第40話 廃れた聖堂 その8

 

「お二人さん! あたしを棺から出してくれてありがとっす!」


 新婦ブライドマミーは綺麗にお辞儀をした。


「ひぃ~~しゃべった~」


「はいはい。よしよし。先輩は耳をふさいでてくださいね」


 スプリングは耳をふさぐ。そんなスプリングを見て新婦ブライドマミーは首をかしげる。


「どうしたんすか?」


「気にしなくていいですよ。彼、アンデッドが苦手で」


「あぁそれはごめんなさいっす」


 新婦ブライドマミーは顔の表情は変わらないが申し訳なさそうな声を出す。


「それで、新婦ブライドマミーさんはどうして棺の中にいたんですか?」


「そうだったっす! 今! 今は何年ですか! 教えてくださいっす!」


「今は2×××年の6月ですけど」


「ひえ~! あたし200年以上も寝ちゃってたんすか!? どうしよ! 結婚式は!? 旦那様は!?」


「結婚式? 旦那様?」


「そうっす! あたし結婚式の直前に眠くなって寝ちゃったっす! 200年も寝るとかあたしバカっすね」


 けらけらと笑う新婦ブライドマミー。


「大事な日に寝ちゃダメじゃないですか!」


「そうなんすけど。前日の夜は緊張と楽しみで寝られなくて・・・」


「あぁ~。それはわかる気がします」


「でしょでしょ! でもどうするっすかね。流石の旦那様も200年も生きられないっす。あたしも旦那様を追って死ぬしかないっすかね。あっ! あたしもう死んでたっすね」


「旦那さんはどんな方だったんですか?」


「チョーかっこいい死霊術師ネクロマンサーだったっす。あたしを作ってくれて、愛してくれた優しひとっすよ」


「あの~もしかして礼拝堂チャペルにいる新郎グルームリッチって・・・」


新郎グルームリッチ!? その話詳しく教えてくれっす!」


 新婦ブライドマミーがアストレイアの肩に掴みかかる。アストレイアに抱きついていたスプリングは新婦ブライドマミーに近づかれ、顔を真っ青にする。アストレイアも新婦ブライドマミーも気絶しそうな彼に気づかない。


「下の礼拝堂チャペル新郎グルームリッチがいるそうなんですよ。ここのボスみたいです」


「それ絶対旦那様っすよ! 魔法を極めてたから死んだ後にリッチになったんすね。そんなになるまであたしのこと待ってくれてるなんて・・・」


新婦ブライドマミーさん。そんなこと言っている場合ではないですよ! 早く彼のところに行ってあげないと!」


「そうっすね! あたしは旦那様のところに行くっす! お二人さん、あたしのこと目覚めさせてくれて、そして旦那様のことを教えてくれてありがとうっす!」


 新婦ブライドマミーは勢いよく、綺麗にお辞儀をする。そして、頭を上げた新婦ブライドマミーはウエディングドレスのスカートを掴み、ミイラとは思えないほど機敏に素早く走り出す。


「うおおおおおおおおお! 待っててくださいっす旦那様あああああああああ! 今すぐあたしがいくっすよおおおおおおおおおおおお!」


 うおおおおおお、と雄たけびを上げながら新婦ブライドマミーは部屋を飛び出して行った。しかし、部屋を出てすぐに悲鳴が上がる。


「ぎいいやぁああああ! 熱いっす! 消えるっす! あたし浄化されるっすぅぅぅううううううう!」


 廊下の半分は先ほどアストレイアが浄化し、聖域と化している。アンデッドモンスターには致命的だ。


「あぁ! そっちに行っちゃダメです! 反対! 反対のほうへ行ってください!」


 アストレイアは部屋の中から咄嗟に新婦ブライドマミーへ大声を上げる。ありがとっす!、という声が聞こえて、空いているドアから一瞬、短距離選手のようなストライド走法で駆け抜けていく新婦ブライドマミーが見えた。少し浄化され白い煙を上げながら、うおおおおおおおおお、と声を上げながら走り、新婦ブライドマミーはだんだん小さくなって消えていった。


「愉快なミイラでしたね」


 アストレイアが新婦ブライドマミーの感想を述べる。そして、とある人物のことを思い出す。


「そういえば、先輩は大丈夫でしたか?」


 アストレイアの言葉はスプリングに伝わっていない。スプリングは目を瞑り、ガクガク震えながら必死に耳をふさいでいた。そんな彼を見て優しく微笑む。


「先輩ったら本当に可愛いんだから」


 アストレイアはガクガク震えるスプリングを前から優しく抱きしめる。スプリングは一瞬ビクリと身を震わせるが、すぐにアストレイアと分かったのだろう。暴れることはなく、恐る恐る目を開け耳をふさぐのを止める。


「レ、レイア?」


「はい。私です」


「あのミイラは?」


「旦那さん、新郎グルームリッチの下へ向かいました。もうここにはいませんよ」


「本当か?」


「本当です。私のことが信じられませんか?」


「このクエストが始まってから信じられません」


 スプリングは正直に述べる。アストレイアは目をウルウルさせてスプリングを見上げる。


「先輩・・・ひどいです・・・」


「うぐっ。わかった。信じるから。信じるから泣きそうにならないでくれ!」


 スプリングはおろおろしながらアストレイアのことをあっさりと信じる。


「ふふふ・・・先輩チョロいです(ボソッ)」


「何か言ったか?」


「いえ何も」


 にやりと笑っているアストレイアはスプリングの胸に顔を押し付け顔を隠す。スプリングは余裕がないのか、アストレイアを必死に抱きしめる。二人は抱き合ったまま、あ互いの温もりを感じる。


「次はボス戦ですよ。覚悟はいいですか?」


「さっきの新婦ブライドマミーが行ったからボス戦はないんじゃ・・・」


「たぶん新郎グルームリッチの自我がなくなっているパターンだと思いますよ。それで、HPギリギリまで減らすか、倒すまで意識が戻らないと思います。お約束です!」


「お約束か・・・もういやだぁ・・」


「早く終わらせましょう。終わったら私を好きにしていいですから。私に何をする予定ですか?」


「う~ん、どうしようかな・・・あんなことやこんなこと、かな?」


「私は先輩の欲望のままに襲われ貪られるのですね!」


「だからなんでそんなに嬉しそうなんだよ・・・」


「夏稀ちゃんと雪ちゃんに借りた少女漫画のヒロインはこんな感じでしたよ」


「どんなの読んでるんだ・・・」


「えーっと、R18? 意外と生々しいですよ」


「聞きたくない! 聞きたくないですそんなこと!」


「ふふふ・・・。先輩の幻想なんか壊してあげますよ。で、そろそろ落ち着きましたか?」


「あ、あぁ。でも、もう少しだけこのままでいいか?」


「しょうがないですね。少しだけですよ」


 アストレイアはスプリングの胸に顔をこすりつけ、スプリングはアストレイアの頭を撫でる。二人はしばらく暗い部屋で抱き合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る