第42話 廃れた聖堂 その10

 

「そういえば、ボス戦中だったな」


新郎グルームリッチがいましたね」


 格上のボスモンスターを忘れて、戦闘中にイチャイチャしていたアストレイアとスプリングの二人は自分たちが戦っていたことを思い出す。


「あれ? 召喚してこないな」


「召喚するほどMPがないのでは?」


 新郎グルームリッチは待っても待ってもアンデッドモンスターを召喚してこない。少し魔法を放ってくるが、ことごとくスプリングに斬り裂かれる。


「そうか。じゃあ、さっさと倒しますか」


 スプリングは聖属性を再び付与し、能力を解放した自らの剣を構える。アンデッドが苦手なスプリングは覚悟を決めて、近接戦闘を行うと決意する。


「『奥義 花鳥風月”月影”』」


 片手剣が月の光のように白銀に輝く。


「『絶歩』」


 スプリングの姿が掻き消える。次の瞬間には、スプリングは新郎グルームリッチの背後に現れ、もうすでに攻撃が終わっていた。新郎グルームリッチの体に亀裂が走り、HPが減る。新郎グルームリッチが叫び声をあげながら膝をつく。スプリングは新郎グルームリッチを避けるように大回りしながらアストレイアの下へ戻った。


「うわぁ・・・。チートすぎます。弱点攻撃かつ奥義かつクリティカルですか。それに誰にも認識できない攻撃。チートです。格上の相手なのに二割五分くらい減りましたね」


「言っておくが、全部運営が考えたスキルだからな! 奥義を修得するまでに俺がどのくらい作業ゲーしたと思っている! 『絶歩』だって『歩く』というスキルの効果だからな!」


「知ってますよ。ですが、先輩はチートすぎます! いくつチートスキル持ってるんですか!」


「さあ? レイア以外は皆ゴミスキルって言ってるんだけど」


「ゴミスキルを極めるのは先輩みたいなドМしかいません! 絶対運営はゴミスキルが実はチートスキル、初期装備が最強装備とか考えてますよ! 浪漫だぁ、とか言って!」


「実際、初期装備が最強武器だよな。この夢幻も最初は初心者の片手剣だったし。耐久値無限だし」


「私の杖もそうですけど」


 二人は己の愛用武器を眺める。初期装備だったものを、特定の条件を見つけ鍛え上げ進化させたのだ。このことは二人は秘匿し、他のプレイヤーは誰も知らない。耐久値が無限のため、どんなに雑に扱ったとしても壊れることはなく、所有者が固定されているため盗られることもない。


「ああもう! 愚者でかっこいい怠惰の魔王様! さっさと倒しちゃってください!」


 アストレイアはやるせない気持ちをスプリングにぶつけ、八つ当たりする。


「了解しました、賢者で可愛い節制の勇者様。ですが、少しお手伝いをお願いします」


 スプリングの言葉を聞いたアストレイアは杖を構えて一言述べる。


「『聖絶』」


 新郎グルームリッチが聖なる結界の中に閉じ込められ、苦悶の叫びをあげる。体が浄化されていく。


「『ディバインジャッジメント』」


 神の怒りが新郎グルームリッチに降り注ぐ。神の光や炎で新郎グルームリッチは焼かれ浄化されていく。新郎グルームリッチは必死にもがき抗おうとするが神の裁きは容赦がない。不浄なものを全て焼き尽くす。

 魔法が終わった時には新郎グルームリッチは虫の息だった。魔法をくらう前は半分もあったHPもほとんど残っていない。床に倒れ伏し、白い煙を上げながらピクピク痙攣している。


「え、えぇ・・・。俺の出番ないじゃん・・・」


 スプリングは少しかわいそうな目で新郎グルームリッチを見つめる。アストレイアは腰に手を当て、胸を張りドヤ顔している。


「私もやろうと思えばやれるのです! 私だってチートなのです!」


 普通の人なら全MPを消費するほどの超高等魔法ををポンポン連発したアストレイア。


「レイア一人でよかったんじゃないか?」


「まぁ、ぶっちゃけ言うと私と相性が良かったので、倒そうと思えば一分以内で倒せますね」


「えぇ・・・。俺いらないじゃん」


「落ち込まないでくださいよ。新郎グルームリッチに近づきたかったですか?」


「近づきたくありません! 倒してくださってありがとうございました!」


 スプリングはアストレイアに向かって深く深く頭を下げる。


「ふむ。この私に深く深く感謝して、後で存分に甘やかすのです!」


「ははー」


 スプリングはアストレイアの前にひれ伏す。

 そんなやり取りをしていると、虫の息だった新郎グルームリッチがよろよろと立ち上がる。


「とどめ刺すか?」


「う~ん。倒してもいいんでしょうか? 正気戻りますかね?」


 二人は新郎グルームリッチを観察する。新郎グルームリッチはかすれた声で何か言葉を発する。


「・・・ハ・・・ハナヨメ・・・・ハ、ナヨメ、ハ、ド・・・・コダ」


新婦ブライドマミーならさっき上で寝てましたよ」


 新郎グルームリッチはアストレイアの新婦ブライドマミーという言葉に反応する。


「・・・ブ、ライド・・・マ、ミー・・・ダ、ト・・」


「はい。新婦ブライドマミーです」


 新郎グルームリッチは正気に戻り言葉が理解できたのか、二人に攻撃してこない。そして、虫の息で弱々しかった新郎グルームリッチが急に元気になり、両手を前に突き出しアストレイアに掴みかかろうとすごい勢いで床を滑って近づいてくる。

 新郎グルームリッチがアストレイアに掴みかかる前に、間にスプリングが割り込み新郎グルームリッチに剣をむけ、睨みつける。


「それ以上近づくな!」


「わぁお! 先輩がかっこいいです! アンデッド相手なのに震えていません!」


「あっ! 思い出させないで! 必死すぎて忘れてたのに!」


 アストレイアの言葉で新郎グルームリッチがアンデッドだったことを思い出し、スプリングは恐怖で震え始める。

 新郎グルームリッチは震えるスプリングの少し手前で立ち止まると話しかけてきた。


「ハナヨメ、ハ、ドコニイル?」


 アストレイアがスプリングの後ろから顔を出して答える。


「さっき起きて、ここに向かっているはずですが。そろそろ来るんじゃないですか? お約束的に」


「ハナヨメはマミーだったか?」


「はい。愉快なマミーでした」


「ホントウニ本当にマミーだったカ?」


「はい。結婚式の前に眠くなって寝ちゃったら寝過ごしたそうです」


「ソレハ本当か!?」


「本当らしいです。前日に緊張と楽しみで寝られなかったそうで」


 新郎グルームリッチはアストレイアの言葉を聞くと腰が抜けたかのように床に座り込んだ。


「あぁ・・・。よかったぁ・・・。僕はフラれたんじゃなかったのか」


 先ほどまで途中片言だった新郎グルームリッチはしゃべるのに慣れたかのように流暢にしゃべりだす。


「あ、先ほどは襲ってしまって申し訳ありません」


 新郎グルームリッチが謝ってくる。


「大丈夫ですよ。正気がなかったんですよね」


「そうなんですよ。意識が飲まれてしまいまして。久しぶりに意識が戻りました。いやーあの魔法は効きましたよ」


「あーすみません。手加減はしたんですけど」


 新郎グルームリッチとアストレイアは笑いあう。


「あっ先輩。大丈夫ですか?」


「な、なんとか」


 人間臭い新郎グルームリッチに少し慣れたようだ。スプリングはまだ少し顔は青いが震えは治まった。


「それにしても新婦ブライドマミーさんはどこまで行ってるんですかね。私たちより先にここへ向かったはずなんですが」


「あぁ~。彼女は極度の方向音痴なんですよね」


「なるほど!」


 新郎グルームリッチとアストレイアは笑いあう。スプリングは小さく呟く。


「方向音痴のミイラって・・・。ん? 何か聞こえないか?」


 かすかに雄たけびのような声が聞こえた気がする。アストレイアも新郎グルームリッチも笑うのを止め、耳を澄ます。すると、うおおおおおおおおおお、という声がだんだん近づいてくる。

 そして、バァーーーン、と礼拝堂チャペルの扉が蹴破られた。


「旦那様ぁぁあああ! あたしが来たっすよぉおおおおお!」


 ライダーキックのような格好で宙を飛びながら新婦ブライドマミーが現れた。

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