第50話 異端審問 その4

 

『近衛騎士団』からウィンクや投げキッスを受けている管弦楽団オーケストラはお尻を押さえながら後ずさる。必死で彼らを視界に入れないようにしながら最後の組織に審問を促す。


「さ、最後は『マドンナファンクラブ』だな。よろしく頼む」


「了解した。さて、藤村春真。まず貴様に聞いておこう。貴様は我らが神、アズマ様のことは恋愛的に好きかね?」


「LOVEじゃなくてLIKEだな。東山さんも妹って感じだ」


 春真はしれっと嘘をつく。なんだともう一人義妹だと、という『真なる兄たちブラザーズ』の叫び声は無視する。


「何だと!? 我らが神にLOVEを向けないだと!? 不敬な!」


 ガタンと椅子を倒しながら『マドンナファンクラブ』の三人が立ち上がる。どこからともなく『東LOVE』と刺繍されたハチマキやタオル、団扇を取り出す。たくさん種類があるようだ。


「え、えぇー」


「さあ、貴様も我らが神の可愛さにメロメロになって愛を伝えるがいい!」


 洗の・・・布教しようと目を血走らせながらにじり寄ってくるファンクラブ会員。椅子に縛られた春真は動くことができない。今回は管弦楽団オーケストラは止めないようだ。抵抗できずに『伶愛大好き』と刺繍されたハチマキを巻かれ『LOVE♡REA』とプリントされたタオルを首に巻かれ『東山ラブ』とハートが沢山描かれた団扇を制服のポケットに入れられる。


「それいいな!」


 他の二つの組織も洗の・・・布教しようと、どこからともなく取り出した、タオルやハチマキ、団扇を春真に巻いていく。あっという間に春真の体は『妹萌え』、『禁断の兄妹愛』、『夏稀愛してる』、『大好き白雪姫様』、『白い雪を俺の色に染めたい』、『YES! ロリータ』の文字で覆いつくされる。盗撮したとみられる三人の写真も制服に貼られている。


「さて、布教も終わったことだし、話を続けるか」


 それぞれの組織が席に着いたところで『マドンナファンクラブ』が話を進めていく。


「我らは別にアズマ様のことを抜け駆けしようが、何をしようがどうでもいい。ただ、情報共有をしてほしいだけだ。貴様を異端認定したのは情報を独り占めしているからだ。どうすればアズマ様を仲良くなれるのだ! 教えてくれ!」


 ファンクラブ会員の三人が必死に頭を下げ、春真に懇願してくる。


「俺は東山さんじゃないからな。本人の気持ちなんてわからん。本人に直接聞け」


「仲良くなろうとしても冷たく返されるだけなのだ! まぁ、あの冷たさが気持ちいいのだが。もっと罵って頭を踏みつけてくれないかな・・・」


 陶酔したような声を出すファンクラブ会員に春真はドン引きする。会員の三人はドМだった。


「コホン。失礼した。話を戻そう。あの体育祭の日、アズマ様は貴様に御体に触れることを許可した。一番親しい異性というお題に選んだのは貴様だった。家にも訪問されたことがあるのだろう? なぜだ!? なぜ貴様なのだ!?」


「親友の兄だからじゃないか?」


「それにしては仲が良すぎる! 貴様はあの方がこの学校で唯一気を許している男子だぞ。一体何をした! 弱みを握っているのか!?」


「そんな訳ないだろ」


 春真は呆れた声を出しながら嘘をつく。彼女の母、愛華に彼女の弱みを沢山教えてもらっている。まあ、彼女も夏稀たちから春真の弱みを教えられているのだが。


「ではなぜだ!?」


「さあな。知らん」


「そうか。何かわかったら教えてくれ」


 絶対教えない、と心の中で春真は誓う。教えるつもりは微塵もない。


「では、アズマ様が君の家に訪問した時のことを教えてくれ。どんな様子だった?」


「普通だぞ。ただ挨拶するだけだ。すぐに妹の部屋に行って出てこないからな」


「私服姿はどうだった? どんな服を着ていらっしゃる?」


「いろいろだ。そうだな。とても可愛い、とだけ言っておこう」


 ファンクラブの三人が血の涙を流しながら悔しがる。


「頼む! 教えてくれ!」


「嫌だ。だが、笹原志紀というやつが、彼女にお兄さんと呼ばせようとしていたことは教えてやろう」


 にやりと笑いながらタレコミをする春真に管弦楽団オーケストラは焦った声で叫ぶ。


「春真!」


「許せん! 我らが神に無理やり言わせようとしていただと!? 八つ裂きにしてやる!」


 ファンクラブ会員は憤怒の表情をしているらしい。黒い目出し帽でわからないが。


「笹原志紀を異端認定にするのか?」


「もちろんだ! 極刑にしてやる!」


「過去のこと。過去のことですからぁ。ものすっごく冷たい声で罵られましたから。しばらく女性恐怖症になりましたから許してください」


 管弦楽団オーケストラが土下座をする。


「冷たい声で罵られただと! 何て羨ましいことを! 今すぐ私も罵られたい」


 ファンクラブ会員はドМだった。


「コホン。笹原志紀のことは後でじっくりと我らが尋問する。今は貴様の時間だ藤村春真。彼女と仲良くなるためにはどうすればいいのだろう。もう少し積極的にいくべきか?」


 春真は答えるつもりはない。これは異端審問のはずなのに、なぜかお悩み相談になっている。『マドンナファンクラブ』の会員は自問自答を続ける。


「彼女は恥ずかしがり屋でツンデレな部分があるから、積極的に行くのがいいだろう。ふむ。そういう女子はいきなり抱きしめてキスするとキュンとするらしいからな。私にできるのか・・・。いや、やるのだ! アズマ様のご寵愛を賜るために!」


 会員番号001番が横にいる002番と003番を睨みつけ牽制する。二人も睨み返し、三人の間で火花が散っている。


「なあ? 知ってるか?」


 空間に低く冷たい声が響いた。憤怒と殺意が入り混じった背筋が凍る冷たい声だ。シンと静まり返った教室の空気の温度が下がる。


「あいつは男嫌いだ。それをわかって言っているんだろうな?」


 春真の口から放たれる冷たく暗い声と体から放たれる圧力が室内にいる者を襲う。立っていた者は腰を抜かし、椅子に座っていた者はしがみつく。全員が恐怖でブルブルと震えている。


「男子全員に告げろ。東山伶愛に無理やり迫るやつはこの俺が全力で叩き潰す。どんな手を使っても俺がソイツを破滅させてやる。わかったか?」


「「「・・・」」」


「返事は?」


「「「はいっ!」」」


 その場にいた全員が一斉に返事をした。春真から放たれる圧力が消失する。教室にいた全員が息を荒げ胸を押さえている。


「俺はこれ以上話すつもりはないからな。志紀。このくだらない会を終わらせろ」


 不機嫌な春真が志紀に命令した。志紀はこれほど怒った春真を見たことがない。というか、怒った春真を初めて見た。怖すぎる。春真を怒らせたらいけない、と心に刻み付ける。まだ恐怖が抜けず、震えながら何とか声を絞り出す。


「こ、これで終了する。春真すまなかったな」


 志紀が宣言をした直後、教室の入り口が騒がしくなった。

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