第51話 三人娘
教室のドアが勢いよく開かれた。
「失礼しまーす! お兄ちゃーん! 迎えに来たよー」
春真の妹、夏稀が元気よく入ってきた。
「な、夏稀!? 何でこの場所がわかった!?」
「お兄ちゃんのスマホに盗ちょ・・・盗さ・・・居場所追跡アプリを入れてるから」
「なんだって!? 今、盗聴盗撮とか言いかけたよな! いつの間にGPSも仕掛けた!」
「冗談に決まってるじゃん。お兄ちゃんの居場所なんか妹レーダーで把握してます」
「妹レーダーってなんだよ。昔からお前と雪は俺の居場所をなぜかわかってたけど・・・」
夏稀の後ろから雪と伶愛も入ってくる。
「・・・春にぃ発見」
「失礼します。何ですかこの強盗の集団は」
伶愛が余所行きの冷たい声で教室の中にいる集団に眉を顰める。黒い目出し帽をかぶった者たちは、急な三人の来訪に驚き固まっている。
「お兄ちゃん何やってたの?」
「尋問されてた。なんか異端審問だって」
「ふぅ~ん」
正直に暴露する春真に、夏稀はどうでもよさそうだ。
「縛られてるね。よし。解いてあげよう。二人とも手伝って」
「んっ」
「わかりました」
三人がガチガチに縛りつけられている春真を助け始める。
「・・・春にぃ、何この盗撮写真・・・」
「俺じゃないからな! 断じて違う!」
「だよね。私たちは・・・してるし、お兄ちゃんが言えば、よろこんで私たちの写真あげるからね」
「おい。お前たちは何をしてるって? 省略した言葉を聞かせろ」
「私たちはお兄さんを盗撮なんかしてませんよ」
三人は笑顔で有無を言わせない圧力を放ちながら盗撮写真を粉々に破り捨てる。
「それにしても、このタオルやハチマキ、団扇は何? ほうほう? 『妹萌え』『禁断の兄妹愛』『夏稀愛してる』」
「・・・それだけじゃない。『大好き白雪姫様』『白い雪を俺の色に染めたい』『YES! ロリータ』だって」
「お兄さん。『伶愛大好き』『LOVE♡REA』『東山ラブ』って・・・」
三人の視線が春真に向けられている。三人の表情からは何もわからない。春真は冷や汗をダラダラ掻きながら必死で説明しようとする。
「こ、これはあれだ! 俺じゃなくて、周りにいる強盗のような奴らに無理やり・・・」
「お兄ちゃん・・・必死で言い訳しなくてもいいんだよ」
「言い訳じゃなくて、これは本当にあいつらが」
「もう! そんなに慌てなくても、普通に言ってくれればいいのに! 水臭いなぁ」
「は?」
急に頬が緩んで幸せそうな表情になった夏稀に春真は呆然とする。
「お兄ちゃんがしたいなら、私はいつでも禁断の兄妹愛に踏み込むのに!」
「はぁ?」
「・・・私もいつでも春にぃの色に染まるのに。早く染めて?」
「はい?」
「お兄さん。私のことそんなに大好きだったんですか? へぇ、そうだったんですね」
「いや! だからちょっと待って!」
混乱する春真は三人の話を一旦止める。
「だから! これはあいつらが俺に押し付けたことで、俺は違うから!」
「お兄ちゃんは私たちのこと嫌いなの?」
三人がウルウルとした目で春真を見つめてくる。潤んだ瞳は捨てられた子犬や子猫を連想させる。
「嫌いじゃないが・・・」
「私たちのことは好き?」
「え・・・?」
「やっぱり嫌いなんだ・・・」
三人は目に涙を浮かべて今にも泣きだしそうだ。
「す、好きだぞ! 好きに決まってるじゃないか!」
「愛してる?」
「もちろん愛してるぞ!」
三人は泣きそうな顔から一転して目を輝かせ、頬を赤く染めている。春真は三人から顔を逸らし、安堵のため息をつく。
「「「チョロい」」」
春真が顔をそむけた瞬間、三人はほくそ笑む。春真には見せられない悪い顔をしている。
「ん? 何か言ったか?」
春真が三人に向き直った時には元の表情に戻っている。
「「「何も!」」」
「ならいいが・・・」
相変わらず三人は仲がいいな、と春真は思う。
「というわけで、お兄ちゃん。好きに手を出していいからね。いつでもカモーン!」
「・・・春にぃカモーン」
「ここは私も流れに乗って、お兄さんカモーン!」
「カモーンじゃねぇよ!」
春真は呆れかえる。この三人娘をどうにかしてほしい。
「別にお兄ちゃんならいいのに」
「「「ねー!」」」
「俺を振り回すのもいい加減にしろ。あと、東山さん、男嫌いだろ」
「冗談ですよ。ここは話の流れに乗ったほうが面白かったので」
余所行きの表情で伶愛が春真に告げる。四人がそんなやり取りをしていると、固まっていた目出し帽の男子たちが動き出した。
「我らの妹よ!」
「神様!」
「姫様!」
三つの組織の面々はそれぞれ、崇拝する三人の前に跪く。
「お兄ちゃん、今から伶愛ちゃんがお家に遊びに来るんだって」
「・・・お昼も一緒に食べる」
「お邪魔しますね」
「ああ、わかった。で、こいつらのこと無視していいのか?」
まるで見えていないかのように振舞う三人に春真が指摘する。しかし、三人は首をかしげるだけ。
「何言ってるのお兄ちゃん? 私のお兄ちゃんは
「「「ガハッ!」」」
『
「そうですよ。黒い目出し帽をかぶった変態なんてどうでもいいです。微塵も興味ありません。私のファンクラブもあるみたいですけど怖いですよね。警察に相談したほうがいいでしょうか? 何かあったらお兄さんが守ってくださいね。お願いします」
「「「放置プレイ・・・はぁはぁ」」」
ドМの『マドンナファンクラブ』のメンバーが息を荒げて床に倒れ込む。
「・・・私をお姫様みたいに崇める人たち嫌い。私は春にぃだけのお姫様」
「「「グハッ!」」」
プイっと顔をそむける雪に『近衛騎士団』のメンバーが血の涙を流し、胸を押さえて倒れ込む。
「お前らこいつらのこと知ってたのか?」
「こいつらって誰のことかな? 私たち三人をストーカーする犯罪組織なんて情報通の私が知らないはずないじゃん。丁度うんざりしてたんだよね」
うんうん、と雪と伶愛が頷いている。三人とも本当にうんざりしていたようだ。彼らを見ることさえしない。
「それもそうか」
やっと三人に解放してもらった春真は、椅子から立ち上がって大きく背伸びをする。
「お兄ちゃん。ここにはいない黒い目出し帽の変態共なんか放っておいて、私たちにかまうのです!」
「・・・春にぃ、かまって!」
「私たちはかまってちゃんです」
夏稀、雪、伶愛の三人は可愛らしく春真におねだりをする。伶愛はゲームの結婚式を思い出したのか、顔が赤くなっている。
「了解です。俺のお姫様たち。家までエスコートしますね。お昼は何を食べたいですか?」
三人に調教された春真は素直に言うことを聞く。
「お味噌汁!」
「・・・卵焼き」
「おいコラ! お客さんが優先だ」
「私はお味噌汁と卵焼きでいいですよ。久しぶりにお兄さんのお味噌汁と卵焼き食べたいですし」
「だってお兄ちゃん」
「・・・流石伶愛。わかってる」
「わかったわかった。今日の昼は和食な。じゃあ、さっさと帰るぞ」
「「「おーっ!」」」
四人は仲良く教室を出て行く。残されたのは床で倒れ伏す変態たちと、訳が分からず混乱したまま立ち尽くす志紀だけ。志紀はかぶっていた目出し帽を取る。
「やっぱり、あいつ爆発したほうがいいんじゃね? ラノベハーレム主人公か!」
彼の怒りと羨望と恨みの叫びが教室に響いて消えていった。
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