笑んだ。春真は彼女の笑顔に見惚れ、おう、と返事するのが精一杯だった。

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