第48話 異端審問 その2

 

 放課後、異端審問が始まった。


「最初に審問したい組織はあるか?」


 管弦楽団オーケストラの呼びかけに春真の右側の組織が手をあげた。


「最初は『真なる兄たちブラザーズ』に任せてもらおう」


 他の組織も頷いて許可をする。『真なる兄たちブラザーズ』が審問を始める。


「さて、藤村春真。貴様は我らの妹、藤村夏稀と同じ家に住んでいるそうだな?」


「家族だからな」


「とある協力者からの情報によると、貴様の両親は仕事で家に帰ることが少なく、二人きりらしいじゃないか」


「いや、最近は雪が泊まってるから三人だぞ」


「何だとっ!?」


 左側の『近衛騎士団』がバンっと机を叩き怒りの形相で立ち上がる。


「姫様と一つ屋根の下だと!?」


「騎士たちよ。気持ちはわかる。だが、今は我らの時間だ。貴殿らの時間にじっくりと追及するがいい」


「すまなかった。『真なる兄たちブラザーズ』たちよ、続けてくれ」


『近衛騎士団』は怒りを押し殺し、『真なる兄たちブラザーズ』に頭を下げると着席し、春真を睨みつける。


「コホン。話を続けよう。家での夏稀はどんな様子なのだ?」


「ノーコメント」


「なぜだ! 我らに妹のことを教えてくれ!」


「夏稀は俺の妹だから。お前らのじゃないし。それに、夏稀は家のことを知られるのが嫌いだ。嫌われてもいいなら話すが?」


「やめておこう。妹に嫌われたら我らは死んでしまう。では、別の質問をしよう。彼女の手料理を食べたことはあるか?」


「普通にあるぞ」


真なる兄たちブラザーズ』が身を乗り出して聞いてくる。


「どうだった!? 彼女の得意料理は!?」


「昔のことだったが、不味かったぞ。得意料理はない。あいつは料理が下手だからな。料理は俺の担当だ」


「なんだと!? 我らの妹は料理が下手だったのか。でも、頑張って料理を作ってくれたのだが、真っ黒に焦げてしまって瞳をウルウルさせる妹。我ら兄は全部平らげ、不味かったものの、美味しかったよと声をかける。顔がぱぁっと明るくなって嬉しそうに笑う妹・・・いい!」


真なる兄たちブラザーズ』たちは妄想の世界へ旅立つ。


「なぁ? 俺帰っていいか?」


 春真は管弦楽団オーケストラに声をかける。


「ダメだ!」


 管弦楽団オーケストラは春真の申し出を拒否する。


「すまない。話を戻そう。では、彼女の得意なものは何かな?」


「掃除だな。綺麗好きだから。俺の部屋も勝手に掃除してるぞ。助かっているが」


「何だと!? そうなったら我らの妹モノのHな本が見つかってしまうではないか! 掃除をしている最中にHな本を見つける妹、中身を確認し、兄が好意を持っていることに気づく。そして、親のいないリビングでテレビを見ていた兄に、妹は顔を真っ赤にしながらHな本を見せる。お互い好きだと告白し、兄は妹を連れて自分の寝室に誘う。そしてそして、禁断の関係に・・・」


「ならねぇーよ!」


 春真はつい、『真なる兄たちブラザーズ』の妄想の世界にツッコミを入れてしまった。


「ふむ。ということは、貴様は妹にHな本を見つかったことがないと?」


「俺はそんなの持ってない。ずいぶん昔に志紀、じゃなかった管弦楽団オーケストラがエロ本を持ってきて、夏稀に激怒されたが」


真なる兄たちブラザーズ』が管弦楽団オーケストラを見る。管弦楽団オーケストラは焦っている。


「ど、同志たちよ! 聞いてくれ。その時は妹モノではなかったのだ。だから、彼女も激怒したのだろう」


 管弦楽団オーケストラの必死の言い訳に、『真なる兄たちブラザーズ』は目を瞑って考える。


「ふむ。一理ある。この件は不問にしよう」


「ありがとう同志たちよ」


 ふぅ、と管弦楽団オーケストラは安堵の息をつく。春真は舌打ちをする。


「では、次の質問へ移ろう。ズバリ、妹はどんな下着だ?」


「ノーコメント」


「お風呂上りにタオルを巻いた姿で出てくることは?」


「ノーコメント」


「今でも一緒にお風呂に入ったり同じベッドで寝ることはあるか?」


「ノーコメント」


「お兄ちゃん大好きと言われたことは? 大きくなったら結婚しようと言われたことは?」


 春真はにやりとする。


「あるぞ!」


真なる兄たちブラザーズ』は血の涙を流して悔しがる。そして、目に怒りを込めて春真を睨みつけてくる。


「羨ましい・・・羨ましいぞ藤村春真!」


「ふふふ・・・俺だけの特権だからな。他にもいろいろとあるぞ。聞きたいか?」


 にやりと笑う春真に、『真なる兄たちブラザーズ』は興味津々で身を乗り出す。


「聞きたい! 聞かせてくれ!」


「だが断る!」


真なる兄たちブラザーズ』が怒りで立ち上がり叫ぶ。


「卑怯者! やはり貴様なんて我らの手で粛清する!」


「いいのか? 夏稀が怒り狂うぞ。親友を傷つけられただけでも怒り狂うのに、俺が傷つけられたらどうなるかな? どうする? 俺を粛正するか?」


「うぐっ・・・」


「だが、一つ教えてやろう」


「何かね」


「俺の友達に笹原志紀ってやつがいるんだが、あいつは夏稀にお兄ちゃんと呼ばせようとしてたぞ」


「おい春真!」


「何だとっ!? 許せん!」


 管弦楽団オーケストラは焦り、『真なる兄たちブラザーズ』は怒り狂う。


「俺は夏稀の実の兄だ。お兄ちゃんと呼ばれる権利はある。しかし、笹原志紀はどうだ? 全く関係ないやつが夏稀にお兄ちゃんと呼ばせようとしていたんだぞ。俺よりもあいつを異端認定するべきじゃないか?」


「待て、待つんだ同志たちよ。君たちもわかるだろう? 我らの妹にお兄ちゃんと呼んでほしいと。これがわからなければ。真なる兄ではないぞ!」


「ふむ。双方とも気持ちはわかる。ここで決めることでもないだろう。次の妹会議の議題にしておく」


真なる兄たちブラザーズ』は答えを保留にする。管弦楽団オーケストラは一応安堵の息をつき、春真は舌打ちをする。


「話がそれたが、藤村春真。我らの妹についてもっと詳しく教えてくれ」


「断る!」


「なぜだ!」


「俺はあいつの兄だからだ! 俺はあいつを守る義務がある! これ以上は何も話さん! 何か知りたかったらあいつ本人に聞け。妹にコソコソして情報を集めようとするなんて兄のすることじゃない!」


真なる兄たちブラザーズ』は春真の言葉にハッと何かに気づいた様子だ。今まで怒りや嫉妬で睨んでいたが、今では尊敬のまなざしで春真を見てくる。


「おぉ・・・同志よ・・・我々が間違っていた。確かに、こんなことは兄のすることじゃないな」


「そうだろ? それに、陰でコソコソしている奴は夏稀が最も嫌う人間だ。それにあいつは情報通だぞ。きっとお前らのことも知っているだろう。夏稀は陰でコソコソして、俺をいじめているお前たちのことをどう思うかな。悲しむだろうな・・・蔑むだろうな・・・嫌うだろうな・・・家族だったらの縁を切るくらい嫌われるだろうな・・・」


真なる兄たちブラザーズ』は目出し帽で隠された顔を真っ青にしているだろう。ガタガタと震え、汗をダラダラ掻いている。


「さて、『真なる兄たちブラザーズ』諸君? 俺に聞きたいことはあるかな?」


「あ、ありません・・・」


「だそうだぞ、管弦楽団オーケストラ


 管弦楽団オーケストラは少したじろいだ。


「う、うむ。これにて『真なる兄たちブラザーズ』の審問を終わる」

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