第49話 異端審問 その3

 

 異端審問はまだまだ続く。


「次に審問したい組織はどこかな?」


 管弦楽団オーケストラの問いかけに、春真の左側で勢いよく立ち上がる者がいる。


「次は我々『近衛騎士団』が行う!」


『マドンナファンクラブ』の会員も頷いて許可を出す。『近衛騎士団』たちが立ち上がり、熱のこもった声で叫び始める。


「藤村春真! 我々は『真なる兄たちブラザーズ』のように一筋縄ではいかぬ。姫様を守るためには、姫様に嫌われてもいい!」


「はあ、それで?」


 春真は心底どうでもいいと呆れている。


「先ほど貴様は姫様とひとつ屋根の下で暮らしていると言ったな?」


「それがどうした?」


「殺す!」


 屈強な『近衛騎士団』最高幹部七人の小人の三人が春真に飛び掛かってくる。縛られている春真は逃げられない。三人が春真に掴みかかる前に、管弦楽団オーケストラが間に入る。屈強な三人と管弦楽団オーケストラがぶつかり、倒れ込む。床で暴れまわる四人が暴れだし、体が絡み合っていく。


「ど、同志たちよ! 落ち着くのだ! あっ! だめぇ! おい! だ、誰が服の中に手を入れてる! 触るのやめろぉ~! 撫でるなぁ~! そ、そこ敏感なのぉ! や、やめろぉ~」


 管弦楽団オーケストラが気色悪い声を上げる。腐の女子たちが喜びそうな状況だ。しかし、男たちが絡み合う画など春真は見ていて気分が悪くなるだけだ。目を背ける。耳もふさぎたいところだが、生憎手が縛られて動かない。


「もう、お婿に行けない・・・」


 なぜか名残惜しそうに離れる『近衛騎士団』から解放された管弦楽団オーケストラは女の子座りで目に光がない。服が乱れ、首筋には唾液のような液体がついている。キスマークがあるのはきっと気のせいだろう。見間違いのはずだ。


「さて、話を続けようか」


『近衛騎士団』ドックが唇を舐めて、座り込んでいる管弦楽団オーケストラにウィンクをしながら嬉しそうに言った。春真は寒気がして、『近衛騎士団』を視界に入れないようにする。


「姫様を解放しろ!」


「解放って言われてもどうしたらいいんだ? 雪の家は隣だし、ご両親も家を空けることが多いから寂しくて泣きだすぞ」


「大丈夫だ! その時は我ら『近衛騎士団』が姫様を慰める!」


「うまくいくかな? 絶対雪はまず俺に泣きながら聞いてくるぞ。なんで酷いことするのかって。そうなったら『近衛騎士団』に関わるなって言われたから、と俺は雪に言うぞ」


「うぐっ!」


「そしたら雪はお前らのことをどんな風に思うかな? あぁ! お前たちは別に嫌われてもいいんだったな。まぁ、信用もされないが・・・」


「うぐっ! べ、別にそれでもいいのだ! 魔の手から姫様を救い出せればそれでいい!」


『近衛騎士団』は雪に嫌われたことを想像したのだろう。ガクガクと震え、涙を流している。


「魔の手ねぇ。俺は何もしてないぞ」


「嘘をつくな! ひとつ屋根の下で何もしていないわけがない! 姫様の小さな体に欲望をぶつけているのだろう!?」


「そんなことしていない。俺は雪のことを妹だと思っているからな」


「何だとっ!? 義妹だとっ!?」


真なる兄たちブラザーズ』たちが音を立てて立ち上がり声を上げるが、春真は無視する。


「『近衛騎士団』諸君! 君らに姉や妹はいるかな?」


「わ、私は妹が」


「姉が一人」


「・・・姉が一人、妹が二人」


 ドック、グランピー、バッシュフルが順に答えた。


「ふむ。君たちはあの『真なる兄たち変態共』みたいに、姉や妹に手を出したいと思ったりするか?」


 春真はまだ騒いでいる『真なる兄たち変態たち』を指さしながら言った。『近衛騎士団』の三人は期待で目を輝かせている『真なる兄たち変態たち』を一瞥して、首を横に振る。賛同を得られなかった変態たちの、なぜだぁ、という声は無視する。


「なるほど。君は妹に手を出す変態ではないと」


「理解が得られたようで何よりだ。俺は雪のお世話係のようなものだからな。料理人や執事だな」


「ふむ。我らの仕事仲間のようなものか。我らは護衛を行い、貴様は姫様の身の回りのお世話か」


「そうだ。だが知っているか? 雪はとても恥ずかしがり屋だということを」


「もちろん知っている! あの恥ずかしがる様子がたまらん!」


『近衛騎士団』の三人が陶酔したような顔をしているようだ。目出し帽で目と口しかわからないが。


「そうかそうか。じゃあ、これも知っているな。雪は大勢に自分が姫のように祀り上げられるのが大嫌いだということも」


『近衛騎士団』たちはガクガク震える。


「な、なんだとっ!? いや、も、もちろん、しし知っているぞぞぞ!」


「声が震えて動揺しているようだが?」


「き、気のせいだ!」


「ふむ。雪はそんな人物たちと喋ることはないからな。そういえば、君たち『近衛騎士団』のメンバーの中には雪と喋った人物はいるかな?」


「・・・」


「いないようだな。雪に全てバレているようだ。とことん嫌われているな」


『近衛騎士団』たちが立ち上がって怒鳴る。


「我々は秘密組織だ! 姫様に知られていないだけだ!」


「本当にそうかな? 雪はカンがいいぞ」


「うぐっ」


『近衛騎士団』たちは椅子に座り込む。


「まぁ、いいや。そういえば、これは異端審問だったな。俺は異端認定されたままなのか?」


 春真の問いかけに『近衛騎士団』たちは考え込む。


「そういえば、そうだったな。君は我々の仲間に近い存在だ。異端認定は取り消すとしよう」


「そうか、ありがとう。では、君たちに一つ情報をやろう」


 春真は管弦楽団オーケストラをちらりと見て、にやりと笑う。


「笹原志紀という者が、雪に志紀にぃと呼ばせようとしていたぞ」


「は、春真! 何を言っている!」


管弦楽団オーケストラは何を焦っているのかな? 俺は君ではなく、笹原志紀のことを言っているんだぞ。俺は昔からあいつの兄みたいなものだから春にぃと呼ばれているが、笹原志紀は違うぞ」


「む、昔の話だぞ! 彼が言ったのは何年も前の話だ!」


「ふむ。言ったことは事実なのか。今度我らで彼を優しく尋問しよう」


『近衛騎士団』の三人は舌なめずりをしながら管弦楽団オーケストラを舐めるように上から下までじっくりと眺める。管弦楽団オーケストラが体を震わせる。


「ひぃ! き、君たちは『白雪姫スノープリンセス』が好きなのだろう!」


「姫様は愛でるものだ。断じて恋愛対象ではない!」


「なぁっ!」


「我らの恋愛対象は・・・」


『近衛騎士団』は管弦楽団オーケストラにウィンクする。


「い、以上で『近衛騎士団』の審問を終わる! 俺に近づくなぁ!」


 管弦楽団オーケストラが後ずさりし、春真を睨みつけて『近衛騎士団』の審問が終わった。

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